第5話 エルフの集落

(この世界、エルフとかいるのか……!)


 俺は心の中で驚きながらエルフの村? を観察する。

 エルフの村にはどうやら二人ほどしかいなかった。しかも全員女性のエルフだけだ。村というよりは集落と言うべきだろうか。


 しかも二人ともなんだか暗い顔をしてるし……。

 森の中でエルフの集落を見つけたことよりも疑問の方が勝ってきた。


 しばらくエルフの村を観察してみる。

 鍋の近くで中身をかき回しているのは金髪の髪の長いエルフ。


 薬草を煮ているのか、薬品の匂いがこちらまで来ている。

 そしてその近くにいるのは薄い青髪のエルフだ。どこがとは言わないが、とある身体の一部分がかなり大きい。


 青髪のエルフはとあるテントの中と、鍋の間を何度も往復していた。


 もしかして、テントの中に誰かがいるのか?

 なんで集落に人間の数よりもテントの数の方が多いんだ?


 それに、この集落は変な違和感がある。

 ここに定住しているというよりは、つい最近ここへとやって来たみたいな……ん?


(ん? なんだこれ……)


 エルフの集落を観察していると、俺はとあるものを発見した。

 集落の周りを囲むように薄い透明の半円球が覆っているのだ。


(もしかして、魔物よけのなにかだったりするのかこれは……?)


 試しに触ってみるとちょっと抵抗があった。

 しかし強めに押してみるとポンッ、と腕が突き抜けたのでその勢いのまま入ってみた。


 おぉ、魔物よけの結界ってこんな感じなのか。俺はハエだから入れたのかな?

 ……ちょっと待て、なんで俺入ったんだ。別に入ったところでなにかするわけでもないのに。


 まあいいか、折角入ったんだしちょっとだけエルフの集落を見ていこう。

 折角異世界に来たんだし、もしかしたらエルフってめったにお目にかかれないような種族の可能性もあるしな。


 プーン、と俺は集落の中へと飛んでいく。

 エルフの二人はそれぞれ鍋の周りで草や木の実をすり潰したり、鍋を煮たりなどの作業をしていた。


 食事を作っているにしてはやけに緑色の草が多い気がするが……これって薬草か?

 そして近づくにつれ、鍋の中から薬品臭がするようになってきた。


 たぶん、彼女たちは薬か何かを作っているのだ。

 そして薬を作っているということは……。


 青髪のエルフが頻繁に行き来している草のテントへと近づき、中を覗く。


(やっぱりな……)


 草の上にはもう一人エルフがいた。

 銀色の髪をポニーテールにし、運動しているのか引き締まった健康的な肢体のエルフだ。


 しかし今は草のベッドの上に寝かされている。

 原因は恐らく脇腹に負っている怪我だ。


「うっ……くっ……」


 草の包帯には血が滲み、とても辛そうにうめき声をあげている。

 発熱しているのか体中びっしりと汗をかいて、薄い布の服が身体に張り付いていた。


(このエルフは助かるのか……?)


 正直に言って、ここは怪我を治すにはお世辞にもいい環境とは言えない。

 ベッドですら地面の上に敷いているただの草だ。


 本来ならもっと清潔でいい環境で養生するべきなのだろうが、なにせここは異世界だ。

 森の中に暮らす種族に地球の現代基準の衛生観念や医療に関する知識なんて求める方がおかしい。


(というか、このテントの中、何もなさすぎないか……?)


 テントの中を見ていて思ったが、このテントには何もなさすぎる。

 弓と矢が置かれているだけで、他のものはなにもない。


 これは明らかにおかしな点だ。


 彼女たちは布からできた服を来ている。つまりは服を作る道具があるはずだ。

 でもそれが全く見当たらない。


 この集落になんとなく感じていた違和感が分かった。


 身につけているものだとか他のものの文明レベルがすべてチグハグなのだ。

 加えてものが凄く少ない。


 まるでどこかにちゃんとした住居があったけど、何らかの理由で荷物を持つ暇もなくそのここへとやって来たみたいだ。


 そんな理由は『何か』から逃げてきた、くらいしか思いつかないが。

 そうなると、どうしてこんな簡易的なテントと集落で過ごしているのかということが繋がるが……。


 と、考え事をしていた俺は背後から迫っている気配にまったく気が付かなかった。


「**っ、******っ!」


 ベチンッ!!!


 背後から迫っていた青髪のエルフに両手で叩かれた。

 全身を衝撃と激痛を感じながら俺は悟った。


 あ、俺死んだ……。


 ………………。

 ……………………あれ?


 死んでない。

 いや、死ぬほど痛いし衝撃で身体が痺れてるんだが、なぜか生きている。


 ああ、そうか。マナを吸収したことで身体の頑丈さも上がってたんだ。

 俺はマナを吸収したことにまた感謝した。


 視界が明るくなった。

 青髪のエルフが両手を開いたのだ。


「**? *************っ……?」


 何を言っているのかは分からないが、多分俺が死んでいないことに驚いているらしい。


 こんな状況だが、どうやら異世界の言語は俺には理解できないことも分かった。

 まじか、こういうのって普通は不思議な力で最初から異世界言語が理解できたりするんだが。


「****……」


 青髪のエルフがもう一度両手を叩き合わせて、今度こそ俺を潰そうとする。


 まずいぞ……一発目は耐えれたが、次はもう無理だ。

 身体もまだ衝撃で動けないし、今度こそ死ぬのか、俺は?


 勢いよくその両手が閉じられる──その瞬間。


「*****」


 テントの中に優しげな声が響いた。

 あの優しそうな薬草を煮込んでいたエルフがやって来たようだ。


「エルティア**……」


 青髪のエルフは振り返ってそのエルフの名前らしきものを呼ぶ。

 エルティア。優しそうなエルフの名前はエルティアというらしい。


「フィアナ、***********」

「**、************。*******……」

「************」


 優しそうなエルフと青髪のエルフが何かを会話している。

 とりあえず青髪のエルフはフィアナ、という名前であることも分かった。


 青髪のエルフが俺を指さしていることから、俺のことを会話しているのだと気がついた。

 言葉はわからないが雰囲気的に……俺からマナを感じ取って不思議がっている感じだ。


 やっぱりマナは他の人間にも感じ取れるみたいだな。

 ということはつまり、あの巨大グモも俺のマナを感じ取って探しているという可能性がある。


「******」

「******……」


 会話が終わると、青髪のエルフの手が動く。

 何をされるのかと思っていると、ふわりと金髪エルフの手の上に優しい手つきで乗せられた。


「******? *、**********……」


 金髪エルフは手のひらに乗っている俺の身体を、優しくそっと指で撫でる。

 その指には何か液体のようなものがついており、それを俺の身体に塗っているみたいだ。


 薬品臭からして、これはあの鍋で煮ていた薬だろう。

 もしかして、俺の傷を治すために塗ってくれているのか……?


「*******」

「****、******……」


 薬を塗られたからではないが、次第に俺の身体も衝撃から治ってきた。

 羽が動くと、エルフたちは喜ぶような声を上げた。


「*********」

「******……」

「*****」


 優しそうなエルフが手を伸ばす。

 俺はありがたくそこから飛び立った。


 ハエに優しくしてくれる人間なんていないと思っていたが、こういう心の優しいエルフもいるんだな。

 覚えておこう。


 これ以上ここにいては悪いので、この集落から離れることにした。

 けが人の周りをハエが飛んでたら看病に集中することもできないだろうしな。


 エルフの集落から離れた俺はまたしばらく飛んでいると、手頃な大きい岩を見つけた。

 ここならまた俺の家として使えそうだな。


 『土石』でハエサイズの出入り口を作ると、丁度岩の中心辺りに俺の家を作る。


 さて、次の拠点も作ったことだし……マナの制御の訓練でもするか。

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