第四話 セピアクロウ

 このパワードスーツにも一応名前は付いている。

 俺が剣術を得意として、お気に入りの剣を手にしたら名前を付けていただろう。

 命を預ける相棒だからこそ当然の行動だ。

 それと同じように、パワードスーツに名前を付けても何らおかしくはないことだ。

 

「行くぞ、セピアクロウ」


 その名前はある曲から来ている。

 俺の青春を支えてくれた魂の曲だ。

 デジタルデータで持ってこられなかったのが本当に残念でならない。


『スリープモードからアクティブモードに移行――』


 流れてくる機械音声と共に、目の前が明るくなる。

 部位的に言えば可動式面頬の裏側に当たる部分だろうか。

 ミキナ曰く、『フェイスディスプレイ』という名称らしく、そこには外の風景が投影されている。

 ヘルメットの両眼に当たる箇所にメインカメラが配置されているが、その他にも胴体の各所に超小型カメラが複数に設置しているとのことだ。


『敵らしき人物を複数確認。対処してください』

「分かっている。セピアクロウを密閉状態にしてくれ」

『了解』


 俺に語りかけてくれているのは、セピアクロウの頭脳を担当してくれているレキナだ。


 ――レキナは、私の複数ある人格の一つ。その中の無感情型迅速演算処理特化人格むかんじょうがたじんそくえんざんしょりとっかじんかくだよ。


 ミキナの言葉が脳裏に蘇る。

 人工知能を一から学習させるのは時間が掛かる。

 だからといって、自身の人格を複製させるとは。

 優秀で戦闘経験も豊富なミキナがもう一人味方になってくれたと考えるだけでも頼もしい。

 レキナの仕事は多く、複数のカメラの映像を同期させて、ラグなしでフェイスディスプレイに投影するのもその一つだ。


「掛かってこい!」


 俺が叫ぶと、敵兵共がこちらへと突っ込んできた。

 剣やら槍やらを手にしており、士気だけは高いようだ。

 戦法としては前衛が引きつけている間に、後衛にいる魔法使いが援護してくるはずだ。


「ミキナ! 敵の後衛を狙ってくれ!」

「うん!」


 ミキナが敵部隊の側面に回り込んだのを確認してから、俺は叫ぶ。


「ハイスピードユニット展開!」

『了解。ハイスピードユニットを展開します』


 その瞬間、軽くなったような感覚が全身を包み込む。

 セピアクロウの背部には六基のハイスピードユニットと呼ばれる装置が収納されており、展開することで三対の光の翼となって俺の背後に浮かび上がる。

 このハイスピードユニットのおかげで高速移動が出来るのだが、ミキナ曰く力場を発生させることでセピアクロウを強引に瞬間移動させているだけだとか。

 鈍重なパワードスーツの欠点を解消する装置だが、俺の魔力を消費するのが難点か。


「行くぞ!」


 フェイスディスプレイの端には緑色のゲージが表示されている。

 これが俺の残り魔力の残量で、これが空になったらセピアクロウは単なる置物となってしまう。

 残量に注意しながらも敵部隊へと突っ込む。


「迎え撃て!」


 敵の隊長は叫ぶも、高速の突進を止めるのは中々難しいものだ。

 数名をなぎ倒しながらも、そのまま敵部隊のど真ん中まで突っ込む。


「袋叩きにしろ!」


 まあ、そうなるよな。

 現に近くに居た奴が剣で小突いてくるも、頑丈な装甲を傷つけることは出来ない。

 しかし、流石に集中攻撃されると危険だ。

 その前に、天魔召喚士としての実力を見せてやるか。

 急いで召喚魔法の詠唱を開始する。


「魔法を妨害しろ!」

「遅い! 召喚だ!」

 

 さて、重い物は召喚出来ず、生き物を召喚するのもリスクが高い。

 ならば、頭を使う他ないということだ。


「防御魔法を――ん?」

「何だ?」

「粉?」


 俺が呼び出した物を目にして、敵兵は唖然としている。

 敵兵の頭上から大量の粉末が降り注いでくる。

 奴らは危険な生物を召喚したとさぞ警戒していただろう。

 しかし、一見害のなさそうなそれらを目にした彼らは安堵のため息をつき、それからこちらに殺意の視線を向けてくる。


「お、驚かしやがって!」

「総攻撃だ!」


 兵士達が得物をこちらに突きつけたその瞬間だった。

 奴らは途端に咳き込み始める。


「ど、どうした!?」


 位置的に遠くにいるため、敵の隊長は何か分からず同様の声を上げる。


「分かりません! 息が苦しくて――」

「おいっ!?」


 ある者はその場から逃げ出し、またある者はその場で苦しみ出す有様だ。

 また、魔法の詠唱には精神を集中させる必要があるのだが、呼吸がままならない以上それも難しいだろう。

 そもそも、単純な防御魔法だけであの粉末を防げるかどうか、だ。


「この臭いはホコリドロキノコの胞子――。なるほどのう、ぬし達は魔物達と協力関係にあるということかの」


 セリーニの微かな呟きが聞こえる。

 セピアクロウには音を拾う高性能マイクも当然ながら装備されている。

 敵の呟きもしっかりと聞こえるのは面白い利点かもしれない。


「毒か!? おのれっ!」


 敵の指揮官が声高に叫んでいる。

 後方に控えている兵士達の中には回復魔法を試みるも、中々効果を発揮していないようだ。

 ホコリドロキノコの胞子を吸い込むことで、短時間ではあるが喘息に似た症状が発生する。

 医療魔法に熟知していなければ症状の早期解除は難しいだろう。

 最も完全密封出来るセピアクロウを身につけていなければ、こんな嫌がらせは出来ないが。


「何をしている! 退いて態勢を整えろ!」

「ミキナ!」

「うん!」


 ミキナが返事をすると共に、彼女のまた自身の力を発揮する。

 彼女は高々とこう唱えた。


 >サーバー【ヴァルカン】にアクセス

 <認証完了――。ご用件をどうぞ


 ミキナの声に応えるかのように、機械的な音声がどこからともなく聞こえてくる。


 >ウェポンリクエスト

 >ショート・プロヴァーズ


「何だ!?」


 単なる魔法とは次元の異なる力――。

 これこそ、デウス・エクス・マキナの娘であるミキナだからこそ出来る芸当だ。

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