第6話 マナの制御と称号の変化

 俺の直近の課題はマナが外に漏れないようにすることだ。

 そのためには完全にマナを制御できるようになる必要がある。


 巨大グモに俺のマナが感じ取られていると決まったわけじゃないが、アイツと戦ったら俺は一瞬で殺されてしまう自信しかない。

 身を隠す手段は持っておくに越したことはないだろう。


(けどその前に……)


 折角意気込んだはいいものの、まずはそれよりも先に優先するべきなことがある。


 食料の確保だ。


 だけど今回は前みたいに張り込むわけじゃない。

 人間の知識を持ち越すことができたんだから、もっと賢く食料を調達することにしよう。


 俺は岩の隠れ家から出ると、岩から少し離れたところまで飛ぶ。

 そして適当なところに降りると、『土石』を使って穴を掘った。


 落ちたら自力では上がれないくらいの深さの穴を作る。

 まあ、いわゆる落とし穴だ。


 そして穴の底には土の槍を作り、落ちた獲物がそれに突き刺さるように仕向けておく。

 最後に『土石』でウサギぐらいの動物が踏んだら割れる石の蓋をかけておく。


 もし獲物が落とし穴にかかれば石が割れて分かるという寸法だ。

 これで落とし穴の完成だ。


(できれば落とし穴の蓋の部分に餌を起きたかったんだけど……まあこれはないものねだりだな。ハエの身体じゃろくに餌なんか運べないし)


 理想とまではいかないが出来としては及第点のはず。

 さて、これで明日かかってればよし、無理なら自分で狩りに行くことにしよう。


 落とし穴を作り終えた俺はまた洞窟へと戻ってきた。

 さあ、今度こそマナの制御の訓練だ。


(まずはマナの感覚を掴み取ることからだ)


 マナを制御すると行っても、そもそもマナの感覚を掴んでないと扱いようがない。

 今の俺はマナに対する感覚はぼんやりしたものしか感じ取ることができない。


 だけどマナの感覚自体は、『土石』を使っているときや動物の死体からマナを吸収するときに感じ取っている。

 だからあのときの感覚を思い出して、それをより明確に感じ取れるようになれば良い。


 マナを感じ取れるようになるには集中する必要がる。

 いわゆる瞑想だ。


 瞑想するように自分の体の感覚へと集中する。

 すると自分の身体の奥底にエネルギーの塊のようなものがあることが分かった。


 これがきっとマナだ。


 しかしマナの感覚を完全に掴み取るのにはまだ遠い。

 マナ自体も遠くからぼやけたものを見ている程度だ。


 もっと近くまで、ちゃんとはっきりと見えるようにならないと。

 集中して瞑想する。


 そうしてそれから俺はずっと岩の外に出ることなく、マナの感覚を掴むための瞑想にあてた。

 徐々にマナがはっきりと捉えられるようになり、マナの存在をより近くで感じ取れるようになった。


 そしうて瞑想を始めてから丸一日経過した。


(ふぅ、徐々に感覚をつかめるようになってきたが、流石に完全にとはいかないか……)


 流石に一日ですべてうまくいくとはいかない。

 こういうのは地道な積み重ねが必要なのだ、多分。


 ……人間だった頃の俺は、こういう地味な積み重ねを毛嫌いしていた。


 理由は単純、楽しくないからだ。


 だけどその地味な積み重ねをしてこなかったせいで、俺は基礎を疎かにしてしまった。

 今なら分かるが、人間だったときの俺にはほぼすべての事柄において『基礎』と呼べるものがなかった。


 勉強はいつも平均より下で、運動はお世辞にも得意とは言えなかった。

 だけど基礎がしっかりとできていなければ勉強や運動もできるはずがない。


 それで基礎がないまま中途半端に練習だけして一足飛びの結果を期待するも、結果は散々。

 そのまま自信もなくなってどんどんと悪い方向へと嵌まっていく……。


 そんな非生産的なループを俺はずっと繰り返してきていた。

 だから、今度こそ俺は基礎をおろそかになんてしたりしない。


 地味な積み重ねを「楽しくないから」なんて理由で放りだしたりはしない。

 それに、やってみて気がついたが、この地味な積み重ねは意外と退屈なわけじゃない。


 自分の力になっているという感覚が自信に繋がってどんどんと楽しくなってくるのだ。

 丸一日集中していたせいで、脳や身体に疲労感がある。そろそろ寝たほうが良さそうだ。


 心地よい疲労感を感じながら俺は眠りについた。

 そして起床するとまた空腹を感じていることに気がついた。


 そろそろ腹も空いてきたな。

 まずは食料の確保をして、マナを吸収した後にまた瞑想を再開しよう。


 まずは先日作った罠を見に行くか。

 岩から飛び立ち、仕掛けた落とし穴の方へと飛んでいく。


(むぅ……流石にまだかかってないか)


 落とし穴にはまだなにもかかっていなかった。

 まあ、さすがにたった一日で運良く落とし穴の上を獲物が通る、というのは都合が良すぎるだろう。


 こういうのも積み重ねだ。

 とりあえず回復したマナで同じ落とし穴をもう一つ作っておいた。


(ふぅ……これで完成したな)


 『土石』で落とし穴を作り終えると額の汗を拭う。あくまでイメージだが。

 するとその時、俺は気配を感じ取った。


 俺の背後にある草むらからだ。

 草むらを睨んでいると、ガサゴソと茂みをかき分けてゴブリンがでてきた。


(ゴブリン……? ああ、そうか。同じところにずっといたからマナを感じ取ってきたのか)


 落とし穴を作るのにしばらく同じところに滞在していたから、近くにいたゴブリンがそのマナを感じ取ってきたのだろう。


「グガガッ!!」


 ゴブリンはハエの俺に威嚇している。

 ……それにしても、このゴブリンがただのハエに威嚇してる構図って、ちょっとシュールだな。


 まあいい、サクッとやろう。


「グガァ!!」


 ゴブリンが俺の方へとやってきたので、タイミングを合わせて足元から土の槍を生やす。


「グエッ……!?」


 ゴブリンは土の槍に貫かれ絶命した。

 ゴブリンの死体が地面へと落ちる。


(この敵が俺のことを殺しにやってくる瞬間は何度やってもなれないな……)


 ちょっとドキドキする胸を押さえながら俺はゴブリンの死体へと近づいていく。

 そしてマナを吸収する前に……ゴブリンの死体に『土石』を使った。


 死体をドーム状の土で覆って、外から見ればちょっとした土山を作る。

 これで外にマナは漏れないので、あの巨大グモに見つかる可能性がぐっと下がる。

 それなら俺も安心してマナを吸収することができる、というわけだ。


(それじゃ、早速マナの吸収兼食事といきますか)


 俺は土のドームの中へと入り、マナの吸収と食事を始めた。

 そして暗いドームの中で食事とマナの吸収を続けていく。


 ゴブリンのマナの吸収は以前よりも早く終わった。

 やっぱり、明らかにマナの吸収が前より早くなってるな。


 前はゴブリン一匹のマナを吸収し切るのに三日かかったのに、今じゃ半日かそれ以下になってる。


(さてさて、ステータスの確認っと。流石にスキルは覚えてないだろうが……ん?)


 念の為ステータスを開いた俺は、とある項目に目が留まった。

 その項目が以前と変化していたからだ。




ステータス

 名前:鈴木透

 種族:ハエ

 称号:ハエ(強)

 特殊能力:『マナ吸収』『ステータス管理』『土石』

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