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前日の夜から十二時間友達と遊びまくったあと、ひとり暮らしのマンションの部屋で泥のように眠ってたわたしが強制的に覚醒させられたのは、お腹に受けた強い衝撃の
ぐふっ——と、今まで出した事のない低い声が出たのと同時に目が覚めて、何が起きたのかと焦りに焦った。
そんなわたしが目にしたのは、隣で眠ってる、女みたいな「美人顔」の男。
こっちに体を向けて、ただ眠ってるだけならまだいいものを、そいつの左足がわたしのお腹に載っかってる。
—―こいつ、マジで。
「いい加減にしてよ! 勝手にベッドに入ってきて寝相悪いって何のつもり!?」
苛立ちから、お腹に載ってる太ももを叩いたら、そいつは「んっ」と唸って寝返りを打ち、こっちに背中を向けた。
いつの間に来て、いつの間に隣で寝てたのか知らないけど、こいつはまだ起きるつもりがないらしい。
人の睡眠邪魔しといて、いい根性してる。
「ちょっとあんた聞いてんの!?」
腹が立つから今度は背中を叩いてやった。
「んだよ、
直後に聞こえてきたのは、その「美人顔」には似つかわしくない低い声。
それでも、「痛えな」と言った割には、
「今、何時だ……?」
なんて言いながら、勝手に隣で寝てたそいつは、叩かれた事にもう文句は言わず、枕元に置いてあった自分のスマホに手を伸ばした。
「あんたいつ来たの?」
「昼前くらい」
「わたし起こされた記憶ないんだけど」
「それは、起こしてねえからだな」
さも当然って感じでそう言ったそいつは、大きな欠伸をしながらスマホの画面を見て「ちょうどいい時間に起きたな」と起き上がる。
その「ちょうどいい時間」ってのが何時なのかは分からないけど、部屋の薄暗さからして、陽が暮れ始めてるのは分かった。
眠ってすぐに腹攻撃されて起こされた感覚だったけど、わたしは意外と眠ってたらしい。
「あんたに合鍵渡したのが間違いだわ」
ベッドの端に腰かけて、こっちに背を向けてるそいつの背中に向かって嫌みを言ったら、適当な感じ丸出しの「ははっ」って短い笑いが返ってきた。
こいつのこういう適当な感じは、出会ってからずっと変わらない。
もう何年もこうだから、こいつがする適当な対応に今更腹が立ったりはしないけど、成長しない男だなとは思う。
「なあ、俺の黒のシャツどこ?」
「知らない。てか、わたしの部屋にあんたの服置くのやめてくんない?」
「何で」
「勘違いされたらどうすんのよ」
「勘違い? 誰に」
「彼氏……とか?」
「お前、男いねえじゃん」
「今いないだけで過去にはいたし、未来にも出来るし。いつ出来るか分かんないから言ってんじゃん。ある日突然彼氏出来て、部屋に連れ込んで男物の服があったら、他にも男いるって勘違いされんじゃん」
「過去に男いたっつっても二年以上も前じゃね? 二年以上男がいないお前にある日突然男が出来るとは思えねえんだけど」
「うっざ、こいつ」
「男日照りで寂しいなら抱いてやろうか?」
「えっ、いらない。ごめん。キモい」
「俺をキモいって言う女はお前くらいだけどな」
「色んな意味でキモい」
「おうおう、言うじゃねえか。俺の事、好きなくせに」
「好きか嫌いかって事で言えばそりゃ好きだけど、好きにも色々あんじゃん」
「いろいろ?」
「人としてとか、恋愛としてとか、友達としてとか、家族としてとか、仲間としてとか。そういう色々があんでしょ、普通の人間には」
「俺は何として?」
「それが難しいところ。実際問題、何に分類されんのか分かんないのよね、あんたに対する好きの気持ち。家族じゃないから家族としてってのと、恋愛だけは絶対ないけど」
「お前それ、昔から言ってんな」
「それってどれ?」
「俺と恋愛だけはないって」
「そりゃそうよ。わたしはわたしを一番に想ってくれる人がいいからね。他人のものはいらない」
「他人のもの?」
「そうでしょ。あんたにはいるじゃん。大事な大事な王様とお姫様が。何があったってそっちを優先するでしょ。そんな男、真っ平ごめんだわ。好きになったって、
「その言い方おかしくねえか? 王様って言うなら、その相手はお姫様じゃなくてお妃様って言うんじゃねえの?」
「だって、あの子はお姫様って感じでしかないじゃん。あの人はどうしたって王様だしね。つか、引っ掛かるとこそこかよって感じでしかないんだけど」
「いやまあ、間違った事は言ってねえからなあ。――で、俺の黒のシャツは?」
「だから知らないって。クローゼットにあるか見てくりゃいいじゃん。そこになけりゃないわ。自分の家かセフレの誰かのとこにでもあんじゃないの?」
あたしのその言葉に、話してる間一度もこっちを見なかったそいつは、「ヤるだけの女のとこになんか服置くかよ」なんて、知ったこっちゃないって思う事を言いながら立ち上がって、クローゼットの方に歩いていく。
その後ろ姿を何となく眺めながら、わたしは横向けで寝転んでた体をうつ伏せにした。
わたしの視線の先で、そいつは我が物顔でクローゼットの扉を開けて、自分の服を探し始める。
そして。
「あったあった。てか、スラックスもあんじゃねえか。なら、一回家に帰らなくてもいいな」
お目当ての物を見つけたらしく、嬉しそうな声を出した。
「スラックス? 何あんた。今日会合でもあんの?」
「オシゴトだ、オシゴト。今日はちょっとばかし格式高いホテルに行かなきゃなんねえから、それなりの格好しなきゃなんねえんだよ」
「それっていつもの
「いや、俺ひとり」
「え? あんたひとり? ひとりで行くの? その、ちょっとばかし格式が高いとかっていうホテルに?」
「問題あるか?」
「あるでしょ」
「何が」
「その髪が」
「髪が何だよ」
「いくらそれなりの格好したって、そんな目潰し
「ショッキングピンクな」
「は?」
「ショッキングピンクっつーんだよ。何がショッピングだ。勝手に俺の髪で買い物してんじゃねえよ」
お前は本当にモノを知らねえな——なんて、あんたにだけは言われたくないって事を言ったそいつは、着ていた服を脱いで、
黒のシルクシャツに黒のノータックスリムスラックス。
黒ずくめの格好になった所為で、ショッキングらしいピンク色が余計に際立つ。
そんな、格式ってものを重んじてんのかナメてんのかよく分からない姿になったそいつは、やっぱり我が物顔で洗面所に向かっていくついでに、壁にあるスイッチを押して部屋の電気を点けた。
洗面所から水を出してる音がするから、顔を洗ってるらしい。
そのあと聞こえてきたドライヤーの音から察するに、次は髪をセットしてるらしい。
そうして十分ほど洗面所にいたそいつは、予想通り短い髪をキレイにセットして、鼻歌交じりに戻ってきた。
「お前、今日バイトは?」
腕時計を手首に着けながら聞いてくるあたり、もう出掛けるんだと思われる。
その予想も間違ってないらしく。
「今日は休み」
そんなわたしの返事を聞きながら、そいつはスマホと財布をポケットに入れた。
「まだ寝んのか?」
「寝はしないけどゴロゴロする」
「ならもうそこにいろ。鍵閉めて行くから」
「うん。そうして」
「じゃあ、またな」
「うん——って、ちょっとあんた! 脱いだ服そのままなんだけど! 持って帰れっての! ねえ、ちょっと! ねえ! —―ミヤビ!」
かなり大きな声を出したのに、ミヤビは振り返るどころか足を止める事すらしない。
聞こえてるくせに聞こえてない振りをして玄関まで行ったミヤビは、「洗濯頼んだ」と笑って言い残して、ちょっとばかし格式が高いとかっていうホテルへと出掛けていった。
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