第14話 カーチェイス
月が薄く、夜明けが近づいてきた。
雑木林の道なき道を歩き続け、やっと、工業地区の駐車場が見えてきたぞ。
暗かったのと、リチャードと宝石、マルセル・ファミリーのことでマルコの姿をしっかり見ることがなかった。
意外と背は低く、10代前半ぐらいに見えてしまう。栗色の髪は、ざっくり短く切ってある――全体的にボロボロで、赤いパーカーもジーパンも枝先で擦り切れほつれている――これまでに見てきたバレンシアの中じゃ、早口でもなけりゃ、よそから来たって感じもしない。
「なぁマルコ、いつからリチャードと?」
「3年くらい前……」
拗ねた口調で呟く。
「小屋で住んでたのか」
「ちがうし、クソみたいな大人と住んでる。バレンシアとつるんだのは最近」
クソみたいな大人ってなんだよ。
駐車場に近づくと、丸みのあるベージュカラーの車が1台、ハンドルに革靴を履いた足をかけ、スモークが車窓から漏れている。
「あの兎とつるんでんの?」
「あぁ、呪いを解くためにな」
車窓を叩くと、兎男もといロックは気付いた。
足を下ろし、「ははっ」、と楽し気な笑い声を漏らしてシートを起こす。
「よぉ相棒、遅かったじゃないか。あぁーこのニオイは、ホーカー商店の少年だな」
「お前が呑気に寝てる間に、色々あったんだよ。とにかくマルコを保護したい、それから、宝石を手に入れた」
「宝石を? 車に入ってくれ、少年も」
「え、オレも?」
「取って食わねぇよ、とにかく入れ」
警戒するマルコの背中を押し、助手席のシートを倒して後部座席に座らせる。
「ロック、助手席に移れ」
「いいとも。専属ドライバーに譲ろう。さてさて、少年マルコ、君はバレンシアを裏切ったわけだね。宝石を独り占めするために、これは本当かい?」
多分、取引現場で捕らえたバレンシアの若者から聞き出したんだろう。
「じいちゃんの呪いを解くためにやっただけ」
「じいちゃん?」
「森林公園の奥地でリチャードっていう老人がいてな、小屋で隠居生活してたんだが、俺達同様、獣だった」
「ふむふむ、つまり最初からバレンシアを裏切るつもりで、あの銃撃戦のなか特攻し、宝石を奪っていったわけか。なかなか度胸があるじゃないか」
明るい調子で、ロックは笑う。途中の煙草を灰皿にねじくり捨てた。
本題に入ろうと、内ポケットから『呪いの宝石』を取り出す。
「リチャードは、完全な獣になったんだ」
「完全な獣……」
「本当に、ただの女神の遣いなんてもんじゃない、自然の中で暮らしてる獣そのもだったんだ。直前に、『宝石を壊せ』って言っていたが、意味分かるか?」
「うーむ、アル坊に調べてもらうしかないな。持っていきたいところだが――」
そう言って、突然ピストルを握りしめる。なんだってんだ。
助手席側の窓を開け、
「客が来たぜ相棒、これも『呪いの宝石』の力かい? 猛スピードで発進だ!!」
合図のように反射的にキーを回せば、勢いよくエンジンがかかった。
「マルコ伏せてろ!!」
「うぁ、わっ!」
伏せる暇もなく、激しくハンドルを切った反動でマルコは後部座席にべったりくっついた。
バックミラーを覗けば、さっきのバレンシアに加えてマルセル・ファミリーの奴らも追ってきやがる。
「最高の準備運動じゃないかっ」
「呑気に言ってる場合かっ! クソっ!!」
ロックは愛銃を手に助手席から身を乗り出す。
俺達の後ろを走るバレンシアに向かって発砲。
フロントガラスに穴をあけ、血があちこちに飛び散る様子がサイドミラーから見えた。
制御を失いジグザグに揺れ動き、湖側の柵を突き破って落下。
「さすがに映画みたいに爆発しないってのは、なんとも味気ないぜっ」
「んなこと現実にあってたまるかってんだ! どこに行きゃいい?!」
「まぁーとにかくイディスの外側を走り回って撒いてくれ、町の中には入るなよ」
くそ、外側で追いかけっこかよ。
湖に沿って道路を、スピード制限無視で、80キロ以上の速度で走る。
時折そのまま曲がるわけだが、こいつの体幹はどうなってんのか、どこか掴んでいても振り落ちかねない状況だってのに、全く動じない。
ちょっとした下りも、車体が一瞬浮いて、跳ねる。
相手もしつこく、猛スピードで追いかけてきやがる。
道路を削る勢いで鳴り響くタイヤの音。
派手なスーツを着た奴が同じく身を乗り出し、ロックか、運転手の俺を狙う。
愛車に擦れる金属音と、ガラスやボディが弾ける音が、心臓を激しく打ち鳴らす。
頭を伏せて、ひたすら前を見ていると――どこからか道を抜け、ガードレールを突き破って前方に現れた――ロードローラーがこっちに向かって突っ込んできた。
「ロック! 前、ロードローラーがっ!!」
「うっひょ、最高じゃないかっ!」
喜んでんじゃねぇよ!
スピードを緩めたら後ろに追いつかれるし、このままいったらロードローラーの餌食になる。
「下がれ! ロックを信じな!」
「クソぉ、てめぇ! マルコ連れてんだぞ!」
「アンタの腕を信じてるぜ、相棒!!」
ロックの言葉通り、俺はスピードを緩めた。
金具が抜ける音と、叩くような破裂音がほぼ同時に響いた。
背後のマルセル・ファミリーは、タイヤを撃ち抜かれたのか、くるくる回り、ガードレールに激突し、煙が吹く。
前方に、黒い球体が流れていった。
「右に入るんだ相棒!」
ガードレールの切れ目、ロックの愛車ならギリギリ入り込むことができる狭さ。
「ちくしょう! うらぁああ!!」
右に思い切りハンドルを回す。車の横が、ガリガリと擦れる。
かなりの衝撃と爆裂音に車体が浮き、フロントガラスが全面割れた。
ガラスを浴びながらもブレーキを踏み、砂を抉り、半円を描いて止まる。
「う、ぉ」
くそ、頭がふらふらする――。
黒煙と、激しく燃え盛るロードローラーが見えた。
「あぁーマルコ、だ、大丈夫か?」
後部座席にいるマルコを覗くと、青い顔で気を失ってやがる。
「ロック、お前は」
「平気さ、相棒。まぁマルコ坊やにはかなり刺激的だったみたいだな。しかし、『呪いの宝石』と言われるだけはある、さっさとアル坊に連絡を入れて、解析を急ごう。本物の獣になるのは勘弁だからな」
「あぁ……ほんとに、お前の愛車、ズタボロじゃねぇか」
アクセルを踏んでも、全然動かん。
抜けるような、空回りの音だけが響いた――。
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