第十四話 魔力の伸びだけが良くても意味は無い

 レベルアップの演出は簡素でいい。

 強敵を倒した瞬間に、勢いのあるファンファーレが鳴り響き、そして勝利の余韻に浸からせてくればそれで満足だ。

 だが、俺の場合は過剰な演出が入る。

 それもホラーゲームのように不気味で、そして陰鬱で――。


「う――!?」


 酷い頭痛がする。

 まるで頭が内部から破裂しそうな痛みだ。

 目の奥の神経が焼けるように熱い。

 前世で一時期流行した体感型VRゲームの話を思い出す。

 リアルを追求しすぎたあまり、ゲーム内でダメージを負うと、現実のプレイヤーにも痛みが走るというものだ。

 そんな危険な代物は店頭に並ぶことはなく、ダークウェブ上で販売されているインディーズゲームが主流だったか。

 より強い刺激を求めるであろうユーザーには売れたであろう。

 俺としてもパワードスーツを着て戦うのならば、多少の痛みがあったとしてもゲームの中の方がよっぽどマシだ。


「ん、これは……?」


 脳裏に不思議な映像が浮かんでくる。

 見たこともない記憶のようで、どこかの誰かさんの夢のようにも見える。

 閉ざしの栞に幾度か触れてきたかが、俺が思うにどうやら記憶同士がリンクするようだ。

 今回の場合はゴウザエモンの前世の記憶と、俺の前世の記憶が重なり合っているといったところか。


「そうだ、これは、俺に関する記憶でもあるんだ――」


 前世の記憶はよく覚えている。

 だが、死ぬ前の記憶には不自然なほどに抜けている箇所が多い。

 まるで、そこだけそっくりと切り抜かれたかのように。


「あれ?」


 どこかで見たことのある顔をした男の映像が映し出される。

 顔の形から高確率でゴウザエモンの前世だということが分かった。

 そして、奴はこちらに向かって何やら素早く口走っている。

 音までは記録してくれないのは仕方ないかもしれないが、何やら不穏な気配がする。

 そして――。


「うっ!?」


 思わず顔を背けてしまった。

 何故ならば、記憶の中のゴウザエモンが拳を振るってきたからだ。

 どうやら、俺は顔面を奴にぶん殴られたらしい。


「アテラさん、大丈夫?」


 声と共に誰かが身体を揺らしてくる。

 心配してくれるのは嬉しいが、かなり強い力だ。


「大丈夫、大丈夫だ」


 ミキナに礼を述べつつも、目眩が酷かった。

 どうしてこんなに苦労しなければならないのか、俺も不思議で仕方なかった。


「急にどうしたのじゃ?」

「いいや、ちょいとレベルアップをね」


 手の甲を撫でると、フェイスディスプレイの画面が変わる。

 画面には文字が並んでおり、そこには俺のステータスが表示されている。


「今現在の状態はっと――」


 レベル80

 体力:320

 魔力:150000

 筋力:76

 敏捷:113

 知力:260


「大分レベルが上がったな」


 口に出してみるものの、このステータスは貧弱すぎる。

 何せ、先程のゴウザエモンの筋力は5000もあった。

 レベルが上がったとしても、クラスによっては各能力値の上がり幅が異なっており、天魔召喚士は笑ってしまうほどに偏っている有様だ。

 またいくら魔力が高くとも知力が魔法の威力に影響するため、この知力ではミキナの役には立てないだろう。

 

「はて、この先はどうするか」


 再度手の甲を強く撫でると、フェイスディスプレイから数字の羅列が消えて、ミキナとセリーニの姿が映し出される。


「アテラよ。ぬしはヴァーミルド人ではないのじゃな」


 セリーニは倒れたゴウザエモンを蹴飛ばして、奴の後頭部を足先で示す。

 ヴァーミルド人の大きな特徴は後頭部から髪の毛とは別に鳥の羽毛のような飾り羽根が生えているところだ。

 氷河期の極寒に耐えるために体毛が独自に進化し、その名残なのだろうか。

 倒れているゴウザエモンの配下も同じような飾り羽根が生えているが、俺にはない。

 ゴウザエモンはヴァーミル人として転生したが、俺の場合は――。


「ちょいと、深い事情があってさ」

ちょいと、深い事情があってさ」

「そうなんだよね。えっと、一旦拠点に戻ろう」

「ほう、拠点とな」

「今の拠点は――魔物達の住処の近くだったか」

「なるほどのう。やはり魔物と協力関係にあるということかの」

「うん。力になってくれるんだ」

「ああ。エオニア神聖救世帝国と戦うためには、魔物達の協力がないとやっていられないな」



 改めて口にしてみると妙な話だ。

 俺は天魔召喚士としてパワードスーツを身に纏い、デウス・エクス・マキナの娘と共に魔物達の助力を得て帝国と戦っている。

 そして、今日は黎焔帝様の勧誘に成功したのだ。

 この時点で、俺の前世よりも面白い物語になっているのだから、異世界転生というのも悪くないのかもしれない。


「此度は余の別荘で休まぬか?」

「別荘?」

「最高の別荘じゃ。ただ少々歩くがの」


 そして、セリーニは微笑みながらも俺にこんな提案をしてくる。


「ミキナ、どうする?」

「私はいいと思う。拠点は、何とかするから」


 俺達が頷くと、セリーニは嬉しそうに微笑みを繰り返す。


「歩きながらでよい。ぬし達について詳しく聞かせて貰おうではないか」

「ああ。任せてくれ」

「さて、そうだな。まずは……」

「まずは?」

「俺が、転生した時の話からだが――」


 話したいことは山のようにある。

 ただ、山のようになっている以上は、順序よく話さなければ。

 それこそ、土砂の崩落を起こさないように。


「アテラさんは亡くなった時のことを覚えているの?」

「ああ、ほんの、ほんの少しだけかな」

「何を覚えておるのじゃ」

「亡くなる直前、俺は船に乗っていたんだ」

「船……?」

「そうだ、船に乗っていたんだ――」


 しかし、どういう目的で俺は船に乗っていたのだろうか。

 どこへと向かっていたのか。

 少なくとも、ロクに旅行もしない俺が船へと乗ったのだ。

 きっと何かを変えるためだったに違いない。

 

「何かを変えるため、か……」


 つまらない人生を生きていた俺にしては、殊勝しゅしょうな心がけだ。

 だが、今の俺はどうだろうか。

 今俺の成すべきことは――復讐だ。

 それも、実にささやかなものだが、この復讐譚は俺一人には綴れそうにない。

 しかし、編集者がデウス・エクス・マキナの娘と黎焔帝という豪華なメンバーなのだから、何とかなるだろう。

 ただ一つ不満を上げるのならば。

 是非とも前世で二人に出会いたかったもんだ――。

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