第5話 バトラー法人事務所
「どうやってこのジャンク品を乗せるんだよ」
デカい冷蔵庫はもちろんだが、他にも板材、レジの部品、ショーケースのガラス片と留め金部分の数々、丸みがある小ぶりな車じゃとても載せられない。
「便利屋の助手がトラックで回収しに来てくれるのさ、ほら」
兎男のロックが西を指すと、タイミングよく眩しいライトと厳つく唸るエンジンがやってきた。
10年以上放置された無人の村、「ホーカー商店」前で中型トラックが停車する。
高い運転席の扉が開く。
「よっ、と」
ステップを無視して着地したのは、オーバーオールの少女だった。
帽子とゴーグル、オイルの汚れが鼻や頬にもついている。
「大収穫だねミスター
明るい口調、娘とよく似た強気が交じる声――とはいえ、パーティーに全振りした娘とは大きく違う。トラックのハンドルを握り、労働に精を出す、素晴らしい若者だと感心できる。
「どうも
「はぁなんだって?」
好き勝手呼ばれてる気がして、荒めに聞き返した。
「本当のこと言ったんだ、呪いの洗礼を受けた相棒のフリトだ。裏社会とは無縁の立派なサラリーマンだった、合ってるかい?」
「概ね合ってるが、相棒じゃない。あくまで目的が同じだけだ」
「冷たいこと言うなよ、あとでディナーを奢ってやるからさ」
俺をそこらへんのガキ扱いしてるのが腹立つ。
「はいはい仲良しさん、これからよろしくね。私はダニエラ・ブルネッタ、便利屋の助手として働いてる。とりあえず、見た感じ良さそうなジャンク品ばかりじゃん。ディナーぐらいはありつけるんじゃないかな。いつもの口座で?」
「よろしく頼むよ」
「了解、あとはしとく。チャオー」
ジャンク品の山と向かい合い、腰に手を当てたダニエラという少女と別れた。
ロックの愛車、ベージュの丸い小さい車に乗り込んだ。
「ちなみにB.K-Rっていう名前なんだが、中古車でね」
「別に聞いてねぇよ……車なんか興味ないし、運転できりゃなんだっていいだろ」
「なんてこと言うんだい、もう出回ってないレア車なんだぜ。そんな貴重な車を運転できるなんて、有難いんだぞー」
「ああそうかよ」
だったらもっと安全に、優しく走りやがれ!
お前がちゃんと運転してくれたら、俺がわざわざハンドルなんか握る必要ねぇっての!
気にせず隣で俺の免許証をじっくり赤い丸い目で見つめる。
「なんだよ」
「せっかく男前だってのにずいぶん疲れた目をしてるんだな、強張りもある」
「大きなお世話だ」
「おいおい手を組んで宝石を奪い返すんだ、少しくらい話そうぜ。弱肉強食がつるむなんてミラクルだぞ?」
「あのな俺は獣生活を謳歌するつもりなんかこれっぽっちもないんだよ! さっさとガキを追いかけて、宝石を取り返す!」
「マルセルに渡すのかい?」
「さっさと呪いを解いて、仕事に戻る、それだけだ」
「はは、だったらとりあえずアル・バトラーのところに行こうじゃないか、ついでにディナーもいただこう」
アル・バトラー――どんな奴かも分からないが、ギャングやマフィアといった組織なんだろう。真っ当に生きてきたはずが、家族との拗れをきっかけに、ずっと塞いできた欲が止まらなくなり、俺は……情けない、腹が立つ。
こんな顔で、家族に会えるわけもない、他の奴らもきっと驚いて相手すらしてくれないだろう。
イディスの町――俺が40年以上暮らしている町の、はずれにはあの寂れた教会がある。俺が長年働いているニール印刷も町にある。
「ここだ」
1階がガレージになってる事務所を指す。
バトラー法人事務所――綺麗な看板とホワイト一色の建物。
ガレージに入れば、警備員が車内を睨みつける。
助手席から軽く手を振るロックを見て、警備員は「あぁ」と納得した顔で誘導する。
指定された場所に駐車。
「どうもミスターロック、それと、あーご友人ですか?」
俺を見る目は訝しめで、警戒している。
「そうとも。アル坊に紹介したいんだ。見た目は肉食だけど今のところ喰ったりしないから安心してくれ」
一言余計なんだよ。
警備員の腰にはピストル――たまに銃声は聞こえるが、ギャング同士の争いなんてよその話だ。
エレベーターに案内され、3階へ。
3階に到着し、扉が開くと今度はスーツを着た男たちが2人、待っていた。
「ミスターロック、ミスターフリト。ボスは今子ども達と話をしている最中ですので、客室で待っていてください」
「な、なんで俺の名前を」
「アル坊はなんだってお見通しなのさ」
気楽なロックの背中を追い、客室で待機することになった。
インテリアの植物と窓を遮るブラインドカーテン、他クレヨンで描かれた子ども達の絵が額縁に入って飾られている。
『喫煙禁止!』
壁に大きく貼られた紙。
恐らく、ロックに向けた注意書きなんだろう。
七色を自由に扱い、自分の似顔絵と、親の顔を描いているが、どれも自分以外は笑っていない。
母も父もみんな不愛想――笑顔を見たことがないってか。
他には母親と子どもが笑顔だが、父親だけは眉尻を上げ、目を鋭く描いた絵もあった。
「アルは30代ながら法人を立ち上げ、学校に行けない子ども達の支援をしているのさ」
「なのに、なんで宝石に興味があるんだ? 本当にギャングか?」
「ギャングじゃないさ、マルセルなんか小物に思えるくらい規模がデカいんだぜ、まぁ詳しくは知らないな」
「アンタは、構成員じゃないのか」
革ソファに座り、長い脚を組んで寛いでいる。
「まさか、相棒と同じ不運にも呪いの宝石に触れてしまった末路を辿った元一般人なのさ。アルとは利害の一致ってやつ、相棒と同じだな」
ますますコイツという存在が分からなくなってきた――。
――10分ぐらいしてから、扉が開いた。
襟シャツにスラックスの青年。
青みがかったサイドを刈り上げたマッシュヘアで、童顔で細身、見た感じだと、とてもボスには思えない。
「お待たせロック。それと初めましてミスターフリト。もう知ってるだろうけど僕はアル、バトラー法人事務所の理事長だ」
声も年齢より幼く思える、ややハスキーな声。
「あ、あぁ、どうも初めまして、フリトです」
どうしてたじろいでしまったのか――恐らく、とうに失ってしまった感覚を持つ薄青い瞳が容赦なく俺にぶつかってくるからだ。
自信、過信、無知といった、無謀だが時には良い方へ運ぶ感覚。
毛深く、爪も鋭い大きな手と握手をするアル・バトラー。
「さーて本題に入ろうじゃないか、アル坊。宝石の行方、横取りした奴ら、それから相棒に得物をプレゼントしたい、あとこれが本命、ディナーを頼む」
相変わらず、といった微笑みを含めた呆れ顔を浮かべる。
「マルセルのことは一旦置いといて、横取りしたのは『バレンシア』、西方地域から入り込んできたギャングだ、10代の子達が多いみたい。で、本命については食べたい物を言ってくれたらアパートに配達させる。あとは、得物、ね」
「そうとも! 得物は人間にしか扱えない代物、意味ある証さ」
またなんか訳の分からないことを言いやがる。
「フリトさん、今夜中に届けますが、引き金を引いた瞬間、もう二度と戻ることはできません、その覚悟はありますか?」
「おうとも、覚悟は最初から決まってるさ、なぁ相棒」
「勝手に決めるなっ」
クソ、調子が狂う。
だが実際、そうだ。宝石を取り返すにも、何か武器は必要だし、ずっとロックの後ろに隠れるのも癪だ。
「それで、どうなんですか?」
「覚悟は、ある。呪いを解いて人間に戻るためなら、なんだってやる!」
意識して強張った、全身の毛が逆立つのが分かる。
牙を剥きだしに豪語した――。
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