第7話 試行錯誤と努力
(『ハエ(強)』……?)
確か、称号の欄は今まで「なし」だったはずだ。
今までで合計四体目の魔物のマナを吸ったことで称号が変化したのか?
(って、『強』っていってもまだハエどまりなのか……)
でもまあ確かに、青髪エルフの一発目は耐えれたものの、普通に二発目を叩かれてたら他のハエと同じく潰れていただろう。
そういう意味では俺はまだハエの域を抜けられていないといえば抜けられていない。
けど普通のハエなら人間に叩かれた一発で死んでいるはずなので、ハエともいえど『強』といえば『強』だ。
でも悲観するようなことじゃない。
この『強』という称号は強くなってるという証拠なんだ。
(そうだ、俺は着実に強くなってる……!)
食事も終わった。
気を取り直した俺はゴブリンの死体を明日食べることにして、新しい岩の隠れ家へと戻っていった。
岩の中でまたマナを掴むための瞑想を始める。
目標ははっきりとマナを捉えられるようになること。
だが、これが難しい。
ある程度までは近くまで寄れるのだが、そこから近寄ることができないのだ。
まるで蜃気楼のように近づけば見えなくなってしまう。
俺のやり方が間違ってるのか?
なら別の方法を考えた方が時間も効率的に使えるんじゃ……。
いや、駄目だ駄目だ。
俺は一瞬湧いた思考を頭を振って打ち消す。
効率的な方法、やり方次第で一足飛びに上手くなる。そんなものは存在しない。
人間だった頃の俺はこの言葉を鵜呑みにして、ずっと「効率的な手段」というものを探していた。
何冊も勉強の本を読んでみたり、動画で公開されている効率的な勉強法を試してみたりした。
けど結果はいつも散々だった。
それも当然だ。
俺のはただ上辺をなぞって満足していただけなのだから。
基礎を積むことすらせず効率を追い求めたって、そもそも効率を求める段階にいないのだから意味がない。
そもそも、「効率的な手段』というものを俺は神聖視しすぎていた。
効率的な手段であっても積み重ねが必要なことには変わりないのに。
どこかに「正しい方法」があるんだと勘違いしていた。
それでまずはその「正しい方法」を見つけるべきだと、見つけるまでは非効率的な努力はしないほうが良いと逃げ続けていた。
本当は今すぐにがむしゃらに努力をするのが一番目的に近づけるということを知らなかった。
その結果が人間だった頃の俺だ。
だから俺はこのままこの方法を続ける。
別の手段を考えるのは本当に行き詰まったときだけだ。
そうして、俺はそのまま瞑想を続けた。
──それから一週間、俺は瞑想を続けた。
しかし未だにマナをはっきりと感じ取ることはできなかった。
足踏みしている。停滞している。
その事実に焦りが生まれ、瞑想のさなかにも「本当にこのやり方であっているのか」とか「別の方法に切り替えたほうが良いんじゃないか」と思考が浮かんでくる。
思考が更に焦りを加速させて、どんどん瞑想の集中力も落ちていき、マナをはっきりと捉えづらくなってくる。
進歩どころか退化しているように思えて、毎日メンタルがガリガリと削られて、気が気じゃなくなってくる。
そしてまた「もっと効率的な正しい方法があるんじゃないか」と考え始める。
だがそのたびに俺は自分に「効率的な手段」はないと言い聞かせ続けた。
だけど、明らかに停滞しているのに方法を変え続けない、というのはただの思考停止だ。
俺の目的は「マナをはっきりと感じ取れるようになること」であって、「一つの方法をとことんまでやり抜く」ことじゃない。
手段と目的を入れ替えてはいけない。
あと一週間、このまま成果がないなら他の方法に切り替えることを考える。
(といってもずっと集中してたし、そろそろ息抜きでもしにいくか)
俺は食事がてら、息抜きのために落とし穴の方へと向かうことにした。
うるさい羽音を立てながら飛んでいき、落とし穴の方へとやってくると。
(おっ……?)
二つある落とし穴のうち、一つの蓋が割れていた。
薄く張った蓋が割れているということは……獲物がかかったということでもある。
すぐさま落とし穴の方へと飛んでいき、中を見る。
(こいつは……イノシシか)
落とし穴の中には二本の牙が異常に長いイノシシが槍に刺さっていた。
肌の色が紫なので、多分普通のイノシシじゃなくて魔物の一種だ。
落とし穴が成功したという事実が嬉しい。
俺はさっそくイノシシの魔物へと近づいて、マナを吸収する。
(コイツ、今までの魔物の中では一番マナが多いな……)
身体が大きいからだろうか。イノシシの魔物のマナは通常よりもかなり多かった。
これはゴブリンのようにさっと吸収するのは難しそうだ。
その日はほとんどマナの吸収にあてられることになった。
そして翌日。
俺はまたマナの瞑想へと取り掛かったのだが……そこで、一つ変化があった。
***
イノシシの魔物のマナの吸収で一日使ったが、また俺はマナの瞑想を始めた。
マナの吸収はいい気分転換にはなったが、根本的な問題の解決にはなっていない。
まだちゃんとマナを捉えることはできないし、一瞬忘れていたできないという焦燥や不安が首をもたげてくる。
それでも。
それでも根気よく。
俺は瞑想を行った。
まだ方法を変えると言った一週間は経っていない。一週間経つまでは全力でこの方法をやり続ける。
一日、二日、三日、と時間が過ぎていく。
そして四日目。
(ん……? 今のは……)
何か、今掴んだ気がする。
って、集中を切らしたら駄目だ。
今の感覚を忘れないようにもう一度集中を戻して瞑想する。
すると……。
(──分かった)
瞑想をしていると、ある瞬間、マナをはっきりと捉えられるようになった。
マナに対する感覚を掴んだのだ。
いや、どちらかというとマナに対する姿勢が変わったと言ってもいい。
今までは目だけに集中して、マナをどうにかして見ようと思っていた。
だけどそうじゃない。マナは俺の全身に流れているのだ。
目を凝らすんじゃなくて、感じる。
これがマナをはっきりと捉える方法だったんだ。
俺は猛烈に感動していた。
(た、楽しい……!)
初めて自分の努力で身につけたという実感。
自分の努力が結実したことに対する達成感や喜び。
それが一気に押し寄せてきた。
すべてを完璧にこなせたわけじゃない。
ずっと同じところで足踏みをしていた。
もし俺よりもっと要領のいいヤツなら、俺のように時間をかけずにマナの感覚を掴むことができただろう。
けど、俺はその時間を無駄だったなんて思わない。
それもマナの感覚を掴むためには必要だったものなのだ。
煮詰まっているときに突然革新的なアイデアを思いついた時の感覚に似ている気がする。
まあ、俺はそんなに煮詰まったこととかないから本当に正しいたとえになっているのかは分からないが。
自分の中にあるマナがどうなっているのか完全に掴み取ることができた。
マナをしっかりと掴めるようになったのなら、今度は制御だ。
今、俺の身体からは恐らくマナが溢れ出ている状態だ。
じゃないと巨大グモや、他の魔物が俺の存在を知覚している理由にならない。ただのハエをわざわざ殺しに来る理由なんて無いしな。
だからこそ、これからの生存率を上げるためにもマナの放出を押さえて自分の気配を絶てるようにならないといけない。
気配を消すことはサバイバルに置いて必須の技能だ。少なくとも俺の場合は。
まずはしっかりと自分から感じ取れるようになったマナを押さえつけてみる。
俺の身体から漏れ出ないように、力強く。
(ううん……うまくいかないな……)
だがしかし押さえつけようとするとマナは反発するように隙間から漏れてくる。
スライムを手のひらで押すと指の隙間から出てくるのと一緒だ。
そもそも手のひらをイメージして押さえつけてるのが悪いのか?
もっとマナにぴったりフィットするようなもので押さえつけるのはどうだろう。
しかしそれも上手くいかなかった。
そもそもマナにフィットするようなもののイメージが上手くできない。そのせいでイメージできなかったところから漏れてくる。
マナってそもそもイメージするのが難しいんだよな。
定形じゃなくてこう、ずっと動いてて常に形が変わっていく感じなのだ。
ずっと動いてるものにどうやって押さえつければ良いのか……。
それについてあれこれ試行錯誤していると、丸一日が過ぎていた。
(まあ、マナの制御だって一日目から上手くいくとは思ってないさ。何事も一歩ずつだな)
そろそろ腹が減ってきたので、俺は落とし穴の方へと向かっていく。
落とし穴までやってくると。
(お、またかかってるな)
二つ目の落とし穴に獲物がかかっていた。
猿みたいな魔物だ。肌の色が赤色なので魔物に違いない。
土の槍に突き刺さっている猿の顔は死んでいるのに怖い。
きっと生きてたころは恐ろしく凶暴そうな容貌をしていたのだろう。
さてさて、まずはマナの吸収だ。
俺はさっそく猿のマナを吸収していく。
猿のマナの量はオオカミの魔物以上、イノシシの魔物以下だった。
やっぱり体の大きさでマナの量って変わってくるのかな?
ただ、マナを吸収する時間は早くなってきてるので、半日もかからずに吸収することができた。
一応ステータスを確認するが……やっぱり特殊能力は増えていない。
やはり特殊能力を持っている魔物は極稀なんだろう。
さて、マナの吸収も終わったことだしまた制御の訓練に戻るとするか。
あ、その前に落とし穴をもう一つ作っとこう。
『土石』で落とし穴を作り終えると、俺はまた岩に引きこもってマナの制御の訓練に明け暮れた。
それからしばらく、俺はマナの制御と、落とし穴にかかっていたモンスターのマナを吸うというルーティーンを何度も繰り返した。
そして、何度も何度も繰り返すうちに俺のマナの量は少しずつ、確実に増えていった。
今やそこら辺の魔物には負けないくらいのマナを持っている。
そしてマナが増えたことにより、ハエとしての身体能力も、もはやハエの領域を超え始めた。
そのとき、とあることが起こった。
罠にかかっていたホーンラビットのマナを吸収し終えたときの事だ。
(ん……?)
マナを吸い終わるといつものくせで、俺はステータスを開いていた。
もはやただの作業になっていたので特に期待はしていなかったのだが、俺は見つけた。
新しく増えている特殊能力を。
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