祟りキャット

「はい、はい、すいません。はい、失礼します」


 勤続4年目にして初の欠勤の連絡を、地下鉄の駅を出てすぐ近くにあった喫茶店の公衆電話からした私は受話器を降ろしました。

 100円投入していたのでお釣を回収するとなぜか160円分の硬貨がありました。取り忘れでしょうか? まぁそのまま猫ババして財布に入れてしまいます。


「お待たせしました」

「いんやいんや、然程待っとらんよ」

「な~ぁ♪」


 暗めのランプが照らす店内は平日朝ということもあり他にお客はいません。初めて入るお店ですがシックな雰囲気がなかなか私好みです。

 テーブル席に戻ると、プリンアラモードをパクついて満面の笑みを浮かべている女の子の頭の上の黒猫が古風な言い回しで応えます。

 私も席につくと頼んでおいたエスプレッソにふぅふぅ息を吹き掛け冷ましてから少し口をつけます。猫舌なのです。


「えーと、とりあえず自己紹介をしましょう。私は峰岸勝江といいます」

「ワシは見ての通り化け猫じゃ、名前は忘れた」

「おしいっ」

「うん?」

「いえ、こちらの話です」


 いや、だってかのナツメさんの有名なお話そっくりだったもので。いぶかしんで首をかしげる黒猫とそれにつられて女の子も首をかしげます。かわいい。


「まぁよい、こやつはミヨという、姓はわからん」

「な~ぉ」

「よろしくお願いします、猫さん、ミヨちゃん」


 黒猫が尻尾を器用にあやつり、女の子の頭を軽くつつきます。女の子……ミヨちゃんは一応話している内容はわかるのか返事をするように鳴きます。


「それで助けて欲しいとはどういうことでしょうか?」

「うむ、話せば長くなるんじゃが……」


 地下鉄で私が視えているのがわかると猫さんはそれはもう必死な様子で「助けて欲しいのじゃ!」と訴えてきました。猫さんは真っ暗で表情はいまいちわからないので雰囲気と声音が必死だった感じですが。

 私はとりあえず落ち着きましょうと女の子の手を引き一緒に地下鉄を降りて喫茶店に入り、今に至るわけです。


「今年の夏のことじゃ。ワシの奉られとった祠がこやつに壊されての」

「それは……なんとも」

「まぁこやつもわざとじゃなくたまたま蹴飛ばしてしまっただけのようなんじゃが、それはそれとしてワシはこやつを祟ったわけじゃ」

「ははぁ」

「ちと頭が痛くなる程度に祟るつもりだったんじゃが、妙にこやつとは氣があっての。身体がくっついてしもうたのじゃ」

「それでミヨちゃんはこんな感じなのですね」

「うむ。ワシの猫の部分が影響しとるのかフラフラと彷徨ってしもうてのぉ……随分と遠くまで来てしもうた。ワシの神通力のおかげでこやつに危害が及んだり衣食に困ったりはせんのだが、なんとか家に還してやらねばと思うておったが打つ手無し、どうしたものかと悩んでおったところに……」

「私が現れたと」

「うむ、そうなるの」

「つまり私はミヨちゃんがお家に帰るお手伝いをしたらよいのですね」

「頼めるかの?」


猫さんは上目遣いでこちらを見つめてきます。

こんなかわいい頼まれ方をされた私の返事は決まっています。


「勿論、これも何かの縁です。よろこんでお手伝いさせていただきますよ」

「おぉ! 有難い! 良かったのぉ、ミヨ」

「な~ぁ♪」


 二又の尻尾をぶるんぶるん振る猫さんと、生クリームをほっぺにつけたミヨちゃんに癒されながら私はまだ湯気の立つエスプレッソをふぅふぅと冷ますのでした。









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