第12話 呪いの果て

「まさか、呪いを受けた馬鹿が他にもいたなんて」


 この老いぼれも含めて馬鹿が3人いるってことかよ。

 とりあえずぶっ壊してしまった扉の所にカーテンを取りつけといた。


「ミスター」

「私は……リチャードだ。もうじきこの名前ともさよならだがな」


 ロッキングチェアにもたれ、狭いキッチンに立つマルコを見ている。

 カチャカチャ割れ物同士が重なる音が響く。

 リチャードという年寄りで、茶色の毛並みをもつトナカイの顔、手は蹄に近く、辛うじて指先が伸びてる程度。

 よくそんな手で玩具ライフルを持てたもんだ。


「俺はフリトです。なぁ、リチャードさん、『呪いの宝石』をどうすれば、呪いを解く力になるんです?」


 テーブルに置いた宝石は、手の平よりもデカく、加工されちゃいないっていうのに、無色透明だ。

 触っても、真っ暗闇は襲ってこない。

 ペンダントライトに重ね合わせてみると、なにかの液体に満たされてるようにも見える。

 

「分からん。これまでにも呪いを受けた奴はいただろう、だが誰ひとり、解くことはできなかった」

「クソっ、だったら最後はどうなるって? 女神様のしもべにもなれと?」

「……だといいがの」


 ぼそりと、その方がマシだと含みを持たせている。


「じいちゃん、宝石さえあれば、あとは呪いを解く方法だけ。これでじいちゃんを元に戻せるんだ!」


 キッチンから戻ってきたマルコは目を輝かせて宝石を指した。


「いいかマルコ、今すぐ解く方法が分からねば、ただ呪いをばら撒く厄介な宝石なのだ。今すぐ教会の女神像に返してこい」

「なんでさ! じいちゃんのために持ってきたのに!」


 マルコにとって、リチャードは親か祖父と同等の存在みたいだ。


「リチャードさん、俺が預かります。相棒の仲間に、解析したがってる奴がいて、そいつに頼めば呪いを解く方法が分かるかも――」

「信用ならんな。教会に戻すのが賢明だ。これは誰も触ってはいかんのだ」

「んなこと言われたって、必要なんだよ!」

「じいちゃん!」

「黙らんかお前達ぃ!!」


 くそっ、この、頑固ジジイ――。

 突然、宝石が揺れ動いた。宝石だけじゃない、テーブルも、ペンダントライトも、小屋全体が揺れ始めた。


「な、なに?」


 マルコはリチャードを守るように庇い、辺りをキョロキョロと警戒。

 カーテンをめくり、外を覗くと、雑木林も揺れていて、葉が千切れ落ちる。


「なんだよ、何の音だってんだ――えぁ」


 眩しいライトが雑木林の隙間から漏れ、こっちに向かってきた。

 チカチカと木に隠れたり、出てきたり、目に優しくねぇ。

 唸るエンジン音、地響きを起こす轟音を立てて迫ってくるのは――土や葉を掘り起こし、木々を根っこごとひっくり返す――ブルドーザーだった。

 デカいブレードでどんどん林を削っていく。

 間違いなく、小屋に向かって来てる。


「お、おい! マルコ、リチャードさん! ブルドーザーが迫ってる! 今すぐ逃げろ!」

「言わんこっちゃない! これも宝石の」

「じいちゃん! んなこと言ってないで逃げよう!」

「私の隠居が、大切な、思い出の家をこ、壊すつもりかっ!」


 マルコに引っ張られ、リチャードさんは嫌々といった表情で小屋から避難。


「見つけたぞぉお!!」


 ブルドーザーの運転席から派手な色のスーツを着た男が立ち上がる。

 派手といえば、マルセル・ファミリー。


「あぁ? お前は、さっきの狼男! ロックはいないようだなぁ、よくもあんな変な薬を撒きやがったな!」

「マルセル・ファミリー、こんな真夜中に騒音立てて、近所迷惑だろうがっ!」

「うるせぇ! てめぇらのせいで俺様の評価はだだ下がりだ! 今度こそ宝石を手に入れ、お前らを埋め殺してやる!!」


 アクセル全開で小屋に突っ込んできやがる!


「うぉうああぁお!!」


 バカでかいブレードが容赦なく迫ってきて、何発か撃ってみるが全くの無意味で、金属に跳ねる甲高い音だけが響き、弾かれてしまう。

 寸前のところで小屋から飛び降り、土を転がり、受け身を取って立ち上がる。


「あ、あぁ、私の、隠居がっ!」


 リチャードの渇いた声がより一層悲壮感を漂わせ、目を大きくさせて座り込んでしまう。

 容赦なく、小さなコテージもキッチンの小窓も、メキメキ、パリパリ、とブレードの餌食となった。


「おいこらマルコ、リチャードを連れて行け! 死んじまうぞ!」

「うっせ、指図すんなよな。じいちゃん、逃げよう! ほんとに死んじまうからっ」


 くそ、腹立つガキだ。

 ただの瓦礫となってしまった小屋があった場所でキャタピラが旋回、マルコとリチャードに向かう。


「しねぇえええええええ!!」

「じいちゃん!!」


 リチャードを引っ張るも、微動だにしない――呪いを受けた獣には大した力じゃないんだ――全速力のブルドーザーに飛び乗ろうと、土を蹴り手を伸ばした。

 ドスン、ブルドーザーが軋んだ。


「は?」


 勢いが止まらず、運転席の扉にしがみついたものの、操作が利かなくなり、慌てた横顔がいた。

 何が、起こったんだ?

 ブルドーザーが傾いた、キャタピラの半分が宙に浮いている。


「うぉうあ、なにが、ど、どうなってんだ!」


 急いでブルドーザーから離れてみると、マルコが口をパクパク開閉させて、言葉を失っていた。

 ブレードに注目すると、太い角と両腕で真っ向勝負を仕掛けるリチャードの姿があった。

 老いた目つきじゃない、完全に獣と化した眼光で血管を浮かせる。

 ブルドーザーは完全に持ち上げられ、逆さまに、ぐしゃり、と金属がへし折れる音とともに、潰れた。


「ぐぁぁ――」


 リチャードは苦しみに唸り、我が身を抱きしめ蹲る。


「じいちゃん!?」

「リチャードさん、あんまり呪いの力を使ったら――」

「フリト――宝石を、壊せ――マルコ、いいかい、彼の、言うことを聞いて動きなさい――でなければ、お前は殺されてしまう」


 残っていた指先が完全に蹄と化した。

 角はさらに逞しく、伸び、服がはち切れそうになっていく。


「じ、じいちゃん――なにが、起こってるの」

「呪いの果て、暗闇で微笑む――フリトよ――わた、わぁたしは、この家が、全てだったのだ――呪いは、信念と思い出を侵す――マルコ、許せ、私は…………」


 立派な角と分厚い体毛、金色の瞳。

 静かに佇む勇ましさすら感じてしまう、リチャードは、本当のトナカイになってしまった。

 何も言わず、静かに、俺達の前から消え去るように、さらに奥地へ駆けていく。振り返ることもなく、自然の中へ。

 これが、呪いの最後だってのか……――。

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