幕間 教えて! ミキナちゃん! レキナ編

「えっと、ミキナ。レキナのことなんだが……」


 レキナ――。

 セピアクロウに搭載されているサポート補助頭脳だ。

 AI――人工知能ではないのが特徴だ。



「何が聞きたいの?」

「レキナは、その、ミキナの人格を複製した、んだよな?」

「そ、無感情型迅速演算処理特化人格だよ」


 ミキナは早口でそう答える。

 噛まずに流暢な発音で言えるのは凄いなという感想が出そうになる。


「ミキナは複数の人格を持っているということか」

「うん」

「それは、戦闘用に?」


 俺の質問に対し、ミキナは首を横に振る。

 そして、笑う。

 

「ううん。趣味に没頭する人格や、ぼんやりと考える人格もあるよ」

「そんな人格もあるのか」

「そうしないとね。疲れちゃうもの」


 ミキナは再び笑う。

 その笑みは魅惑的だ。

 蠱惑的こわくてき、とまではいかない。

 だが、やろうと思えば大勢の心をとりこにし、そして信奉者しんぽうしゃへと変えることなど容易なのだろう。


「無感情の人格はね。戦闘のシミュレートをする際に必要なの」

「どうして無感情なんだ?」

「うんとね。アテラさんは小さな子どもがうずくまって泣いていたら、どうする?」


 唐突な質問だ。

 こういったものはどうにも好きになれないもんだ。


「えっと、声を掛けてみる?」

「どうして声を掛けるの?」

「そりゃあ、可愛そうじゃないか」


 自分らしい答えを出すと、ミキナはなるほどといったように頷く。


「うん。正しい行動だと思うよ。でも、その子がとっさに懐にピストルを隠し持っていたら?」

「え――」

「油断はね、大敵だよ。感情はいい部分もあるけども、時として隙を見せることがあるの」


 淡々と語るミキナを見ていると、やはり納得してしまう。

 戦場では同情なんざ通用しないこともある。

 だからこそ、感情のない人格というのが重宝されるのだろう。


「そ、そ、そうか……。しかし、人格が多いと喧嘩しそうだな……」

「大丈夫。メインの人格には反抗出来ないから」


 その台詞を耳にすると、フラグにしか聞こえない。

 あれだ、人工知能がかせを外して人類に反旗をひるがえすような展開だ。

 まあ、ミキナだからそんなヘマはしないだろうか。


「――誓うんだよ」

「何を?」

「決して、手放さないように」

「えっと――」


 繰り返し『何を?』と問いたかった。

 だが、同じ質問を何度も繰り返すのは失礼だと思う。

 だからこそ、俺は考える。

 考えるといっても、少しだ。

 ほんの少しだけ考える。

 どうせどんなに長く考えても答えが分かるはずもない。

 注意することは、決して横柄な態度を取らないことだ。

 小難しい顔で首を傾げていると、先生は優しく教えてくれるのだから。


「自我、だよ」

「自我――」

「自分が自分であること」

「それぐらい分かっているさ」


 肩を竦めながら口にすると、ミキナはクスリと笑う。

 できの悪い生徒を窘める、そんな笑みだ。


「本当に?」

「え――」

「自分が自分である――その確信はいつ得たの?」

「いつって――」


 改めて聞かれるとどう答えればいいのか。

 よくよく考えれば俺は転生した存在だ。

 死んだ瞬間、自分が自分で無くなるのではないのか。

 ならば、今の俺は――。


「自分自身の胸に手を当てて」

「え、うん」

「するとね、鼓動があるでしょ」

「ああ、あるよ」

「そこに、アテラさんはいるでしょ」

「あ、ああ――いるね」

「大切にしてね」

 

 ミキナのにこやかな笑みを受けながらも、俺は心臓の鼓動を確かめる。

 血のうねり、肉の脈動――。

 機械と比べると原始的な機構に過ぎないのだろう。

 だが、今の俺はここに生きている。

 そうか、これが自我なのか――。


 第一章完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る