中学校で出会ったミヤビとは長い付き合いになるけど、わたしとミヤビの関係を言葉にするのは難しい。



 友達って言えるほどしゅっちゅう会ってる訳じゃないし、仲間ってほどつるんでる訳でも絆がある訳でもないし、体の関係を持った事も一度もないから男女の関係とも言えない。



 それでもひとり暮らしのわたしの部屋の合鍵を渡してたりするし、同じベッドで一緒に眠ったりするし、変な気を遣ったりする事もない。



 自分でもどんな関係なのか分からない。



 確実に言えるのは、同級生って事くらいしかない。



 そんな風に、どうしたって説明出来ない意味不明な関係になってしまってるのは、生まれ育った場所柄の所為かもしれない。



 わたしが生まれ育って、今尚住んでるこの場所は、他と比べて少し特殊だと思う。



 デカい繁華街がある、デカい街。



 その街を「地元」と呼ぶ人間は、老若男女を問わず、強い団結力がある。



 そしてその団結の中心にるのが、この街を支配して取り仕切ってる「獣神じゅうしん」っていう組織。



 地元民からすると「獣神」は絶対的な存在で、この街の法律は「獣神」が作っている。



 他がどうであるかは関係ない。



 この街では、「獣神」が白と言えば白となり、黒と言えば黒になる。



 ただ、「獣神」に属してる誰しもが白か黒かを決められる訳じゃない。



 白か黒かを決めるのは、たったひとり人間。



 この街を取り仕切る「獣神」の頂点に立つ、謂わば王様だけ。



 そのkingの名前は「ヤシマ」という。



 そんな王が構成する、縦の関係が厳しい「獣神」に、ミヤビは高校生の頃から属してる。



 年月を経て、そして王からの信頼も得て、ミヤビは今「獣神」の中でも結構高い地位にいる。



 王の側近とまではいかないけど、ミヤビはさながら王の騎士Knightだ。



 そんなミヤビに部屋の合鍵を渡したのは、ミヤビが忙しいからに他ならない。



 わたしたちの街の繁華街の駅を中心にして、ミヤビが住んでるマンションとわたしが住んでるマンションはちょうど反対側にある。



 日々「獣神」のあれやこれやで忙しくしてるミヤビが、自分のマンションまで帰るのが面倒な時、わたしの部屋が近かったら勝手に来て眠っていく。



 ただそれだけ。



 そういう関係。



 言葉にするのが難しい、確実に言えるのは同級生ってくらいしかない関係なのに、要求された訳でもなく自ら部屋の合鍵を渡したのは、この街に住んでる人間ならではの行為だと思う。



 だから、わたしとミヤビの関係を言葉にするのが難しいのは、やっぱり生まれ育った場所柄の所為なんだろう。



 そして、そんな地元の人間以外には到底理解出来ないであろうわたしとミヤビ関係が、ミヤビに対しての「好き」がどういうものなのか難しくさせる。



 好きではある。



 嫌いな相手だったら、いくら「獣神」に属してるからって部屋の合鍵を渡したりしない。



 ただその「好き」が何に分類されるものなのか分からない。



 わたしとミヤビは仲がいい方ではあると思うけど、それは所詮「仲がいい方である」ってだけで、「仲がいい」って訳じゃない。



 近からず遠からずの距離感が、どんな「好き」なのかを分からなくさせる。



 実は、ミヤビを恋愛的な意味で好きだった時期がある。



 出会ったばかりの頃だから何年も前だし、そんな気持ちはすぐに消えたから誰にも言った事はないけど、まだミヤビの事を何も知らない、それこそ本当に同級生ってだけの関係の時。



 ミヤビに好意を抱く、ミヤビの周りにいる女が皆そうであるように、御多分に漏れず、わたしはミヤビの「美人顔」に惹かれた。



 気の強そうな目とか、真っ直ぐな性格を表してるような鼻筋とか、常に自信あり気に見える唇の形とか、それらを形成する全体の黄金比率のバランスがいい、女だったら間違いなく「美人」と称されるであろう、中性的なミヤビの顔にひと目惚れした。



 その気持ちが消えたのは、出会って間もなくして少し仲良くなったミヤビから、ミヤビが持つ恋愛観を聞いたから。



—―恋愛とかよく分かんねえよ。女といるより男友達ツレといる方が全然楽しい。



 当時、中学生だったミヤビのその言葉は、まだ然程異性に興味がない中学生男子にしたら、当然と言えば当然のものだったと思う。



 でもそれを聞いたわたしも当時は中学生で、「ああ、こいつは彼女よりも友達を優先するタイプの男なんだ」と、「こいつを好きで居続けて仮令付き合えたとしても、自分が満足のいく付き合い方は出来ないんだ」と、そんな風に思ったから恋愛的な意味での「好き」がなくなっていった。


 

 ただ、今にして思えば、それでよかったと思う。



 ミヤビは未だ、「恋愛」というものがよく分からないらしい。



 そういう感情が欠落しているのだと、一年ほど前に本人から直接聞いた。



—―愛だの恋だの分かんねえ。



 そう言ったミヤビは、決して「恋愛」というものを否定してる訳でも馬鹿にしてる訳でもない。



—―女の事が何よりも一番大事だって思う気持ちが分かんねえ。



 そういう感情が世間一般にはあると見聞きして知ってるのに、自分には無いんだと。



—―女は好きだけど、ひとりの女に逆上のぼせ上がるような、そういう感覚が分かんねえんだよ。



 そういう感情が欠落している事を残念に思っていると。



—―こいつしかいねえとか、何としてでも守ってやりてえとか、そういう感情が俺には出てこねえんだよ。



 むしろ、そういうものに憧れてさえいるのに感じる事が出来ないんだと、嘆くような口振りで語ってた。



 その話は、ミヤビが過去に付き合った女にしてた酷いと感じる扱いを裏付けるものだった。



 恋や愛というものがよく分からないと言うミヤビも、過去に何人かの女と付き合ってた事がある。



 告白されて、強く乞われて、「まあ、いいか」的な軽い気持ちで始めた恋人関係だったらしいけど、わたしが彼女ならほんの少しも耐えられないと思うような扱いをしてた。



 彼女との約束を平気ですっぽかすし、「獣神」や男友達を優先するし、自分からは一切連絡をしないし、彼女の方から連絡があっても気分次第で無視するし、わたしの部屋に泊まりにも来てたし。



 いつもミヤビとその時々の彼女との恋人関係は、彼女が泣くか怒るかして、ミヤビが「面倒くせえ」となって終わる。



 それがもういい加減嫌になったらしいミヤビは、ここ何年かは彼女を作らず、セフレだけを作ってる。



 恋愛というものに対しての何かしらの感情が欠落してるらしいミヤビにとっては、それが一番楽でいいんだろう。

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