第4話 呪いの力
汚れ仕事と言われて、思いつくのは物騒で血なまぐさいものだっていうざっくりとしたもの。
大学を卒業してニール印刷に就き、20年以上ひたすら働いてきたサラリーマンには、想像し難い世界だ。
優良ドライバーとは到底思えない運転をしやがる兎男ことロックに代わって運転し、道案内に従いながら車を走らせると、長く暮らしていた町からどんどん離れていく。
山道を走り、雑木林が並ぶ奥へ進み、やがて廃墟のような村に到着した。
「よぉし、ここだ、好きなところに停めてくれ」
くたびれた村と言ってもいい。枯れた木が目印の公園と、家は5軒。
四方に出入口があり、どこからでも入ってこられるが、わざわざこんな山奥に来る奴なんてそうそういない。
『ホーカー商店』という廃れた看板が斜めになっている。
車をとりあえず店側に寄せて駐車すると、ロックは颯爽と降りては後部座席の扉を開ける。
「さぁ、ほら手袋と防塵マスクをつけてくれ」
ゴム製の手袋と、防塵マスクは耳というより後頭部でヒモを結ぶタイプ。
「ここはなんだってんだ、汚れ仕事って具体的になんだよ、いい加減教えてくれ」
「まぁそう焦るな、中に入ってから説明するさ」
くそ、こいつはどうにも苦手だ。
ハッキリ言わないし、いい加減なことばかり。
防塵マスクに手袋、本当になんなんだ――。
『ホーカー商店』の扉は固く閉じている。
取っ手を押し引きしてみたが、軋んだ音だけが響き、マスク越しでも湿っぽい臭いが鼻に入ってくる。
「うぇっ」
「ふんふん、これは、いるな」
「はぁ? いるって、誰か、住んでるってことか?」
「そう。便利屋の情報だとここは、もう10年以上放置された集落だ。だいぶ前に泥棒が入ってから開けっ放し状態なんだとさ、つまり訳ありが隠れてる」
「じゃあどうすんだ」
「相棒、それを今から確かめ、邪魔になるようだったら排除するのさ」
排除……って、血の気が引けてきた、借金チャラにするのに殺人なんて、やりたくない。
ロックはトランクルームを開けて四角いケースから、何か黒い物を取り出す。
「お前、それ」
「ピストルを間近で見るのは初めてか? これは愛銃のハーゼP-1、愛らしい手でも使いやすいようグリップとトリガーを改良してもらったロック専用の銃ってわけだ。相棒の分は今度アルの坊主に頼んで、作ってもらうとしよう」
「んなもん、使ったことなんてないのに、撃てるわけないだろ!」
弾を詰め込んだ小さな箱を握る部分の底にはめ込み、ピストルの上を後ろに引く。
「なぁに、慣れたらあっという間さ。さて、相棒、まずはこのぼろっちい扉を蹴り開けてくれ」
「お、俺が? この扉、結構重いぞ、中年のおっさんには無理だ」
「大丈夫、とにかくやってみてくれ。すぐに分かる」
ったく、詳しく説明しやがれってんだ!
「どうぞ」、と一歩下がるロックを睨んだあと、俺は格闘家の蹴りをイメージしながら、左足を軸にして、扉に向かって大げさなぐらい、「うぉおらぁあ!!」と蹴ってみる。
右膝が一瞬だけ、抵抗を感じた。
だが、呆気ないほどに扉は奥へ、折れ曲がる。
錆びた蝶番や取っ手、木片が飛び散った。
埃が激しく舞い上がり、後退ってしまう。
「あぁ、ああ、え?」
脚は痛くない、骨にも響いていない。
あまりにも簡単過ぎる……一体、どういう――。
「これが呪いの恩恵。なにも『呪いの宝石』は悪いことばかりじゃないだろ?」
呪いの恩恵で、こんな簡単に扉が破れるっていうなら、相手が人だったらとんでもないことだ。
「……」
「相棒、とにかく中に入ろう」
ロックに手招かれ、考えるのを一旦中止する。
店内は、レジカウンターやショーケースが横に倒れ、ガラス片が飛び散っている。
倒れかけの斜めになった棚をくぐり、中を探す。
「さぁて、店は狭い。隠れていられるかな? ハイド・アンド・シークは得意でね」
またいい加減なことを言う。
「相棒、傍を離れるな。相手も銃を持ってると思った方がいい」
「あ、あぁ」
破片を踏む音がハッキリ聴こえてくる。
「さぁ、さぁ、ふんふん、呼吸が苦しそうだな、息を潜めるのも限界さ、早く見つけてやらないと」
「おいさっきから何言ってんだ」
「しぃー……相手の音を聞いてるのさ。さぁー心臓の音さえ、拾えそうだな」
挑発的な言葉を繰り返し、ロックは奥に行ってしまう。
ピストルを片手に、倉庫と書いてある部屋に入っていく。
倉庫も表と同じく埃まみれ――ぶっ倒れたデカい冷蔵庫、潰れたダンボールが床中に落ちていた。
「ここかな?」
デカい冷蔵庫の扉に手を伸ばした。
「うぉぉぉぅ!!」
内側から押し開いたかと思えば、ダンボールの破片をロックに投げつけ、その隙にこっちにやってきた。
「どいてどいてっ!!」
焦りに満ちた少年が迫ってくる。
手には鋭く尖ったガラスの破片。
「う、うぉ、おあぁ、ちょ、ちょっガキ、あぶ!!」
刺さる危機感を覚え、後ろに下がった。
「そいつは宝石のヒントを握ってる!」
なんだと! なら逃がすわけにはいかねぇ!!
「待てこらっガキ!」
「ヤーダねっ!!」
宝石の在処を知っているっていうのなら、逃がすわけにはいかない。
倉庫を飛び出し、斜めになった棚の下を少年がくぐったあと、すぐに軋む音を立て崩れてしまい、道が塞がってしまった。
「うぉあぁ!?」
寸前で立ち止まり、頭に落ちてくることは避けられたが、少年は見事に『ホーカー商店』の外へ逃げてしまった。
「クソっ!」
「逃げられたか、まぁいい、臭いは覚えた。さぁ、本来の仕事にかかろうじゃないか」
「急いで借金をチャラにしないといけないんだ! 俺には、家族がっ――」
「家族がいるのか?」
いや、もう、俺には、家族なんか――。
「もう、離婚したようなもんだ」
「ふんふん、辛い話だな。だが家族が狙われる心配はない。マルセルが熱心に追ってるのは『呪いの宝石』だからな、それさえゲットできれば、貸した金が馬鹿らしく思えるだろう。それに、悲しいかな用済みで死んだと思われてるかもしれないぞっ、やったな、これからは刺激たっぷり、野郎だけの楽しみが待ってるぜ」
茶目っ気を含め、慰めてるのか小馬鹿にしてるのか分からん。
「どうも……で、仕事の詳細は」
「簡単さ、ジャンク品の回収」
「ジャンク品?」
「足元にたくさん転がってる、ゴミさ。便利屋はこのゴミを再利用して部品を作り、工場の奴らに売っている。ここは、結構お宝が転がってるぞ、倉庫の冷蔵庫が特にそう、報酬が弾むなっ」
手をすりすりと擦り合わせたあと、ロックはゴミ、いやジャンク品を拾っては外に出すを繰り返した。
少年が隠れていたデカい冷蔵庫を慎重に、足腰に気を付けながら抱えてみた。
「うぉっ」
数百枚重なった紙の束よりも軽く感じる。
4人で持ち上げてやっと動かせる代物が、両手の力だけで浮いたんだ、信じられない! 妙な、40代に突入してから2、3年経過し、老いていると気付くことが増えた日々の中で、次第に薄れていった感覚を思い出す。
これが、『呪いの宝石』の、獣人の力だってのか――。
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