第二話 要介助クラス
天魔召喚士――。
その名称だけは格好いいが、その実体は役立たずの穀潰しのスネかじりだ。
ここがゲームの世界で、なおかつ運営がまともであれば上方修正はしてくれるだろう。
だが、悲しいことにこれは現実だ。
バグの修正やユーザーのクレーム対応なんぞ、冷酷な神々がしてくれるはずもない。
「天魔召喚士とな……? 強そうには聞こえるの」
「我ながら、そう思っているよ」
「何故、そんなクラスに? というか、クラスとは何ぞ?」
セリーニは不思議そうに首を右へ左へと揺らしている。
クラスという概念は元々このヴァーミガルドには存在していなかったから無理からぬ反応だ。
「このクラスは――望んで得たものじゃないんだ。前世の生き方が関係しているようだが――」
こんなクラスを与えたあの野郎にはたっぷりとお礼をしなくてはと考えつつも、一応俺なりの心当たりはある。
それは前世で一番夢中になっていたオンラインゲームの中で、俺がよく使っていたキャラクターが召喚士だったことだ。
色々な魔物を呼び出し、大暴れしていた記憶が今でも残っている。
懐かしいという気持ちはある。
だが、もうあの頃には戻れないと考えるだけでも、胸が締め付けられそうだ。
「前世とな。ふふ、ぬしは本当に面白い。封印から目覚めた早々に楽しめるとは思わなんだのう」
セリーニは笑う。
その笑みは――妖艶だった。
まったく、ミキナといいセリーニといい、人の理性を狂わせる行動は止めて貰いたいもんだ。
「アテラさんが転生したのは本当のことだよ」
「疑ってはおらぬ。して、天魔召喚士殿はなにゆえこのような
「大器晩成型といったところで、ろくな魔法を覚えないんだ」
「簡単な防御魔法も覚えられないんだって」
すると、セリーニは眉を
まるで信じられないといった様子だ。
「それは難儀じゃのう。防御魔法なぞ、基礎中の基礎だというのに。余も赤子の頃は寝言で唱えていたほどじゃて。それ故にぱわーどすーつとやらで身を守らなければならぬのじゃな」
「あ、ああ」
「しかし、妙じゃの? 召喚士となると下僕を召喚して戦わせればよい。それこそ後衛にて茶でも啜っていれば良かろう?」
セリーニが俺の耳を軽く引っ張る。
怒ってはいないようだ、少々苛立っているようだ。
「アテラさんは初級の召喚魔法しか使えないんだよね?」
「そうだ。これまた、制限が多い」
「余は召喚魔法には疎くての」
はよ説明しろ、と言わんばかりにセリーニが再度俺の耳を引っ張ってくる。
痛くはない。
人によっては屈辱かもしれないが、俺からすると力加減をしてくれているので『優しくない?』というのが正直な感想だ。
「まずは呼び出す物が軽くないとならない。呼び出す物が重くなるほど魔力の消費が激しくなるんだ」
「ほう。その時点でかなり不便じゃの。ちなみに、重いという限度はどのくらいかの?」
セリーニが質問と同時に――とんでもないことをしてきた。
「うっ――!?」
「アテラさん!?」
「な、何でもない……」
慌てて平静を装うとすると、セリーニが小さく笑い声を上げる。
まさか、セリーニが俺のうなじを指先で撫でてくるとは。
黎焔帝様の恐ろしい攻撃で、色々と歪んでしまいそうだ。
「さ、3キログラムぐらい、だ」
「3キロとな?」
「生まれたばかりの赤ちゃんの体重ぐらいだね」
「軽い物であれば負担はかなり少ないんだが、3キログラムを越すと消費が著しくなる」
「ほうほう、強者を呼んで戦わせるのは難しそうじゃの」
「そもそも、生き物を呼び出すのも大変って聞いたよ」
「あ、ああ」
体重の軽い魔物がいないわけでもない。
当初は大量の虫を呼んでやろうかとも考えていたが……。
「生き物を呼んでも、そもそも命令を聞いてくれる訳ではないんだ」
「急に召喚された上で戦いを強要される――。実に嫌なものじゃの」
「そもそも、アテラさんは優しい人だから。出来ないんだよ」
「そう言われると照れるな……」
仮に虫を召喚しても、俺が虫に対して細かな命令を聞かせられる力がないのだ。
無理矢理召喚されて怒った虫に攻撃されたら俺の命が危うい。
「ふむ。では、天魔とやらを召喚出来るのではないかの?」
「そ、そ、それが、その天魔を召喚するにはそれ相応の経験を積む必要があって――」
「経験など、雑魚共を捻じ伏せれば良いじゃろ?」
「まあ、先が長いんだ。本当に」
「どんなに長かろうが、余が蹴散らしてやってもよいぞ。こんな風にの」
セリーニが片手を払う仕草をする。
それこそ虫でも軽く払うかのように。
その瞬間だった――。
「え?」
セリーニの眼前には強固な壁があったのだが、その壁に一瞬にして大きな穴が空けられたのだ。
穴の向こう側には何も存在していなかった。
ただただ黒い空間だけが顔を覗かせており、その空間に入ったらどうなってしまうのか皆目見当も付かない。
一番妙なのは爆音とかは一切聞こえなかった点だ。
単なる魔法とは別次元の力らしく、やはりセリーニ様の力は本物のようだ。
「すまんのう。封印から目覚めたばかりか、加減が難しくての」
「私もこれぐらいは出来るから」
「ほう? ちと見せて貰えんかの? デウス・エクス・マキナのご令嬢様の力はさぞ強力じゃろうて」
「分かった――」
「ミキナ、ストップ! セリーニ、今は外へ向かおう」
このままマウントの取り合いが始まってしまえば、辺り一帯が焦土と化してしまう。
そもそも、ミキナが本気を出せばヴァーミガルドそのものが簡単に宇宙の塵となってしまうのだから。
「仕方ないのう。まあ、いずれ見せて貰うかの」
「うん。楽しみにしていて」
喧嘩をしてくれなければいいのだけれども――。
そもそも、デウス・エクス・マキナの娘と黎焔帝様というよく分からない組み合わせだ。
その両者の仲を俺が取り持たなければならず、そもそも俺は誰かに介助して貰わなければロクに戦えない。
前世以上に頭を下げ、お世辞を言う必要がありそうだ。
ふと、胃の辺りに痛みを感じる。
針で刺されたような痛みだが、不思議と懐かしい。
そうだ、これは前世で良く味わった痛みだ。
窮屈な歯車の部品として耐えながらも生きてきた――。
そんな過去の俺をよく知る旧友と再会出来るとは。
悲しいことに、ちっとも嬉しくは無いのだが……。
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