第八話 ゴウザエモン先輩
荒ぶる猛将――。
それがゴウザエモンのクラス名だったか。
奴の筋肉が不自然なほど盛り上がっている。
まるで風船のようで、身につけていた鎧が膨張に耐えきれずにひび割れていく。
そして――。
「うわ……」
率直に喉から出たのは短い感想だった。
背丈が伸び、山脈を彷彿とさせる両肩の筋肉は人間離れしている。
脚部の筋肉も盛り上がり、大地を踏み砕けそうだ。
ただ、残念なのはバランスが悪すぎる。
上半身と下半身が膨れ上がった反面、腹部が奇妙にへこんでしまっているのだ。
「恐れ
ゴウザエモンは笑う。
これが彼の思う本気の姿なのだろう。
これが彼の願う理想の体なのだろう。
「何か言いたそうだな! 早く言うがよい!」
「いや、その――画像を素材に使われそうかなって」
「画像? 素材? 何を言っている!?」
「そりゃあMAD動画の
――沈黙が流れる。
奇妙な沈黙だった。
セリーニが首を傾げている一方、ミキナには意味が分かったらしくポンと自身の手を叩いている。
そして――。
「……貴様は余程苦しんでから死にたいようだな」
ゴウザエモンの声には計り知れない怒りが込められていた。
殺意と憎悪を織り交ぜられ、耳にする者全てを呪うかのように禍々しい。
「その鎧ごと叩き砕き、貴様の亡骸を豚の餌にしてくれる!」
「くっ――!」
余計なことを言わなければよかった……。
後悔する時間も無く、ゴウザエモンが猛追してくる。
その動きは先程よりも数段早い。
回避したとしても、追撃を受ける可能性が高い。
「ならば――召喚!」
素早く詠唱し、とっさに自身の周りにある物の召喚を試みる。
「何をしても無駄だ!」
ゴウザエモンがこちらに腕を伸ばしたその瞬間だった。
何とか召喚に間に合い、俺の周囲に現れたのは――。
「これは――ジバクタンポポの綿毛!?」
フワフワと浮かぶ赤い色の綿毛だった。
数え切れないほどの大量の綿毛が浮かぶ光景は一見メルヘンチックに見えるものの、その実体は植物の魔物の種子だから油断は出来ない。
そして、ジバクという名の通り当然のごとく――。
「うぐおうっ!?」
ゴウザエモンが悲痛な叫びを上げる。
奴がジバクタンポポに触れた瞬間に大爆発を引き起こしたのだ。
誘爆し、爆発音が重なり合う。
俺も生身であったら耐えられないだろう。
爆風の威力は勿論、それよりも危険なのは――。
「み、耳が、耳が――!?」
いくらゴウザエモンが銃弾を弾く肉体を手に入れていようが、果たして鼓膜や内耳を鍛えることは出来るのだろうか?
ジバクタンポポが爆発する際、その音の大きさが危険なことで知られており、ヴァーミガルドの人間で迂闊に触れる奴はいない。
奴は兜を放り捨て、両耳を懸命に抑えている。
兜の下に隠れていたのは無骨な顔だった。
口元の無精ひげを見ていると、戦うことだけを考えて日々の洗顔もしていないといった感じだろうか。
俺は奴に簡易的な回復魔法を唱えられる前に、ミキナへと合図を送った。
「あとは任せてね」
「ああ。負けるなよ」
ミキナにそう言うと、彼女は花のように笑ってからこう告げるのだ。
「私は、負けないから」
静かな自信に満ちた一言だ。
これで俺も安心して退避できる。
そして、セリーニの隣まで後退してから、レキナにこう命令する。
「レキナ。ハイスピードユニットを格納してくれ」
『了解。ハイスピードユニットを格納します』
ハイスピードユニットは展開しているだけでも魔力を消費してしまう。
意味的に待機電力が近いだろうか。
きちんと節約を心掛けなければと思っていると、セリーニがこんなことを尋ねてくる。
「む、ぬしはもう戦わないのかの?」
「ああ。俺は召喚士として、ミキナを援護する役目を果たしたんでね」
「
セリーニの一言に対し、俺は肩を竦めてこう返す。
「デウス・エクス・マキナの娘さんのお役に立てるならば光栄さ。前世と比べると大出世したもんだよ」
「ぬしが満足ならばそれで良い」
「それに、ここから先は危険なんだ。俺がいると邪魔になる」
「危険、とな?」
「見ていれば分かるさ」
すると、ミキナの声が聞こえた。
感情を押し殺したような、冷たい声色の宣告が聞こえる。
>ウェポンリターン
すると、ミキナの手元に黒い渦が生じ、彼女はそこにショート・プロヴァーズを放り投げる。
「何だ? 銃を戻した、のか――!?」
ゴウザエモンは訳の分からないといった顔をしつつも、まだどす黒い血を流している両耳を手で抑えていた。
「うん。別の武器を、使うから」
サーバー【ヴァルカン】で呼び出す銃火器の類いは、ミキナからすれば手加減のようなものだ。
そして、ここから先が彼女の、いやデウス・エクス・マキナの娘としての恐ろしさの本領発揮となる。
ミキナは目を閉じ、そしてこう唱えた。
>サーバー【コー・ラシー】にアクセス
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