第十一話 マドオーラ

「くそが――っ!」


 ゴウザエモンが吠える。

 小馬鹿にされている、と考えても無理はないだろう。

 奴は鬼のような形相となり、拳を高々と振り上げる。

 距離が離れている以上、攻撃は届かないと思いきや――。

 

「なっ!?」


 意味が分からなかった。

 ゴウザエモンが前方の空間を殴りつけると同時に、ミキナの身体が大きく吹っ飛んだのだ。


「直接当たっていないのに――?」

「知らぬのか? 武術を極めし者は魔法を唱えずとも魔力をまるで武器のように使えるのじゃ」

「え?」

「そもそも魔力とは、生命体が自身の未来や困難を変えようとする意志や願いが源となっておる」

「そ、そうなのか?」


 それだったら、『魔』力というのはどこか違和感があるような。


「し、しかし、どうやってゴウザエモンはミキナに攻撃したんだ?」


 俺が首を傾げていると、セリーニはクスリと微笑む。

 そして、仕方ないなといった表情で丁寧にこう説明をしてくれる。


「拳の風圧を起こした際に、魔力を塊として放ったといったところかの」


 意味が分かるようで分からないようで。

 ゴウザエモンは格闘ゲームみたく、何とか波みたいな感じで魔力を飛ばしたという意味なのだろうか。


「あの技法は魔法に頼らない格闘家が愛用しておる。流派は色々とあるようじゃが、マドオーラという戦闘技法として知られておる。しかし、ミキナもやるのう」

「そうだ、ミキナは――」


 ミキナは奴の攻撃で吹き飛んだものの、彼女は空中で受け身を取って綺麗に地面へと着地する。

 しかし、ダメージは受けているようで、彼女の両足はふらついていた。


「アジタートモードオン!」


 ミキナはキッとゴウザエモンを睨みつつも、手にしていた激しく皆狂いの歌唱者をシェイクする。

 その激しい音は戦闘中でさえなければ合いの手を打ってしまうところだが、妙な胸騒ぎがする。

 この違和感は何だろうと思っていると、セリーニが先程の戦いについてこう教えてくれた。


「奴の攻撃が当たる直前に、ミキナは両腕で防御したようじゃの」

「そ、そうか……」


 防御が間に合わなければ致命的なダメージとなってしまったかもしれない。

 しかし、効果があると分かり、ゴウザエモンが活気づいてしまった。


「どうしたどうした!?」


 ゴウザエモンは調子に乗ると饒舌になるタイプのようだ。

 そういった人間は敵に回すと恐ろしいもんだ。

 奴が拳のラッシュを繰り出すと、ミキナの周囲の地面が連続して爆ぜ飛ぶ。

 

「くっ! ラメンタービレモードオン!」

 

 ミキナは回避しながらも、皆狂いの歌唱者を振り回し続ける。

 今度の音色はどこか悲しげな雰囲気を漂わせている。

 ただ、シャカシャカという音だというのに不思議なものだ。

 しかし、ミキナは本当に攻撃をしているのだろうか――。

 ただただ相手を挑発しているようにしか見えない。


「フィナーレ、オン!」


 ついにとうとうフィナーレの時なのだが――。


「え――」


 ミキナは皆狂いの歌唱者をただ大きく一回だけ振った。

 フィナーレにしては酷く寂しいものだ。

 ただそれだけなのだが――背筋が凍り付くような悪寒が走った気がした。

 セリーニも恐怖を覚えたのだろうか、小さく身震いをしている。


「い、い、今のは、何なんだ?」


 マラカスを振った音のはずなのだが、ハサミで何かを断ち切ったような音のようにも聞こえた。

 しかし、何も起こる様子は無く、ゴウザエモンはため息交じりにこう宣言する。


「つまらんお遊びも、ここでおしまいにしてやろう」


 ゴウザエモンが怒号と共にその場で高く跳躍する。

 まるで蛙のように飛び上がり、どうやら拳を地面に全力で叩き付けるつもりだろう。


「む、周囲諸共吹き飛ばす算段かの?」

「俺達も逃げないとマズいような……」

「ほう、ミキナを置いて逃げるというのじゃな?」


 セリーニがこちらを睨む。

 その瞳には怒りの色がにじみ出ている。


「す、すまない……」

「ぬしの鎧も飾りではなかろうに。それにじゃ」

「それに?」

「見よ、ミキナの顔を」

「え――?」


 ミキナは飛んでいったゴウザエモンを眺めている。

 逃げも隠れもせず、ぼんやりと空を見上げているその様子は、夜であれば天体観測でもしているかのようにも見えてしまう。

 だが、彼女の表情を見ていると、その真意に俺はようやく気がついた――。

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