【試読版】要介助クラスの天魔召喚士に転生した俺にはパワードスーツが欠かせない ~デウス・エクス・マキナの娘と黎焔帝様と綴るささやかな復讐譚~

出雲路 透

第一話 接待中

 前世の俺の人生は――つまらないものだった。

 大分長生きはしたものの、誰かに自慢出来るようなことはなかった。

 強いて挙げるならば若い頃に大規模なオンライン対戦型のゲームで頂点を極めた時だったろうか。

 ただ、所詮は無意味な逃避行動の一つでしかなかったのかもしれない。

 思い返せば辛い現実に向き合っているようで、俺は逃げていた。

 そして、今の俺は新しい身体と共に、新たな人生を歩んでいる真っ最中だ。


 ――後悔の無いように、生きてやる。


 そして、俺を追い出したあの連中共に一発お見舞いしてやらなければ。

 そのためにも、俺は今、自分のちっぽけなプライドをかなぐり捨てている真っ最中だった。


「これ、もっと速く歩かぬか」


 上からそんな声がする。

 高く可愛らしい声なのだが、不思議な威厳を漂わせていた。

 そうだ、言うならばこれは接待なのだ。

 前世の俺もよく頭をペコペコと下げていたものだ。

 頭を下げるという行為は、相手に優越感を与えながらも自身を守る防衛行動なのかもしれない。

 ただ、人によっては今の状況を羨ましく思う奴もいるに違いないだろう。

 

「大丈夫?」


 右の方から柔らかい声がする。

 聞いているだけで心が癒やされる、まさに天使の囁きだ。


「ミキナ――」


 俺は首を右へと動かし、ミキナと呼ばれた少女に目線を移す。

 真鍮色の長髪に、白金色の瞳が特徴であり、一番のチャームポイントはこめかみから伸びている虫の触角のようなアンテナだろうか。

 人間離れした魅力を持っており、俺のような人間が迂闊に近寄れぬ存在だ。


「アテラさんをあんまりいじめないであげて」


 アテラというのは今の俺の名前だ。

 前世の名字が左沢あてらざわだったから、アテラというのはやや単純すぎたか。


「ミキナよ。余はいじめてなどおらぬぞ」

 

 ふと、俺は首を左に傾ける。

 今の体勢だと、ちょうど見上げる形となる。

 そして、視線の先には――褐色の肌をした美少女が座っていた。


「セ、セリーニ様」

「余のことは呼び捨てでよい。して、ミキナは本当に――」


 セリーニはやや顔を伏せてから、ミキナへと目線を向けてこう尋ねた。


「そちは本当にデウス・エクス・マキナとやらの娘なのかの?」

「うん」

「デウス・エクス・マキナ――機械仕掛けとやらの神でよかったかの?」

「そうだよ」


 頷くミキナは自慢することもなく平然としている。

 デウス・エクス・マキナというと、あれだ。

 確か、物語を超強引に解決する存在で、ご都合主義の塊のような奴だ。

 まさか、娘さんがいるとは俺だって思いもしなかった。


「なれば、父君に任せれば良いであろうに。余の力など不要ではないかの?」


 実にもっともなご意見だ。

 機械仕掛けの神が指先一つで解決してくれれば、俺も苦労せずに済む。

 だが、世の中そう簡単に楽をさせてはくれないようだ。

 

「お父様は力を無くしちゃって……」


 ミキナがしょんぼりと項垂れている。

 彼女のこめかみのアンテナも同じように項垂れているのもチャームポイントか。


「のう、アテラよ。嘘ではなかろうな? 余はこう見ても疑り深い性格での」


 セリーニは銀色の髪を撫でながら微笑む。

 見れば見るほど世の男性を魂まで魅惑する要素が盛り込まれている。

 ただ、この少女は花で例えるならば食虫植物だ。

 美しい花を咲かせて、堂々と獲物に食らいつく牙を見せびらかせている。

 そんな外見ならば獲物が寄ってくるはずもないだろうが、それでも飢えることは決してない。

 何故ならば、喜んで牙の餌食になる輩がどこからともなく現れるからだ。


「アテラさん。見せた方がいい?」


 ミキナの瞳には僅かだが、怒りの色が見え隠れしている。

 如何せん、実力を見せるということになると喧嘩になってしまう。

 セリーニの協力が是が非でも必要だというのに。


「そ、そうだな。ミキナがこのパワードスーツを作ったんです」

「ぱわーどすーつ……。ぬしの着ているこの鎧かの?」


 パワードスーツ――。

 俺としても、まさかこんなオシャレな物を身につけて戦うとは思いもしなかった。

 色合いとしては、ガンメタルグレーといった所だろうか。

 本来ならば、頭部を覆うヘルメットを被る必要があるのだが、今は接待中のために脱いでいる。


「うーむ、変わっておる。かなり高度な技術が使われておるようだの」


 げしげし、と軽くだかセリーニに脇腹を蹴られる。

 パワードスーツの装甲のおかげで痛くも痒くも無いのだが、人としての尊厳がどんどんと削られていくのは気のせいではないようだ。


「私の最高傑作だもの。筋力の弱いアテラさんでも動かせるような工夫と、水中や毒ガスの中でも行動出来る仕様になっているの。他にも――」

「ミキナ、それ以上の話は後にしよう、うん」

「な、なるほどのう。ヴァーミガルドの文明では到底作れぬ代物じゃの」


 セリーニは尻尾を振り回す。

 爬虫類を彷彿とさせる太い尾であり、締め付けられれば腕の一本や二本は簡単にへし折れてしまうだろう。

 その尾の先端には俺の被っていたヘルメットがクルクルと回転していた。

 

「ヘルメットは大切に扱ってくれよ……」


 呟きながらも改めて自身の身につけているものを見ると、外見は不格好なフルプレートアーマーのようだが、一応はパワードスーツだ。

 着心地はそれなりに悪くないものの、肌着の上から専用のアンダースーツを身につけないとならないのが欠点か。

 そもそも、インターネット回線すらないこの異世界ヴァーミガルドにおいて、こんな場違いな物を身につけているのは、アレだ。空気を読めていない奴だ。


「まあ、前世も空気を読むのが苦手だったからな……」

「何を言っておるのじゃ?」

「単なる独り言さ」

「ほうほう、ぬしは誠に面白い奴よのう」


 セリーニは自身の瑠璃色の瞳を輝かせて喜んでくる。

 その様子はそこらにいる子どもと変わらない。

 ただ、額から伸びている螺旋状の角と、どんな貴族でも手に入らないような鱗を編んで作られたドレスを見ていると、俺とは種族と身分もかけ離れた存在なのだと気づかされてしまう。


「さて、もうちっと速くならぬか?」

「も、申し訳ありません。黎焔帝様」

「セリーニでよいと言っておろうに」


 謝りながらも、俺は四肢を動かす。

 速度を上げすぎても問題だった。

 今居る場所は神殿内だ。

 清掃業者が定期的に綺麗にしている訳もないので、床には埃が溜まっており、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされている。

 そんな廊下を進んでいくと、転がっている瓦礫にぶつかりそうになった。

 辺りには焦げた臭いが漂っている。


「ほうほう、散々暴れおったようだの」

「ご、ごめんなさい……」


 ここまで散らかっているのは、つい先程戦闘を行ったからだ。

 敵は撤退していったが、もしかすると増援を呼んでくるかもしれない。

 爆発で飛び散った瓦礫に混じり、床には金属製の小さな筒がいくつも転がっている。


「これは何ぞ?」


 セリーニが筒を注視してから首を傾げていると、ミキナがこう答える。


「銃弾の薬莢だよ」

「や、やっきょう?」

「うん。私は銃とかの武器を呼び出せるの。その武器の――使い終わった部品みたいなもの」

「ほ、ほう……。それは何だか凄いのう」


 セリーニは戸惑っているようだ。

 無理もない。銃火器なんざ流通もしていないヴァーミガルドで薬莢なんて言われても、どう反応すればいいのか分からないだろう。

 思えば、今日の俺のスケジュールは実に風変わりなものだった。

 パワードスーツを身につけて、ミキナと共に妨害してくる連中をぶっ倒し、封印されている黎焔帝れいえんてい様を目覚めさせ、そしてご機嫌取りをしながらも、今は外まで向かっている。


「いずれにせよ、強い武器を呼び出せるということであろう? それは便利じゃのう」

「デウス・エクス・マキナの娘だもの」


 ミキナは自慢げに胸を張っている。

 俺としては、彼女の力が俺の得意分野のほぼ上位互換だというのが悲しい所だ。


「ほれほれ、外まであともう少しじゃて」

「だから、いじめないであげて」

「よいではないか。ミキナも乗らぬかの?」

「遠慮する……」


 ミキナは頬を膨らませて抗議する。

 ミキナは本当に良い子だなと思いつつ、改めて俺の今置かれている状況を確認する。

 俺の背中の上には、セリーニ様が乗っている。

 黎焔帝様という魔王を軽く凌駕する力を持った存在を持てなすには、それ相応の覚悟は必要だ。

 悔いの無い生き方をするべく、俺は覚悟を胸に抱いている。

 だからこそ――。


「アテラさん。四つん這いにされて可愛そう……」


 ミキナの言葉通り、今の俺は四つん這いにさせられている。

 そして、俺の背にはセリーニ様がちょこんと座っているのだ。

 

 どんなプレイだよ――。


 誰もがそんな疑問を抱くだろうが、これは俺の覚悟だ。

 これからの戦い――いや、俺の人生そのものを左右する大事な場面なのだ。

 と、内心で格好つけていても、どうしようもなく情けない姿をしているんだよな……。


「それにしても、ぬしからは強い魔力を感じるの。魔法使いじゃろ?」


 セリーニがこちらの顔を覗き込んでくる。

 その目は興味津々と例えればいいのか。

 どちらかというと、ネズミの丸呑みを試みようとするヘビの目つきに近いような。


「魔法使いの類い、と言えばそんなもんだ」

「なるほどのう。いずれにせよ、魔法を使うのであれば、こんな重い鎧を身につける必要はなかろう?」

「ううん、あるよ」


 俺が返事をしようとしたが、それよりも先にミキナが答えてしまった。


「……訳を、聞こうかの」


 セリーニがにやりと笑う。

 確かに、魔法を使うのであれば、後衛の安全な場所から強力な魔法を使えばいい。

 そして、もしもの時は防御魔法でも使えばいいのだ。

 だが、俺の場合はそうもいかない。

 やれやれと思いながらも、俺はこう答えた。


「一番の理由は俺のクラスが――天魔召喚士だからだ」

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