第15話 爆発
ダニエラ・ブルエッタは大欠伸をしながら、トラックにオンボロ車を積んで便利屋に運んでいく。
狭いトラックのなか、小柄な少年マルコを間にして、兎男のロックと、狼男の俺が助手席で密となる。
早朝を回り、太陽が昇ってる――。
工場地区、一面企業の工場が集う区画。
工場の路地裏に突っ込んである、タイヤを外した古い2階建てバスのなかで、ラジオが流れている。
『町でギャング同士の抗争が増えているんです。幸い町中での銃撃戦はありませんが、カントリーロード沿い、森林公園内で爆発や銃声があったと報告が来ています。原因は未だ不明ですが、たいへん危険ですので町の外に行く時は十分に気を付けましょう。とはいえ丸腰は危険です、『ガンヒート』で護身用ピストルを購入しましょう! ラジオをお聴きの皆さんだけのお得な話、今日から2割引きセールで——』
便利屋の店主ビッグ・Jがチャンネルを切り替える。
陽気なカントリーミュージックが流れ、ホットドッグをむしゃむしゃ食べてる。
1階バスの真ん中、狭苦しい座席に腰かけ、今後を待つ。
円らな赤い瞳から感情を読み取るのは難しい。軽く唸る声と顎をさする仕草から予想するしかない。
「アル坊の部下が宝石を取りに来る。それまで待機だが……さてさて、次はどんな呪いが来るやら」
どこかワクワクしてる感じの声だ。
「なに楽しんでんだよ……はぁ」
「刺激は大好物なのさ、へいビッグ・J、カントリーじゃなくてヘヴィロックを流してくれよ」
「んー激しいもんは好きじゃねぇんだ」
あっさり却下されたが、大して気にも留めず、ビール瓶を片手に「へへへ」と笑いながら長い脚を組む。
「さて、マルコ、君はバレンシアとマルセル・ファミリーに命を狙われてる。かなり危険な状態だ」
マルコは座席で膝を抱えて、頷く。
「マルコ、親はどうしてんだ?」
「うるさいな……いちいち聞くなよな」
「んだとっお前の親が心配してるんじゃねぇのかって聞いてんだよ」
そっぽを向き、ガラスのない窓の景色を眺めやがる。
「はは、ギャングに入ってる時点で察するさ。とりあえず一緒に行動するしかないな」
納得できないとばかりに、口を曲げるマルコ。
「しょうがねぇ、リチャードにも言われたろ。一人で行動してみろ、さっきみたいに襲われて、殺されちまうんだぞ」
「そ、それは」
「バレンシアはさておき、マルセルは容赦ないからな、宝石となれば捕まえて想像以上の恐ろしく痛い拷問をするぜ。それに比べりゃアル坊は優しいぜ、薬で拷問するだけさ、痛みは与えない、温い地獄を永遠に」
薬漬けにされるのも、痛いのも勘弁だ。
「じいちゃんの言う通りにする……だからオレのこと、必死で守れよな」
「もちろん、一緒にいりゃ間違いなく生き延びられる。なにせ呪いの獣人だからね、銃弾や刃物を浴びなきゃ不死身なのさ。なっ、相棒」
こんなクソ生意気なことを言うガキを守れってか。リチャードのやつめ、とんでもない呪いだ。
腕を組んで、隣を見下ろす。
マルコの睨みは揺らいでいる。リチャードという存在を失くし、不安定な年頃なうえ、ギャングに命を狙われるという精神衛生上最悪な状態だ。
よく分からない兎男と狼男が頼りだという、僅かな命綱に、なるしかないのか。
「クソ生意気なこと言わなきゃ、出来る限り、守る」
「なんだよその半端な言い方、やめろよ」
不安をぼやく。
「絶対は、言いきれないもんだ」
「やな大人だねぇー」
「うっせぇ! 社会人になりゃ嫌でも分かる!」
「はは、社会人なんてなったことないね。相棒、裏世界は絶対なのさ」
くそ、分が悪い……。
ビール瓶を口につけ、ごぼごぼ飲み干すロックに軽く唸った。
「……絶対守ってやる、だからお前も絶対離れんな」
「ちゃんと言えたじゃん、オッサン」
「いちいち余計なんだよ! あと俺はフリトだ!」
言い合いしていると、ラジオが止まった。
「ロック、バトラーさんの使いだぞぉ」
ビッグ・Jが外を指す。
『バトラー法人事務所』の社名が貼ってあるバンを工場地区の駐車場に停めて、スーツ姿の男たちが武器を携えやってきた。
ピストルとは違う、ライフルや弾薬がベルトみたいにつながった銃もある。
「重装備じゃないか、呪いの対策かい?」
「えぇ情報は聞いてますとも。マルセルとバレンシアはしつこいので、宝石はありますか?」
「あるとも、アル坊に言っといてくれよ『約束を忘れるな』ってさ」
「ご安心ください、理事長は必ず約束を守ります」
ロックは無色透明で加工されていない大きな宝石を、アルの部下に託した。
ふぅ、もっと何か不幸が起きるかと思ったが、とりあえず一安心だ。
『店長——』
「あぁー、ダニエラ」
ビッグ・Jの手には小型通信機。スピーカー状態で音声が丸聞こえ。
ダニエラの声はブツブツと切れているが、焦った口調なのは分かる。
『やば――かんとり―—ど――でか―—トラックが来てる! バレンシアだよ!』
一安心を返してくれ。
「ダニエラ、地下に隠れてな。ロック出番だなぁ」
「おうとも、さぁアル坊のお仲間も銃構えな。バレンシアが迫ってくるぞー」
なんでこんな、こいつは楽しそうなんだ。
重く唸るエンジン音と、メキメキと容赦なく工場地区の塀をぶち壊し、金属が潰れる音も聞こえてきた。
振動が迫りくる……。
「マルコ、お前伏せてろ」
「わ、分かってる」
座席の下に伏せさせて、俺とロックは外に出た。
すると、ビッグ・Jがリモコンスイッチを押す。ガラスのない窓が突然シャッターによって閉まる。
「うぉっ、な、なんだこりゃ」
「ロケットランチャーを撃ち込んだってびくともしない。トラックの方が押し負けるぐらい頑丈なのさ、さてさて、迎え撃とうか」
ちくしょう、見殺しかよ……。
乱暴に、摩擦を激しくさせた大型トラックが停車し、荷台からバレンシアのガキたちがピストルを片手に、ぞろぞろと現れる。
「マルコと宝石を渡せ!!」
早口で叫びながら発砲してくる。
便利屋のバスに弾が当たった。傷ひとつもつかず、跳ねてアルの部下に被弾してしまう。
耳の毛を掠り、青みがかった黒い体毛が数本、焦げて散る。
「うぉいっ! あぶねぇ!!」
慌てて工場の壁に隠れ、跳弾が当たらないところへ。
足を負傷した部下は、バンに引きずられていく。
横殴りの雨みたいな銃撃戦が続くなか、ロックは内ポケットから筒状の紙を取り出す。
筒の真ん中に穴が開いていて、穴から薄い紙が飛び出ている。
「なんだそれ」
「まぁ見てな相棒」
筒をバレンシアに向かって放り投げた。
飛び交う銃弾で擦れ、薄い紙が焼け抜けると、火花が噴き出す。
辺りが煙というか、細かい塵だらけになって視界が悪くなる。
「よぉし、どんどん撃ちな。アル坊のお仲間はさっさとバンに乗って戻るんだな。じゃなきゃ巻き込まれるぜぇ」
煙か塵に紛れてバンに乗り込んでいく。
「なんだ、なんだ、見えないぞっどこだどこだ」
「と、とにかく撃て撃て!」
早口で慌てた口調のバレンシア。
何が起こるのか全く分からないし、ロックは俺に「撃つなよ」と忠告。
それから一瞬の間、塵を伝い猛烈に赤く発火した。
連鎖反応でも起きたように次々と爆発が起き、悲鳴が耳に届く。
「うぉ、あちっ!!」
「ははぁっ!」
お互い地面に伏せて、爆発が落ち着くのを待った。
「何が起こってんだ、ロック! いい加減教えろ!!」
「粉塵爆発さ、あの筒には金属の粉が入っててな、ちょっとした刺激で噴射する仕組みになってる。それから粉をばら撒く。そんで、一気に火が当たれば、バーンさ」
「なんてもん、持ってんだよ……」
「アル坊の試作品なのさ、爆発はいい、音がデカいし、テンションも上がる」
こいつの感性は一生理解できそうにないな――。
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