第7話 本能

 汚れ仕事――要は便利屋が欲しがるジャンク品を廃墟から取ってくる仕事だ。

 ピストルをぶっ放してギャングとやり合うわけでも、ヤクの売人を襲うわけでもない。

 ふくよかな体つきの便利屋は、工場地区の隙間にタイヤのない古い2階建てバスで、夜も営業中。


「やぁビッグ・J、お仕事を貰おうかな」

「んー」

「ちなみに彼は、相棒のフリト。報酬も弾んでくれよ」

「歩合制だなぁ」


 スナック菓子を頬張って、レシート紙をロックに渡す。

 ペンで走り書きされた住所。


『イディスA区-102番●』


「ここへ行けってのか? 具体的なことは」

「前と同じさ、相棒。マスクと手袋をつけて、ジャンク品を集め、助手のダニエラが運んでくれる。あとは口座に報酬が振り込まれるってわけだ」

「いつもこんな感じなのか……」

「ビッグ・Jの腕は一流なんだよ。アルの武器工場に卸してるくらいにね」


 こんなところでも繋がってんのかよ。

 ロックの愛車――名称は忘れたが、もうどこにも出回ってない貴重な車なんだと――に乗り込んで、エンジンをかけた。

 空振りするエンジン音が数回したあと、車体が軽く揺れ、ガタガタと唸りだす。

 イディスA区は、中小企業が集う区域で、古い建物が多いはず。

 ニール印刷にはよく、A区土地再開発の広告印刷を依頼されることが度々あって、なんとなく覚えている。

 夜ということもあって、出歩いている人は少ない。車がちらほら通ってるぐらいで、みんな帰りを急ぐ。


『イディスA区』


 交差点の道路標識に真っ直ぐ進めばA区だと標示しているのを確認し、街灯すらない場所に入った。


「よぉーし、ここらへんに停めてくれ」

「へいへい」


 レシートに書いてある住所から徒歩1分程度の空き地に寄せる。

 後頭部に結ぶ大きいマスクと、手袋をつけて、カスタムしたステンレス製のピストルをホルスターに装着。

 人間である証だが、正直、ピンと来ない。

 呪いが解けたらニール印刷に戻りたいが、どうなるかも分からない――。


「さぁお宝を掘り出しに行こうか」


 ロックに続き、小企業の廃ビル『ハーブ青果』という朽ちた看板を跨いで階段から2階の事務所に侵入する。


「古いおかげでセキュリティがない、ただのガラス扉だ。鍵は……閉まってるね、さぁ相棒の出番だ」

「またぶち壊すのかよ……」


 軽く力を入れて、ガラス扉のドアノブより少し上を蹴り飛ばす。

 呆気なく、枠からガラスがすっぽり外れて、内側に傾くと、繊細な音を立ててガラスが散らばった。

 

「ヒューカッコいいぜ相棒」

「うるせぇ、さっさと片付けるぞ」

「もちろん、青果店の営業部署内は――」


 パソコン、コピー複合機はそのままに、印刷した紙が床中に落ちてる。

 ロックはテンションを上げて、抑えめに笑い声をあげた。


「最高のお宝だな、だがその前に、調べないとな」


 レシートの黒い丸を俺にちらちらを見せた。


「調べる? 何をだよ」

「この黒丸は、アルからの情報でもあるんだ。ここに例の『バレンシア』と『呪いの宝石』の手がかりがあるってことさ」


 またこいつは、大事な情報をすぐに言わない。


「それを早く言えよ、ったく。なんでお前はいつも直前になって言うんだ!」

「変に力まれちゃ困るからさ、相棒、そう短気になるな、早死にしちまうぞ」

「怒らせてるのはお前だろっ!」

「大声を出すな――鼻と耳を研ぎ澄ませ」


 ロックは人差し指を口の前に立て、しぃーと息を漏らす。

 研ぎ澄ますって具体的にどうすんだよ。


「訳の分からないことばっかり言うな!」

「後ろだ相棒! 伏せろ!!」


 初めて聞いたロックの危険を知らせる声色に体が反応して、床に突っ伏した。

 部屋に響いた破裂音が鼓膜を揺らし、キーン、と耳鳴りが起きる。

 黒いピストルが床に落下。

 血が飛び散った。


「おぁっ!?」


 ロックは床を蹴ると、俺を飛び越え、デスクも乗り越える。

 また破裂音が響く。


「ぐっぅああぁ何が起きてんだっ!」


 体を起こして辺りを見ると、ロックが立っていた場所に血が飛び散っていた。

 まさか、撃たれたのか?!

 

「フリト! バレンシアだ、外に出た、追いかけるんだ!! 相手も怪我してるチャンスだぞ」

「お前――」

「いいから走れ! 相棒の脚なら追いつけるさ!」


 パーカーとキャップ帽の若い男がビルを抜け出したのを捉え、俺はとにかく追いかけた。

 階段を駆け下りる足音を敏感に耳が拾う。

 ハッパの煙が鼻腔に入ってくる。

 研ぎ澄ませ――ロックが言ったことを繰り返す。

 手すりに手足をかけて、ビルから飛び降りた。

 重力と共に毛を撫でる冷たい空気が通り過ぎていく。


「う、うあぁあバケモン、来るな、あっち行け!!」


 バケモンだって?

 恐れで声が裏返っている男の背中に、いとも簡単に届いた。

 大きな手、鋭い爪を立て、肩を刺す。

 粘土かと思えるぐらい、あっさりと爪が沈んだ。


「あぁあああ!!」


 悲鳴を上げ、肩を庇いながら倒れた若い男を見下ろす。

 鋭い爪から滴る返り血のニオイが、ドッと、胸を立てた。


 ドッ、ドッ、ドッ――痛いぐらい跳ね動く。


「宝石は、どこに――やった!」


 必死に抑え、宝石の在処を訊ねる。


「うぉ、うあぁ、あああ、クソクソっ!」


 顔を引き攣るだけで答えやしない。

 ピストルをズボンから取り出す――動作が分かるのと同時に、手が動く。

 ホルスターのピストルを抜こうにも、手間取ってしまい、途中でベルトの金具に引っ掛かってしまう。

 遅れて抜けたものの、破裂音と一緒にピストルが重い力で弾かれて、地面を転がる。


 しまった――ドッ、ドッ、ドッ――と跳ねが強く鳴る。


「ほう、せき――どこだって、聞いてんだぁあ!!」


 抵抗しないと、俺の中で何か良くないことが起きてる。

 どうしようもない衝動に駆られて、喉が渇いたような感覚。

 男を引っ張り上げ、片手で宙に浮かせた。

 滑り落ちたピストルを握りつぶし、使えないようにした。


「ひぅ、うぁ、宝石は、知らない、もうない、持ってない、仲間に持たせたっ!」

「どいつだ?!」

「もう町にいない、ついさっき出ていった!」

「――――クソっ! うっがあぁあ!!」


 血のニオイが俺の意識を奪う、牙を剥きだしにさせて、男の体に食らいつく――。





 じわり、ジワリ――真っ暗闇の世界で大きな狼がまた、迫ってきた……。

 逃げ場のない壁に追いやられ、鋭い牙が襲い掛かってくる――俺の意思じゃ体が動かない。


「ヘイ相棒!」

「――うぉあっ!?」


 ライトとエンジン音が静かな夜を掻き消す。

 生きてる。俺の意思がある。大きな安心感を得て、一呼吸置く。


「あぁ、どう、なった? ロック、お前傷は」

「ちょっと弾を掠めただけさ、問題ない。ダニエラ、相棒は無事だ。報酬をよろしくな」


 ダニエラの声がトラックのエンジン音に飲み込まれている。多分、チャオとか言ってるんだろう。

 ジャンク品をたくさん乗せて、中型トラックが走り出した。

 俺はロックの愛車にもたれ、座り込んでいる状態。

 口の中は、血のニオイがする。


「呪いの力は悪くない、身体能力は人間よりも上で、銃弾を浴びなきゃ無敵さ。だが、呪いは呪い。信念が揺らげば本能に襲われて、自分を失ってしまう」

「本能に、俺は、あの若造を食べちまった――喰ったんだ!」


 人を食べてしまった――分かった瞬間、吐き気に襲われ、俺は四つん這いになって口の中に手を突っ込んだ。

 どれだけ吐き出そうとしても、胃液と涎――爪が当たって裂けた傷から漏れた血。


「落ち着け相棒。人を喰っちゃいない、寸前でお前は意識を失ったんだ。バレンシアの構成員は、ダニエラがアルのところに運んでる。良かったな、安心しろ」


 背中を軽くふわふわとした手が叩く。

 一気に力が抜け、もう一度座り込んだ。

 冷静になっていく頭の中で、俺は、絞り出すように、


「わ、るかった、俺が短気なのは、間違いない。家族にもよく言われてた、妻に何度注意されたか――下手すれば死んでたかもしれない、怪我をさせちまった、すまない」


 謝罪する。

 ロックは煙草をくわえ、火をつけた。


「なぁーんだそんなの気にしなくていい。長い時間裏にいると、一般との感覚がずれてしまうな。そこに気付けなくて悪かった。さぁ気を取り直そう、湿っぽいのは苦手なのさ、宝石のヒントは得られただろう?」


 問題ない、と一笑して終わらせやがる。

 羨ましいもんだ、こいつほど切り替えが速けりゃ、家族とうまく向き合えたかもしれない。


「……町を出たそうだ」

「町の外か、恐らく『バレンシア』の縄張り、西方地域に向かったか――こりゃ長旅になりそうだな、男2人旅、悪くないだろ」


 呑気な口調で白い手を差し伸べる。

 

「あぁ、そう、だな。運転は俺がする」

「疲れたらいつだって代わるぜ」

「それは、遠慮する――」



 




 

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