第11話 少年マルコと老人

 息子に投げかけた言葉があんなものでよかったのか。

 町はずれ、森林公園沿いの道路で、脚が止まった――息切れじゃなく、疑問が頭の中でごちゃごちゃしてるからだ――真夜中の背景に、潜り込んだ教会の屋根が琥珀の目に映る。

 教会……案外、戻ってるかもな。

 森林公園に入っていく小道に進んだ。

 んん、油っこい臭いがしてきたな。


「あぁ?」


 小道に切れかけの街路灯がある。真下にはベンチがあって、点滅しながらも、座ってる人の輪郭が浮かぶ。

 赤いパーカーに、キャップ帽子、ベンチには油が染み込んだ『バーガーランド』の紙袋。臭いの元はあれか。

 バーガーとフライドポテト、ドリンクを束の間の休息とばかりに食べている。

 10代後半から20代前半の男――『バーガーランド』なんてサラダ以外食えたもんじゃない――どこかで会った気がする。

 深夜にこんなところで何やってんだ、あぁくそ、今声をかけたら大騒ぎだろう。

 林の中に入って、身を隠す。

 息を潜め、慎重に近づく。

 どんどんこっそり、落ちている葉や石に気を付けながら回り込む。

 ドクンドクン、と鼓動が激しく打ち付けてくる。 

 前に、あの若造を追いかけた時にも感じた、良くない感覚だ。

 視界が黒く霞む。

 本能にどう抵抗すりゃいいのか焦る最中、男がポケットから光るものを取り出した。

 無色透明の大きな宝石だ。

 教会で、女神像の手に乗っていた『呪いの宝石』そのもの。

 こいつが、取引現場で聞いたマルコは、こいつのことだ。『ホーカー商店』のデカい冷蔵庫に隠れていたあのガキだ!


「あぁあああ!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。深夜の森林公園に響き渡る。


「うあぁわわわ、わあああぁあ!!」


 ベンチから飛び跳ねたマルコは、宝石だけは離すまいと、さらに小道の奥へと逃げてしまう。

 木々の隙間を右に左とルートを理解して逃げ回りやがる。

 どうも林の中は障害物が多すぎる。どれだけ身体能力が上回っていても、追いつけない。


「待てガキ! 宝石を寄越せ!!」

「やーだね! 諦めなオッサン!!」


 クソ、クソ、鼓動が痛く跳ねちまう。

 獲物を狩れ、獲物を狩れ、と命令されているみたいだ。


『武器は人間の証さ』


 ロックの言葉が、頭に過った。

 そうだ、ピストルがある。あいつの脚を撃てばいい。

 ジャケットの裾をめくり、滑らかにホルスターからピストルを抜く。

 だが、どっちも動いてるから狙いにくい。


「あークソっ止まりやがれ!」


 叩きつけるような破裂音が響いた。

 土が抉れ、葉が何枚か跳ね散る。


「うわぁ!」


 マルコはピストルを持ってないのか、反撃する様子がない。

 もう1発、もう1発、発砲させたが、地面ばかりに着弾し、全然当たらない。

 やがて、林の奥の奥、雑木林が消え、風で舞い落ちた葉が散らばる空間に、小屋があった。

 1人分のスペースがあるコテージ、マルコは小屋の中に入ってしまう。

 ドアノブを回し、引いたり押したり動かしたが、びくともしない。

 仕方ねぇ、扉を蹴り壊してやる。

 右脚に力を込めて、振り上げた。

 真ん中から亀裂が走り、いとも簡単に折れて曲がる。


「あぁ?」


 温かいペンダントライトが小屋の中を照らす。小さなキッチン、壁という壁に本棚をくっつけ、小難しい本ばかり並んでいる。

 マルコの家じゃなさそうだ。

 ロッキングチェアが微かに揺れ、その足元に毛が落ちていた。

 茶色の毛、人間の髪とは思えない、ここの家主はペットを飼っているんだろう。

 キッチンには外を覗ける小窓がある。

 蛇口は完全に閉まらず、かなり弱く蛇口の外側を伝い、シンクに落ちていく。

 石鹸がついたままの皿が残ってる。


「最近のギャングは一般人の家に不法侵入しないほど資金不足かね」


 金属が擦れる、スライドを引いた音と、乾いた声が背後から聞こえた。


「動くな。どこのギャングだね君は」


 こいつ、俺の頭を見ても全然動じていない。

 小窓の反射に輪郭が映り込む――頭部がちょっとだけ見えたが、頭に何か上に向かって枝分かれして伸びている――帽子にしては少し違和感のある状態。


「元サラリーマンだ。あんたに、用はない、マルコを探してる」

「フン、そんな奴知らんな。今すぐ出ていくなら見逃してやる」


 宝石が目の前にあるっていうのに、このまま帰るわけにはいかない。


「宝石も、探してる」

「ここにお宝はない。欲しけりゃ宝石店に行け。さぁ玄関に向かって歩け」


 背中に硬い突起物をゴリゴリ押し付けてくる。背骨を削る勢いで押してくるから、かなり痛い、人間の腕力とは思えない。

 強引に開放的になった玄関前まで連行されてしまう。


「頼む、宝石が必要なんだ、デカい、ダイヤモンドで、『呪いの宝石』って言われてるいわくつきの宝石で」

「出て行け、修理代はいらん」

「どうしても必要なんだ!」

「出て行け!!」

「マルコ! 宝石を渡しやがれ!!」


 小屋の中に向かって強く吠えた。


「そんなガキはおらんと言っとるだろうが!」

「あぁガキだって?」

「……出て行け」


 何もなかったように流しやがった。

 もう言い逃れできねぇぞ、呪いの身体能力を頼りに、振り返りながら回し蹴りをくらわして、突起物を握り潰す。

 パリパリと呆気なく割れた突起物は、プラ製の玩具ライフルだった。

 尻もちをつき、「あいたた」と腰をさすりながら俺を睨む相手に、大きく口を開けてしまう。

 茶の毛並みに前に少し突き出た鼻と口、頭に生えた枝分かれした太い角、やや丸みのある耳が角の横から出ている。

 

「け、獣」

「ぐぐ……」


 呪いを受けた、同類だった。恐らく、トナカイだろう。


「じいちゃん!」


 小屋の奥の部屋から勢いよく駆け込んで、かばう様に俺の前に立ち塞がる。


「マルコ、出てくるな馬鹿者」

「は、はぁ? ど、どうなってんだよ――」


 あぁ頭が混乱してしまう……――。

 

 


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