第十話 皆狂いの歌唱者

 終極武装は世界を滅亡に導く恐るべき力を持っているらしい。

 俺としてはそんな危険な物を武器として使う自信は無い。

 万が一、手からポロッと落としてしまったらと考えるだけでも恐ろしいもんだ。

 だが、ミキナは一切恐怖することなく、その武器を手にしていた。


「あれが、皆狂いの歌唱者……」


 口に恐る恐る出してから、俺は改めてミキナの手元を注視する。

 双剣の類いかと期待していた。

 だが、それには刃は付いていなかった。

 もしや、棍棒かもしれない。

 しかしながら、それには棘すらついていない。

 そして、微かに聞こえた音から、俺はその正体が何なのか、ようやく察することが出来た。


「ま、マラカス?」


 振ると音が出るあれだ。

 武器と言うよりも、楽器の類いだ。

 

「いや、え――?」


 空間を歪めていた異様な陽炎はもうどこにもない。

 だからこそはっきりと視認できてしまうのだが、やはりどこをどう見てもマラカスだ。

 

「いやいやいや」


 あれほど散々凄い武器だの何だの宣伝していたというのに。

 これではセリーニも失望してしまうだろう。

 そうなると、彼女の協力を得られるという話が破談となってしまうかもしれない。

 折角、頑張って接待をしたというのに――。


「のう、アテラよ」

「は、はい!?」


 しまった、声が上ずってしまった。

 これではあまりにも不自然だ。

 何とか、マラカスの存在を誤魔化さなければと思ったその時だった。


「ミキナの持っている物――あれが終極武装なんじゃろ?」

「え、あ、そうかもしれないし、間違った物かもしれないな、うん」

「何という禍々しさじゃ……」

「へ?」


 俺はもう一度ミキナの手元に注目する。

 確かにマラカスではあるものの、何やらそのデザインは悪趣味なものだ。

 血のように暗く赤い色をしており、中央には猫の瞳に似た宝石が埋め込まれているのだが、まるで生きているかのようなヌメリとした光を放っていた。


「あ、ああ……」


 子どもの玩具を魔改造したかのような印象すらある。

 見れば見るほど悪趣味な代物であるのだが、奴はそんな感想は抱かなかったようだ。


「ふ、ふざけおって――!」


 ゴウザエモンは激昂し、ミキナへと掴みかかろうとする。

 しかし、奴が腕を伸ばしたその瞬間だった。


「触らないで――!」


 ミキナはマラカス――皆狂いの歌唱者を振るう。

 その動作は痴漢を追い払う感じといったところか。

 たったそれだけだというのに、轟音が巻き起こり、ゴウザエモンの巨体が強引に吹っ飛ばされる。


「な、な、な――!?」


 砂が波打つような音を何百倍にも拡大させれば、あんな音になるのだろうか。

 凶器にはならないが、それでも異様な音だ。

 ゴウザエモンと距離を取ってから、ミキナは声を張り上げる。


「アナライズコンプリート!  ターゲットをロックオン! 精神汚濁感応周波数をセット完了!」


 戦乙女という存在がいるのならば、今のミキナのように勇ましく敵の死を告げるのだろうか。

 彼女の両眼は煌々と輝いていた。

 ゾーンにでも入ったというべきか。

 シャーマンはトランス状態になることで、高位の存在で会話が出来るとのことだ。

 今のミキナも、そんな心境なのか――?。


「プレリュードオン!」


 宣告してからミキナは皆狂いの歌唱者を振り回し始める。

 激しい音は耳にする者の情緒をかき乱しつつも、どこかリズミカルだ。

 だが、ゴウザエモンに大きな変化は見られない。


「あれ?」


 てっきり音を発生させることでゴウザエモンを発狂させるかと思ったが、すぐに効力は発揮されないのか。

 

「プレリュードじゃからのう」

「そ、そうか……。待てよ、それならば。ゴウザエモンの攻撃を回避しながらも、音を聞かせないとならないのか?」


 果たして、そんな余裕があるのか?

 ともかく、今はミキナを信じるしかないようだ――。

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