第10話 取引襲撃と再会
深夜——砂地の道路沿い、錆を充満させた『ベンチ整備工場』に車のライトとエンジン音が近づいてきた。
俺もロックも、銃を握りしめ、暗闇の中に隠れる。
「取引場所はここで会ってるか?」
「間違いないベンチ整備工場、店の名前、合ってる」
少年たちの声。
「ざっと4人……」
ロックは音を頼りに人数を把握する。
「マルセル・ファミリーも後で来る」
「あとで? 大勢で襲いに来るかもしれない」
「あんな奴ら大したことない。それより、ハッパを売って、マルコの情報を売る」
「馬鹿野郎だぜ、仲間を裏切り、敵を多く作っちまった」
次から次に早口で喋ってるが、内容としてはマルコって奴がギャングを裏切ってどこかに行方をくらましたってことか。
それから5分遅れで、別のエンジン音が近づく。
「来た、ハッパの方」
錆びまみれの車体から剥がす音。
「や、やぁ」
なんとも力のない声……。
「お客さん、ひとり?」
「も、もちろん、ひとりだよ。それより、ほら、お金」
怯えた大人しめの話し方……。
「んーんーよし」
数えたのをチェックしたあと、
「今だ」
ロックの合図で、取引現場に襲い立つ。
俺は一般人、ロックはバレンシアを担当。
背後から布で目と口を隠し、後部座席に押し込んだ。
「あぁ?」
車のライトでハッキリ分かる輪郭、見たことがある。情けない肉付きと、ボサボサの髪。
「んんんんー!!」
「マジかよ――」
色々声に出してしまいたいが、今はロックの方に加勢しないと――両手を縛り、車に閉じ込めた。
「お、ぁ化け物だ!!」
破裂音が3発。
見事に撃ち抜かれ、3人は血を流して倒れている。
加勢する必要が無かった、つーか、本当に容赦ないな。
将来ある若者の命を奪う、そいつがいくらギャングでも、なかなか、厳しい。
「ハッパとお金をどうも。それと、マルコってのは誰だい? 呪いの宝石と関係ある奴かな?」
「知らない、知らない、ペッ!」
涎を吐き捨てやがった。
ロックの顔に命中するが、
「ははっ! 大した若者じゃないか、あとで坊やに頼んで、吐かせてもらうよ」
愛銃のグリップで側頭部を叩き、気絶させた。
だらん、と力なく倒れたバレンシアの若者を縛りあげる。
「それで、ハッパを買いに来た奴はどうしたんだい?」
「まだ、車にいる」
「おいおい相棒、気絶させておくか、始末を」
「いや、あーその」
どう言えばいいか分からず、ロックを車へ招いた。
窓から目と口を布で隠し、両手を後ろに縛った一般人を覗かせる。
「彼がなんだって?」
「その、息子、だ――俺の」
ロックは小さく軽く、何度か頷いたあと、「あぁなるほど」と離れた。
いくら、受験に失敗し、ハッパを吸うようになったとしても、息子には変わらない。このまま放置するのもしたくない。
家まで送りたいが、あそこは住宅街だ。誰かに見られてしまう可能性も高い。
こいつに説教たれてる時間もない。
「町の近くまで送ろうじゃないか、到着したら手だけほどいて、あとはご自由にってな」
「姿見られたらどうすんだよ」
「脅しといて、10秒以内に姿を消せばいい」
「まぁ、そうだが――」
息子が乗ってきた車——ピカピカ、新車だ。
一体誰の金で? そもそもハッパを買う金もどうやって工面してきた?
訊きたいことと一緒に、沸々と怒りの感情が出てくる。
「ぐるぅぅう」
「まぁ落ち着け――いや、無理だな。こりゃ、マルセルだ」
遠くから聞こえてくる猛スピードで走る車。
「相棒、その車ごと裏に回してくれ。マルセル・ファミリーにも話を聞こうじゃないか」
「わ、分かった」
新車をロックの愛車の側に寄せる。
後部座席を覗くと、怯えた吐息を漏らし、ブルブルと恐怖で全身を震わす息子の姿。
声をかけていいのか分からず、悩み抜いて出たのは、「クソっ」という言葉だけ。
ロックのもとに戻ると、既にマルセル・ファミリーの奴らが車から降りて、ベンチ整備工場の惨状に頭を抱えていた。
「てめぇはロック! 毎回なんだって俺達の邪魔ばかりしやがる!」
派手めなスーツを着たマルセル・ファミリーの構成員はロックのことを知っている様子だ。
「ほぉほー名前を覚えてくれてたなんて、感激だぜ。でも今回はただの取引襲撃じゃない、ほら、分かるだろ?」
合流する俺を見ては、苦い顔をする。
「げぇぇ今度はなんだ! また獣が、お前の仲間か?」
「そうとも。相棒さ、で、呪いの宝石の件だがね、マルセルのところはどこまで情報を入手してるわけだい」
「だーれがっお前らなんかに教えるかっ! これでもくらいやがれ!!」
金具が外れる音。
「手榴弾だ!」
「うおおぉぉぃ、どうすんだどうすんだ!!」
投げられ、俺達に向かって黒い小さな球体が落ちてくる。
「工場に入れ、伏せるんだ!」
工場内に飛び込んだ。
ほんの数秒で、爆圧と一緒にあちこちの壁や物が激しい物音を立てた。
錆と埃まみれの床にべったり伏せたっていうのに、体中が揺れて、臓器にまで振動が届く。
音が遠くに奪われていく感じがして、少しの間眩暈が起きる。
「ナイスなプレゼントだっ、お返しをやらないとなっ!」
胸ポケットからコルク栓で蓋をした試験管が出てきた。
中に透明の液体が入ってる。
「な、なんだ、そりゃ」
真っ直ぐ、マルセル・ファミリーに向かって投げ入れた。
簡単に試験管が割れると、白い煙が車を囲み始める。
「アル坊が作ったクシャミ薬さ、さぁ今のうちにお暇しようじゃないか。相棒、そこで気絶してるバレンシアを運んでくれ」
「あ、あぁ」
バレンシアの若者を担ぎ、裏口から脱出する。
「へぇークッショ!! くそ、くそぅ、ロックめぇ、バトラーめぇぶえぇくっしょ!!」
なんとも間抜けな声が煙の向こうから聞こえてくるが、面白いことになってるんだろうな。
シーツを剥ぎ取り、ロックの愛車に若者を乗せる。
「さぁて一旦別れよう、こっちはアル坊に運ぶ。アンタは息子を町に送るといい、ただ姿は見せない方がいい、ろくなことにならないからね」
「それは、お前の教訓か?」
「また、時がきたら話すさ。それじゃまた後で、便利屋のところで落ち合おう」
アクセル全開で車をふかし、前のめりにハンドルを握りしめたロックの荒々しい運転を見送り、一呼吸。
「バカ息子がっ」
乗る前にぼやいて、新車で内装も汚れていない運転席に入る。
新品の香りがする。
「んーんんーぅ!」
そういや口を塞いでいたな。
助手席の収納スペースからはみ出た何枚かの紙。
「ったく、ちゃんとしまえっての」
エンジンをかけ、車を走らせながら紙を引っ張る。
『不採用通知書』
「……」
町のあらゆる会社から送られてきた不採用通知書だ。
くしゃくしゃな通知書の端っこに、『ごめん母さん』という走り書き。
「クソっ――おいガキ、いいか努力したってどうにもならないことはいくらでもある。だがお前にはチャンスがある、幸いにもコネがある。だがハッパを吸ってる間はチャンスもコネもつかみ損ねちまう」
「ぅ、んー?」
「今度、ニール印刷に行け」
どこで働いていたかなんて、一度も言ったことがなかった。
言う暇がないくらい朝から晩まで働いていた。
子供に関心を向けることも、向けられることもせず、俺は、俺の役割を全うした――金を稼ぐことが、家庭を幸せに導く――俺の親父もそうだったからだ。
だから、正しいことだと、ずっと思っていたのに……今は、父として子を導く方法が分からない。
町の端っこにあるモーテルの駐車場に停める。
ヴォルグP-01と刻印されたピストルを息子の蟀谷にグリグリと押し込んだ。
「いいかガキ、今から手をほどいてやるが、ほどいたあとゆっくり10秒数えろ。数え終わったら顔の布を外すんだ。もし破ったら、撃ち殺すぞ」
「んー!」
何度も大きく頷くのを確認してから、両手の布をほどく。
それから、狼の身体能力で、素早く、町から離れ便利屋に急いだ――。
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