第11話 盗賊

 エルフの三人が盗賊に囲まれていた。

 いや、正確には二人が、だ。


 もう一人の銀髪ポニーテールのエルフが盗賊に拘束され、シミターを喉元に当てられて人質にされている。


 銀髪のエルフは確か脇腹に傷を負って、二人に治療されていたはずだ。

 あれから一ヶ月以上経っている。経って歩けるくらいには傷が治っていたようだが……運悪く盗賊に遭遇した、ということだろう。


 盗賊たちは五人ほどおり、エルフたちは周囲を囲まれていた。あれじゃ逃げることはできない。


「**、***********!」


 盗賊がエルフ二人に対して何かを叫ぶ。

 言葉がわからないが、盗賊たちがエルフに対して何か投降をするように言っているのは雰囲気で分かった。


「エルティア*っ! *****……っ!」

「****!」


 銀髪ポニーテールが金髪と銀髪のエルフに向かって叫ぶが、すぐに黙らされていた。


 まずいぞ、この状況は。

 エルフたちは人質を取られて抵抗できない。


 盗賊たちのエルフを見る目は、醜い欲望の色で染まっている。

 このままいけば……確実にエルフたちはひどい目に合うことだろう。


 なにせ、三人とも超がつくような美少女ばかりだ。

 盗賊が彼女たちを見て何を思い浮かべるのかは想像に難くない。


「*********!」

「うっ……!」


 盗賊が刃を少し深く食い込ませて何かを叫ぶ。

 銀髪ポニーテールのエルフの首の薄皮が斬れて、血が一滴流れ出た。


 痛みに銀髪エルフが苦悶の声を上げる。

 それを見て金髪のエルフが叫んだ。


「******!」

「********」

「…………」


 刃を当てて下卑た笑い声を上げる盗賊に金髪のエルフは俯いて沈黙する。


「******……」


 そしてエルフは無抵抗を表すように……力を抜いた。


「ハハッ! *******!」


 盗賊たちが歓声を上げる。

 どうやら二人のエルフは仲間を救うために無抵抗で盗賊たちに従うことに決めたらしい。


 やばい、やばいぞこの状況は。

 三人を助けないと……。


 そこで、俺の中に急にすっと冷たいものが入り込んできた。

 ──本当に俺があの三人を助ける意味はあるのか? と。


 俺とあの三人は無関係だ。

 それに助けるとなったらあの盗賊たちと戦わないといけない。


 それはつまり……殺す、ということだ。

 それだけじゃない。あの盗賊たちのなかに特殊能力を持っているやつがいて、俺が反撃を受けて命を落とす可能性だって十分にある。


 俺が命をかける必要はあるのか?

 俺の中にある理性が「そんなことしなくていい」と訴えかけてきている。


 けど。だけど。


(こんなことを見逃して良いはずがない。彼女たちを見殺しにするのは……嫌だ)


 そうだ、嫌なんだ。

 彼女たちがひどい目に合うのが。


 これは俺のただのエゴだ。

 見た目が良いから肩入れしているだけなのかもしれない。


 けどここで彼女たちを助けなかったら、「胸を張って生きた」なんて死んでも言えないような気がする。

 それに、あの金髪のエルフは一度死にかけた俺を逃がすように青髪のエルフを説得してくれた。


 いわば、俺にとって命の恩人でもあるのだ。

 命の恩人を助けるのは当然のことだろう。 


 …………戦おう。俺の命をかけても。


 命を助けてもらった恩があるし……なにより、俺自身がそうするべきだと言っている。


 ──今度こそ、胸を張って生きるんだ。俺は。


(まずは奇襲する。それからはできるだけ早く五人を仕留める)


 迫る命のやり取りに、心臓がバクバクと鳴り始めるが、深呼吸して落ち着かせる。

 大丈夫だ。何度も練習してきたことを思い出せ。


 欲望丸出しの声を上げて盗賊たちがエルフへと近づいていく。

 近づいてくる盗賊たちに、金髪のエルフは恐怖をこらえるうように唇を噛み締め、青髪のエルフは目を瞑った。


 その手がエルフたちへと触れそうなになった瞬間──。


「**っ……!?」


 一人が体勢を崩した。

 いきなり足元に現れた泥の沼に足が突っ込んだのだ。

 理由もわからず体勢を崩している間に、心臓へと土の槍が突き刺さった。


「**、***……?」


 盗賊は自分の心臓に突き刺さった土の槍を見つめる。俺が土の槍を解除すると、地面にどしゃりと落ちていった。


「*、***っ……!」

「******っ!」


 盗賊たちが慌て始める。

 急に攻撃されたことに対して敵の姿を見つけようと周囲を見渡すが、近くには誰もいない。


 なぜならハエが攻撃しているだけなのだから。

 盗賊たちが周囲を見渡している間、俺は位置を変えるために別の場所に向かって飛び回っていた。


 特殊能力を発動すればマナが漏れる。

 特殊能力を使うのもマナが漏れるのも一瞬だが、同じ場所にとどまっていたら位置がバレてしまうのは確かだ。


 よしここまで来れば大丈夫だ。

 俺はもう一度、沼と土の槍のコンボを発動する。


「ぎゃっ……!」


 コンボはきれいに決まり、もうひとりも心臓を貫かれて倒れていった。


「********!!」

「******っ……!!!」


 仲間を殺された盗賊が叫ぶ。

 短時間に二人殺されたことで更に慌て始めた盗賊たちは、血眼になって周囲を見渡し始めた。


 しかし攻撃してくる人間はまったく見当たらない。

 なぜなら攻撃しているのはハエだから。

 また位置を変えるために他のところへと飛んでる時、盗賊の中に変化が起こった。


「******っ……!」


 見えない存在から攻撃されていて、いつ自分たちが死ぬかどうかわからないというストレスに耐えきれなくなったのか、盗賊たちの中で逃げ始める人間が出始めたのだ。


 半狂乱になって悲鳴を上げながら森の中へと走っていく盗賊。

 俺はその逃げた盗賊の心臓を一突きにした。


「***っ……!」


 苦悶の声を上げて崩れ落ちる逃げた盗賊。

 残るは二人。

 移動した俺は続けてもう一人に沼と土の槍をコンボをお見舞いする。


「***ぁ……ッ!?」


 串刺しにされた盗賊は自分が吐いた血に沈む。

 これで最後の一人になった。

 最後に残ったのは銀髪ポニーテールのエルフを人質に抱えている盗賊の男だ。


「****! *****……ッ!!!」


 たちまちの内に一人になった盗賊は、目に見えない敵へ威嚇するためにシミターを四方八方へと向ける。

 だがその攻撃してくる人物が出てこないことに憤りを感じたのか……いきなり銀髪のエルフの首元に刃を当てた。


「************!!!」


 銀髪のエルフに刃を当てて、二人のエルフとも距離を取った盗賊の男は虚空に向かって叫ぶ。

 そして警告するように何度も銀髪エルフの首筋に刃を当てた。


 まずいな。

 こいつ、下手に刺激したら今人質に取ってるエルフごと心中するつもりだ。


 攻撃したときに巻き添えでエルフがやられないように一番最後まで残していたのが間違いだったかもしれない。


 こうなったらコンボは使えない。

 そもそも銀髪エルフと盗賊の身体が密着しているから、土の槍で銀髪のエルフの方も串刺しにしてしまう可能性がある。


 仕方ない。こっちの位置を晒してしまうことにもなるし、マナを大量に食うからあまり使いたくはなかったんだが、奥の手を使う時が来たようだ。

 一応練習はしたからちゃんと当てることはできる……はずだ。


 手元に小さな弾丸状の岩を作って、できる限りの強度を高めていく。

 そして次に正確に盗賊の頭へと狙いを定めると、小さい岩にマナを溜め込んでいく。


「っ……!」


 盗賊が俺が発するマナに気がついた瞬間、俺は岩の弾丸を発射した。


 凄まじい速度で飛来する岩の弾丸。

 それは盗賊に避ける暇も与えず……頭部に着弾した。


 岩の弾丸は盗賊の頭部を貫通し、脳を撃ち抜かれた盗賊はその場に崩れ落ちた。


 開放された銀髪のエルフが金髪と青髪のエルフに抱きしめられる。

 今の一撃にマナをほとんど消費してしまったが……ちゃんと成功してよかった。


 これが俺の奥の手だ。


 前の世界の銃弾から発想を得たもので、威力は見ての通り絶大だが、今の俺では一撃を撃つだけでも相応のマナを消費するというデメリットがある。

 加えてその場に留まって狙いを定める必要があるので、居場所を晒してしまうという特大デメリットもあるのだ。


 俺がこの奥の手である岩の弾丸を使ったのは、最後の一人になって居場所が割れたとしても当たれば確殺できること、そして確殺が取れれば居場所を晒しても問題がない、という理由があるからだ。


 ちゃんと練習しておいてよかった。

 もし狙いが外れて銀髪のエルフの頭にあたっていたら、目も当てられないような事になっていただろうからな。


 そんな事を考えていると、不意に影がさした。

 ん? なんだ?


 そう思って顔を上げてみるとそこには……。


「****……」


 金髪のエルフがこちらを見つめていた。

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