第五話 サーバー【ヴァルカン】

 <リクエストを承認しました

 <元素変換率87.6%――

 <物質転送を開始します

 >多次元連鎖式横断回線による通信を開始――

 >通信速度良好


 無機質な声とのやり取りが終わると、ミキナの手元に黒い渦のようなものが現れた。

 彼女は強引にその渦に腕を突っ込み、何かを引きずり出す。


「な――!? あれは銃だと!?」


 敵の隊長は驚愕の声を上げる。

 ミキナが呼び出したのは剣と魔法の世界に似つかわしくない銃火器だ。

 鮮やかなみどりで塗装されたアサルトライフルといったところで、グレネードランチャーが装着されている。

 天魔召喚士てんましょうかんし顔負けの力なのだが、ミキナ曰く召喚というよりも神々の保管している博物館のような場所から借りているというとのことだ。

 ミキナはショート・プロヴァーズの銃口を敵へと向ける。


「大人しく――していて!」


 ミキナが引き金を引くと同時に、爆ぜる音と共に榴弾りゅうだんが射出される。

 弾は放物線を描き、そのまま――空中で弾け飛んだ。


「ま、また変な粉か!?」

「総員退避だ!」


 しかし、降り注いできたのは小さな黒い球体だった。

 表面がツヤツヤとしているそれらは地面へと落ちるとコロコロと気ままに転がっている。

 これまた何の意味があるのか。

 ゾクリとするような恐怖と共に、兵士達は慌てふためいている。

 見たこともない武器だからこそ、彼らが底知れぬ恐怖を抱くのは想像に難くない。


「怯むな! 行け!」


 対処法も教えず、突撃の命令を出されても困るというものだ。

 しかし、もっと困るのは真面目な兵士がミキナへと向かっていったことだ。

 もう少し自分の命を大事にした方がいいような気がする。

 球体は鎧や兜にくっ付いており、見るからに嫌な予感しかしない。

 それに対し、ミキナはやや躊躇いながらもショート・プロヴァーズの引き金を引くと、発砲音と共にライフルの弾丸が宙を切る。

 だが、何かに当たった様子はない。

 銃があっても命中しなければ宝の持ち腐れだ。

 敵の隊長は小馬鹿にしたような笑いを上げてから、部下へとこう命じた。


「腕前は大したことないようだ! 反撃しろ!」


 勝利を確信したかのように喜々とした声を聞いていると、俺としては気の毒にすら思ってしまう。


「あーあ。俺は知らないぞ」


 ミキナの銃の腕前は俺がよく知っている。

 そして、先程はワザと外して撃ったように見えて、実は狙い通りだったのだろう。

 ショート・プロヴァーズにどういう力があるか知らないが、ミキナはこういうことをする子だ。

 そして、時間差を置いて効力を発揮したらしい。


「ぎゃっ!?」

「ぐえっ!?」


 スパークする音と共に、兵士達が悲鳴を上げて倒れていく。

 どうやら、鎧や兜に付着した球体が放電をしているようだ。

 ミキナがライフルの弾を撃つと、弾の軌道の近くにあった球体が反応する仕組みらしい。


「なるほど、まずは榴弾で放電する球体を周囲に散布するのか」

「うん、ショックゼリーって名前があるの。ゼリーは散布されてから暫くすると、微妙な磁力を発するようになって、金属製の物にくっ付きやすくなるんだよ」


 俺の小さな呟きに対し、ミキナが返答してくる。

 ミキナの聴力もまた優れており、忙しくて騒がしい戦場でも楽々とコミュニケーションが出来るのは奇妙なものだ。


「で、ライフルの弾が近くを通ると放電する仕組みか。いや、最初にゼリーが付着した段階で放電すればいいんじゃないか?」

「うんとね、風でゼリーが味方の武装や車体にくっ付いたら大変でしょ? 敵のいる方にライフルの弾を放つことで、狙撃しながらも敵の精密機器の破壊を狙うのがコンセプトなんだって。ちなみに、発車されたライフルの弾は特殊な信号を放って、その信号を――」

「う、うん。分かった。もう大丈夫」


 楽しそうに解説しているミキナには大変申し訳ないが、今は戦っている最中だ。

 改めて周囲の様子を見てみると兵士達の殆どは戦意を失っており、戦線から離脱している。

 運良く攻撃から免れた兵士がいるものの、得物や盾を構えたまま突っ立っている。

 ガタガタと生まれたての子鹿の足のごとく震えており、戦力としてカウントするのは難しいだろう。


「使えん奴らめ」


 指揮官の男の呟きが聞こえる。

 兜のせいで表情は窺えないが、倒れている兵士を足蹴あしげにしている点から相当おかんむりなようだ。

 大剣を軽々と担ぎ上げ、そしてこちらへと迫ってくる。

 動きを見るだけでも分かるが、重装備のくせにかなり機敏だ。

 そして、奴は俺とミキナへと近づくと、剣を大仰に振り回しながらもこう叫んだ。


「来い! かつて魔王を倒した英雄が一人! ゴウザエモン様が相手をしてやる!」


 自信満々なゴウザエモンの自己PRに対し、小さな呟きが聞こえた。


「ほう、魔王は既に倒されたとな……」


 セリーニが声だった。

 少し驚いているようだが、動揺まではしていないようだ。

 黎焔帝と魔王が血縁や親戚関係にあった、という訳ではないのかもしれない。


「もしかして、転生者か?」

「そうだ! クラス【荒ぶる猛将】の力に恐怖しろ!」


 ヴァーミガルドに銃は流通していない。

 だが、前世で銃の知識があればこそ、先程ゴウザエモンが銃に反応していたという訳だ。


「レキナ、敵のレベルを予測してくれ!」

『計算中――。表示します』


 やがて、フェイスディスプレイに数値が表示される。

 あくまでもレキナが予想した数値だが、戦いの指標とするには十二分に役立ってくれている。


「えっと、奴のレベルは――」

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