第9話 クマの魔物と検証不足

 巨大な三眼のクマがこっちへと歩いてくる。

 今まで出会ってきた魔物とは比較にもならない。


 人間よりも遥かに大きなその巨体が目の前を通り過ぎていく。

 マナを抑えているため、俺の存在には全く気がついていないようだ。


(やれるか、コイツは……?)


 いや、やれるはずだ。

 いくらデカいと言えど、生き物である以上心臓や頭を貫かれれば確実に死ぬ。


 もし倒しきれなかったとしても逃げれば良い。

 マナを漏れないようにしていれば簡単に逃げ切れるはずだ。


 巨大なクマの魔物が俺の前を通り過ぎ、歩いていく。


(今だ──っ!!)


 俺は土の槍を生やしてクマの頭を貫こうとする。


(なっ……!?)


 しかし土の槍はクマの頭に折られてしまった。

 嘘だろ……! クマの頭のほうが硬かったのか……!


 クマの魔物の体毛と皮膚が恐ろしいほどに硬い。まるで鉄のような硬さだ。

 とはいえ、普通の魔物ならそれで貫けるだけの威力はあるはずなんだが……。


 いや、言われてみれば確かにそうだ。

 槍といえども所詮は土からできているもの。


 十分に固めたりしていなかったので、クマに折られるのも当然だ。

 今思えば、硬い相手を想定してもっとあらかじめ土の槍を硬くしたり試行錯誤するべきだったのだろうが、今はそんなことを考えている暇じゃない。


「グオオオオオッ!!!」


 案の定、攻撃されたクマは怒り狂い、暴れ始めた。

 どこから敵が自分へと攻撃してきたのかを探ろうと、首を素早く振ってあたりを見渡しながら周囲を駆け巡る。


 時折咆哮を上げて周囲を威嚇までしている。


 しかしその敵は見つからない。

 なぜなら土の槍で攻撃してきたのはただのハエだからだ。


 しかもそのハエは今マナを完全に外に漏れないようにして気配を消している。

 攻撃を外してクマが暴れ始めたときは一瞬焦ったが、今は落ち着いてきた。


 そうだ。アイツは俺を見つけられない。だから俺は安全だ。

 一旦冷静になろう。


 土の槍じゃクマには攻撃が届かない。

 今から土の槍を硬くするために試行錯誤するのは無理だ。


 燃費は悪いが、あれを使うしか無い。

 一瞬動きを止めたときを狙って俺は『土石』を使い、クマの足元から岩の槍を生やした。


 岩の槍が刺さったクマは悲鳴を上げる。


「ギャウンッ!?」


 岩を使った攻撃が通じることに俺は心のなかでガッツポーズを取った。


(岩の槍は刺さるみたいだな……! 無から作るのは今でもそんなに撃てないが)


 岩を作り出すのは何度も撃てない。

 今のも本当は頭を狙ったつもりだったが、直前で動きを変えられて肩に当たってしまった。


 次は確実に決める……!

 攻撃を確実に当てるためにはアイツを数秒間足止めしなくてはならない。


 どうやって足止めする?

 思考が高速で回転し、俺の頭の中にとある考えが浮かんできた。


 そうだ。俺は一度この『土石』の元の持ち主であるゴブリンが足止めしようとして生み出したものを見たことがあるじゃないか。

 俺は『土石』を使い……まずはクマの足元の土を柔らかくした。


「グオッ……!?」


 泥の沼に足を取られている隙に、俺はまた岩の槍を生み出す。

 しかし岩の槍を生み出すのに時間がかかっていた。


(っ想像以上に岩を生み出すのにかかる……!)


 岩の槍が完成する直前、クマは泥の沼の中から足を引き抜いてしまった。

 くっ……! 足を沼に落とすだけじゃ、岩を生み出す前に足を引き抜かれる。


 ちゃんと動きを止めるようにしないとだめだ。


「グオオオオオオッ!!!」


 クマが俺へと咆哮を上げて威嚇してきた。


(バレた……ッ!? 流石にあれだけ特殊能力を使ってればバレるか……!)


 特殊能力を使うときはどうしてもマナを外に出す必要がある。

 ということは俺がマナのもとであるとバレるということだ。


 クマがその巨体を使って突進してくる。


(危なっ……!)


 クマの突進を躱すと、マナを遮断して完全に気配を消す。

 一度位置がバレたからと言って、俺はハエ。


 マナを完全に隠して気配を消したこの小さな体を、もう一度森の中で見つけ出すのは困難なはずだ。


 俺の予想は当たり、クマは辺りを忙しなく見渡していた。

 俺がいる方向も見ていたが、俺を見つけることはできてない。


 小さなハエの身体は想像以上に見つけにくいようだ。

 クマが周囲を見渡しているうちに、俺は息を吐いて心を落ち着かせる。


 大丈夫だ。クマは完全に俺を見失っている。

 降って湧いた命の危険に俺はかなり驚いていた。


 くそっ、やっぱり元日本人だからか命のやり取りにはまだ慣れないな……。


 だけどあちらだって命をかけている。

 俺がクマの立場だったら大人しく殺されるなんてまっぴらごめんだ。


 これは食うか食われるかの弱肉強食の戦いなんだ。


 落ち着いてきた俺は、改めて作戦を考える。

 岩を生み出すまでには時間がかかる。これはさっきクマに岩で攻撃しようとした時に分かったことだ。


 くそっ、ちゃんと最初から『土石』の能力の検証をしておくべきだった。

 自分が何をできるのか知っておくのは、基本中の基本。しかし俺はそれを怠っていた。


 マナを使いすぎると自衛の手段がなくなるからって、検証すらしないのは自殺行為だ。


 現に完全に奇襲を食らわせることができたのに、こっちも命を脅かされている。

 自分の特殊能力の検証を後回しにしたツケが回ってきたんだ。


 それに想定も甘かった。

 すべての敵が土の槍で倒せると楽観的な予想をしていた。少し考えれば土の槍で倒せないような敵に出会ったときのことを想像できたはずだ。


 いや、今こんな後悔をしていても仕方がない。

 今はどうやってこの状況を切り抜けるかに頭を使うべきだ。


 とりあえず、岩を生み出すのに時間がかかるのはもう確定事項。

 ちゃんと『土石』の特殊能力の練習をしていなかった俺のせいだ。


 その時間を稼ぐためにクマの動きを止めたいが、沼で足を取るだけじゃ岩を生み出す隙に沼から足を抜かれてしまう。


 ならいっそのことクマの体ごと沼に沈めるか?

 駄目だ。あの巨大を完全に沈めきるほどの沼を作る前にこっちのマナが尽きてしまう。


 じゃあ土の沼を改良する方向でいこう。

 そうだ、柔らかくできたってことは、固くすることだってできるはずだ。


 もう一度クマの足元の土を柔らかくする。

 クマが沼に足を取らられたところで……沼を再度固めた。


 するといきなり土で足を固められ、動きが留まったクマは驚いた表情になり……。


(今だ……っ!!)


 丁度頭をめがけて岩の槍を突き出した。


「グオオオオオッ!!!!」


 岩の槍に頭を貫かれたクマの魔物は悲鳴を上げた後……絶命した。

 俺は地面に横たわるクマの死体を見上げる。


 やっぱりデカいな……。

 それにマナの量も今までの魔物と比べたら倍以上はある。


 これからあの巨大グモや他の魔物に気づかれないために土で死体を覆わないといけないんだが、これを覆うのは一苦労だ。


 まあ、覆わないといけないんだけどさ。

 俺は『土石』でクマの死体の周りを覆うように土をかけていく。


 したいが大きいので、死体を覆ったらちょっとした丘みたいになってしまった。

 まあ外にマナが漏れなければ大丈夫なはずだ。


 クマを土で覆うためにマナを結構消費してしまたので、さっそくマナを吸収するために土で作った部屋の中に入り、マナの吸収を始める。


 初めてのクマの味は……まあ、うん。他の魔物とあんまり変わらないな。

 普通に血の味しかしない。


 マナを吸収していくと俺の中のマナが格段に増えていることを実感できた。

 今までで一番身体が大きい魔物だったから、その分マナもかなり持っていたらしい。


 マナを吸収するのには時間がかかったが、パワーアップもした。


 さて、マナの吸収も終わったことだし次にするのは……『土石』の検証と練習だ。

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