第8話 新たなヒント

 『バレンシア』っていうギャング集団が、最近になってイディスの町に入るようになった。『呪いの宝石』の噂を聞きつけ、はるばる遠い西方地域からやってきたんだと。

 呪いと聞いたら近寄りたくないもんだが、裏社会の奴らにとっては狙う価値のある魅力的なお宝なんだろう。


「ちょっと待ってロック。西方地域まで行くつもり?」


 バトラー法人事務所の客室で、アルはあり得ない、と首を振った。


「もちろんさ、西方地域に向かっていりゃ、そのうち追いつく」

「ダメだ、許可できない」

「な、なんでだ、宝石が町の外に行ってるんだ、追いかけるべきだろ。一刻もはやく呪いを解きたいんだ!」

「2人の状況を知っているのは、ほんの僅か。もしも顔を見られたらみんなパニックになるでしょ、そうなったら宝石どころじゃない。バトラー法人事務所の活動にも影響が出てしまう」


 宝石を取り返す長旅は、一瞬で掻き消されてしまう。


「暗くなってから動くさ。今まで、それで上手くいってるだろう?」

「ロック……」


 呆れるアルはクシャクシャの写真をテーブルに置いた。

 俺とロックは同時に覗く――シワだらけの写真に写り込んだのは、ビルの陰、街灯のない道路、頼りの月光に照らされ、薄っすらと狼男の輪郭と若造が浮かんでいる……あの時のだ。


「あーいつの間に、誰が撮った?」

「フリー記者、銃声を聞きつけて撮影。新聞社に持ち込む寸前で部下が取り押さえてくれたんだ」

「記者は、どうなったんだ?」

「バトラー法人の素晴らしい人材になったよ、あとはご想像におまかせする」


 野望に満ちた穏やかな瞳が微笑んだ。

 ブルっと全身が寒くなり、毛がぞわぞわと逆立つ。


「さすが仕事が速いねぇ、アル坊。ところで捕まえたバレンシアは何か小粋なジョークを吐いてくれたかい?」


 ロックは意地悪な笑いを含ませて訊ねる。

 あの若造、前にジャンク拾いをした『ホーカー商店』に隠れていた少年とは違った。20代ぐらいだったと思う。

 腕を組み、黙り込んだアルの反応を見るに、大した情報は得られなかったんだろう。


「面白くないやんちゃボーイだったわけか。だったらやっぱ追いかけなきゃな」

「だからそれはダメだ」


 結局、押し問答のような状態になり、埒が明かず、ロックは諦めた様子で客室を出ることになった――1階ガレージに下りて警備員に見送られながら、バトラー法人事務所をあとにした。


「で、どうすんだ。アパートに戻るのか?」


 ライターの着火音。スモークの臭いが車内に広がり、少しだけ下げた車窓から外へ流れていく。


「とりあえず、便利屋のところに行こうじゃないか。情報探しさ、それから……マルセルの動きが大人しいのも気になるもんだ」

「マルセルが?」

「奴も宝石を追っているだろう」


 町から少しはずれた湖近くの工場地区に向かった。

 相変わらず古い2階建てバス――タイヤは外して、傍に積んである――をカスタムした便利屋の主ビッグ・J、それから助手のダニエラ・ブルネッタが揃っている。


「チャオ、ミスターハーゼ、ミスターリカントロポ?」


 その謎のあだ名は気に入らない。


「俺はフリトだ」

「じょーだん、ロック、フリト、今日はどうしたの? まだお昼だよ」

「やぁシニョリーナ、ビック・J。ちょっと色々訊きたいことがあってね」


 カウンターにもたれ、宝石のこと、バレンシアのこと、マルセルのことを訊ねていく。


「んー」


 ビッグ・Jはホットドッグを食いながら、レシート用紙を渡してくる。


「ふんふん、なるほどねぇ、相棒、いい情報を貰えそうだぞ」

「何か書いてあんのか?」


 レシート用紙に走り書きされた文字は、


『ベンチ整備工場●』


 整備工場の名前だけ……聞いたことがない。


「こりゃ、懐かしい名前じゃないか」

「私のおじいちゃんが言ってたんだけど、ヤク売人に場所を貸してたのがバレて摘発されちゃったんだって」

「え、そこに行くのか?」

「はは、刺激的なことが起きそうだ。相棒、ピストルで撃つ準備はできてるか。これから激しくなるぞ」


 ピストルの扱い方、正直まだ慣れていない。

 あれからロックやアルの部下に教えてもらったが、緊張で手が滑りそうになる。

 激しくなるだって? 撃ち合いがあるってのかよ。


「やるさ。ロック、お前こそ、怪我はどうなんだ」

「なーに大したことない。アルお抱えのドクターにも診てもらい完治してる、だけど、相棒心配してくれて嬉しいねぇ」


 円らな赤い瞳が俺を見る。

 表情は分からりづらいが、声はどこか楽し気で、それがどうにもイラっとするし、擽ったいし、気持ち悪い――。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る