第6話 人間である証

 兎男は牛のレアステーキを食べている。

 どうにも頭の中がこんがらがってしまう。

 頭だけ見れば、兎だ。長い耳、赤い円らな瞳、白い毛並み、丸みのある輪郭。

 だが、目線を下げていけば、似つかわしくない等身とブラックスーツを着てるんだから余計に混乱を招く。

 似合わないと言ってるわけじゃない、野原を歩く小動物のはずが、人間と同じ背格好をしているのが、どうにも慣れない。

 かく言う俺の前には、注文したノンオイルドレッシングがかかったサラダと山菜パスタが並ぶ。

 フォークに映り込んだ、青みがかった黒い体毛の狼男は、険しい顔をしている。

 大きな口で、パスタとサラダを食う。

 味覚は正常、嗅覚だって問題ない。妻が作った愛情の欠片も感じられないベーコンと目玉焼きよりも、上品かつ丁寧に作られた味がする。


「イディス一番のシェフが作った料理を、バトラー事務所からのコールですぐ配達されるんだから、最高だろう?」


 ナフキンで口を軽く拭いたロックは、得意げな調子で言う。


「なんでお前の手柄みたく言ってんだよ……これからどうすんだ」

「アルの情報を待ちながら、汚れ仕事をするのさ。金を稼ぎ、情報を得る」

「汚れ仕事って……ただの解体業者もどきだろ」

「まぁまぁ便利屋にジャンクを売るのが一番リスクが低いし、稼げるし、何より安心じゃないか。武器を持ってない場合は特にね」

「んなもん無くたって、呪いの力で倒せるんじゃないのか、一応」


 正直、扉を簡単に壊せて、デカい冷蔵庫を持ち上げられる力を、相手に使うつもりは微塵もないが――。


「武器は人間の証さ」

「だったら、車もこの食器類も人間しか使わないんだから、同じだ」

「兎と狼の頭をした相手に一般人が売ってくれると思うかい?」


 この姿になってから、一般人、と呼べる人達と会ったことがない。

 ロックと顔見知りの奴らばかりだから、俺のことも自然と受け入れられているが、何も知らない彼らと会ったら、きっととんでもない騒動になるんだろう。

 警察に通報され、下手すりゃ撃ち殺される。もしくは人体実験とか、見世物にされてしまう可能性だってある――過る恐怖に、喉が唸る。


「ぐぐるぅ、そりゃ、そうか」

「人間として扱い、手を差し伸べてくれるのは裏の世界だけなのさ」

「お前は、一般人と会ったことがあるのか?」

「あるとも。一度きりだけどね」


 レアステーキを食べ終え、兎の表情は大して変わらないが、小さく笑っている。

 同時にベルが鳴った。


「おっと、宅配だな、ちょっと待っていてくれ」


 席が空になったあと、一気に視界が広がった。

 ここは、町の端っこにあるアパートの一室。水色の壁紙に、ライフル銃のモデルガンが何丁か飾られている――ロックが住んでるアパートだ。

 棚に写真立て――鹿を仕留めた猟師たちの記念写真だが、1人だけ顔を油性ペンで黒く塗りつぶしてあった。

 ロックの、本当の素顔なんだろう。

 いつからアイツは、獣人になったんだ? 宝石の呪いを受けたまま過ごすと、どうなるんだ?

 

「……」

「相棒、お待たせ」


 頑丈な金属製の箱を抱えて戻ってきた。


「さぁお待ちかねの、アル・バトラーからの贈り物だ」


 荷を解き、フタが開くと畳まれたブラックスーツ、ネクタイ、ベスト、スラックスが入っていた。


「はは、お揃いじゃないか」

「勘弁してくれ……」

「照れるな照れるな。さて、スーツはあとで試着してみるといい。重要なのはもっと下にある」


 スーツの下は緩衝材がぎっしり詰まっている。

 ロックが手を突っ込む――緩衝材が零れながら出てきたのは、シルバーに輝くピストル。

 弾が出る部品の側面に刻印された『ヴォルグ-P01』


「フリトの愛銃となる、人間の証さ。プロジェクト01ってことは、相棒の為にカスタムしたってことだ。全体的に大きく、グリップの握りやすさ、トリガーガードは大きめに、スライドの滑らかさもある。ステンレス仕様――最高じゃないか」


 グリップ側を俺に向けて、差し出す。

 大きな手で丁度よく握ることができた。

 想像以上に軽い。

 手垢のない新品が輝き、またもや忘れていたはずの感覚が戻ってきたように思える。


「全能感っていうんだろうな」

「んん?」

「40超えて、どんどん衰えていくのを感じてきた。けど、呪いの力と銃があると、人間に戻らなくていいんじゃないかって――」

「冗談でも言うもんじゃないな、相棒。呪いは呪いなのさ、毎朝鏡に映る姿が獣でも、強く念じるんだ、『俺はサラダが好きだ』ってな」


 真面目なことを言うのかと思えば、なんとも最後は気の抜けることを言う。


「なんじゃそりゃ……」


 目の前にいる肉食の兎男は調子よく笑った――。

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