第3話 荒い運転

 ベージュカラーの丸みがある乗用車が、大げさにエンジンをふかしながら走った。

 車内は激しく縦横に揺れ跳ねて、時折車窓や天井に頭がつく。

 道路になんの凸凹もなく、直進とちょっとしたカーブがあるだけだっていうのに、なんでこんなに荒いんだ!


「うおぉああっ!」

「随分はしゃぐじゃないか。お気に召したか?」

「おぅぅああっおま、お前免許持ってんのか!!」

「ちゃんと持ってるさ、自慢じゃないが優良ドライバーでね」

「嘘だろっ! 警察もどんな目してんだ!!」

 

 この得体の知れない兎男と出会ってまだ10分も経っていない。

 もう、嫌気が差してきた――。



 湖近くの工場地区、一面企業の工場が立ち並ぶ区画に、駐車した。


「あぁ――気持ち悪い……」

「少し待っていてくれ」


 なんにも食べてないってのに、吐きそうだ。


 直角でもないコーナーを片輪が浮くぐらいの強さで曲がる奴がいるか?

 止まれの道路標識に差し掛かった辺りで、車窓を突き破る勢いで急ブレーキを踏む奴がいるか?


 車窓を開けて、外の空気を取り込んだあと、ふと凭れたシートからサイドミラーが覗ける。

 頭に生えた尖った三角耳と灰色の体毛、鋭い眼光と突き出た鼻、大きな口、くたびれたうえ血がついているビジネススーツ。 

 サイドミラーの角に手を伸ばす。

 そっくりの動きをする狼男――俺だなんて……。


「くそ……」


 ミラーの角度を下向きに変えると、車の後ろ側にある背景が見えた。

 古い2階建てバスを改装し、タイヤは側で積んであるだけの謎の店。

 工場の間にある路地裏に突っ込み、窓は全部くり抜いて、窓枠を繋げてカウンターにしている。

 座席で寛ぐふくよかな店主は、兎男と話し込んでいた――そう、兎男だ。

 細長い丸みのある耳を頭に生やし、赤い円らな瞳と丸い輪郭のフォルム、それに似合わないスーツと等身の男。

 名前は、ロック。得体の知れない奴だが、目的は同じ、『呪いの宝石』。

 借金をチャラにするには、どうしてもあの宝石が必要なんだ、協力するしかない。

 ロックは話を終えると、こっちに戻ってきた。


「さて、相棒、これからの話をしようじゃないか」


 渋い声を出しながら、運転席に乗り込んだロック。


「宝石を奪い返して借金チャラにする、宝石以外はどうでもいい」

「そう焦るな。宝石を持って行った奴を調べるのにも時間がかかる。まずは稼がないとな」

「仕事って言ってたな、今の俺にできる仕事って、なんだ?」


 ロックはタバコをくわえ、火をつけ、煙をふかす。


「相棒、汚れ仕事をやったことは?」

「善良な会社員だぞ、俺は。生まれてこの方一度もない、あぁーついさっき、教会に不法侵入した」

「なるほどな、汚れ仕事の第一歩は不法侵入、上等じゃないか。さぁ次のステップだ、便利屋から仕事を貰えた……なかなか良い内容だぞ」


 静かに笑って、ハンドルを握ろうとした。

 短時間で刻まれた気持ち悪さと、トラウマが一瞬にして甦る。

 運転免許証をロックに見せ、


「待て! 俺が、運転する――」

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