第2話 利害の一致

 町のはずれにある、森林公園沿いにある教会はやけに静かで、明かりはなく、誰かが寝泊まりしている様子もない。

 無人か、防犯的な物も見当たらないな。

 いったいどんな教会かと、看板を見ても文字は劣化で掠れてしまい、読めない。

 さすがに、正面の扉は――頑丈に閉まり、施錠してある。

 庭を歩いても警報すら鳴らない。

 裏の窓を、庭に落ちている大きめの石で叩き割る。

 かなりの音だ、反射的に身を屈んだが、誰も出てくる様子はなかった。

 こんなあっさり入れるところに、例の宝石があるなんて、信じられないな。

 ゆっくり裏から教会の中へ、不法侵入。

 女神やら天使やらが描かれたステンドグラスと、講壇の後ろに女神像があった。

 像の足元にはたくさんの動物たちを従えている。

 ひと際目立つのは狼だった、他の動物より大きく、女神像に向かってひれ伏す。

 次に兎、兎は背を伸ばし、何かを祈っている様子。


「はぁ……美しい」


 長い髪を揺らしたような躍動的な彫像で、美しく彫られた横顔と、手の平には大きな宝石、指輪やブローチじゃ収まりきらないだろう――あれが、『呪いの宝石』と呼ばれているダイヤモンド。

 なんでまたこんなところに、不用心だな。


「よし……女神様、失礼しますよっと」


 宝石を掴んだ――目の前が突然真っ暗に包まれた。


「うぁっ! なんだ?!」


 天井も床も壁もない、真っ暗闇だ。

 どうなってる、何が起きてる? 俺はひたすら手足をジタバタと動きまわすが、謎の空間を泳いでる、重力を感じられない。


「うぉぉぉ!」


 今度は大きな、大きな狼が迫ってきた。

 圧迫感に押され、逃げようにも、どこにも行けない。


「やめろ、やめろ、食うな、食うな!!」


 牙と大きな口が――瞬く間に、頭の中で妻と子供たちの顔が横切った……――。





「……きろ、お――きろ」

「あぁあああぁあああ!!」


 精一杯の生を感じた。

 ぼやける視界が、徐々に徐々に、鮮やかになって、俺を覗く人影がくっきりと見えてきたが、あり得ない。

 赤い円らな瞳。

 丸みのある細長い耳、ふんわりとした毛並みとフォルムに似つかわしくない等身とスーツ姿。


「起きたか、ご苦労だったな。無事に宝石は手に入ったぞ」


 見た目に反して、とても渋い声だった。


「よぉロック、さすが、手慣れたもんだね。これでアル・バトラーは安泰だ」


 どこからか野蛮な声が聞こえてくる。


「約束を忘れるなよ」

「ボスは裏切らない。会ったことがあるなら、知ってるだろ?」

「念には念をだ、破った日には、記念日として組織丸ごと爆破してやろう」

「分かってる、ほら、宝石をよこせ」


 あぁ、呪いの宝石がっ! 借金をチャラにしないと。


「ま、待ってくれ――」


 まだ頭が、ハッキリしない……。

 起き上がれないなか、聞こえてきた激しい急ブレーキと、銃声。


「マルセルファミリー!?」

「宝石を寄越せ!!」


 マルセル……なんで、クソ、俺は騙されたのか?

 突然始まった銃撃戦。

 撃たれた男が横たわり、俺の視界に映り込んだ。

 宝石が男の手から零れて落ちてしまう。

 手を伸ばそうにも、届かない。

 違う、何者かが横切り、宝石は跡形もなく消えてしまった。


「おい、立て、立つんだ。逃げるぞ」


 さっきの渋い声が、俺を引きずり、どこかへ連れていく――。




 ――逃げ切った、同時に何もかも失った――。

 ベージュカラーの丸みがある小さな車までたどり着いた。

 森林公園の奥地にある駐車場だろう……車に凭れ、サイドミラーを覗く。


「あぁっ?!」


 ミラーに映り込んだのは、さっき悪夢みたいにやってきた狼と同じ。


「う、嘘、嘘だ……俺の顔が?」


 青みがかった黒い体毛。

 突き出た鼻と大きな口、牙、琥珀の瞳。

 手も、爪と肉球が……。


「あぁ、あぁあああ!」

「落ち着け」

「お前は、お前は一体なんなんだ!?」

「ロックだ。見ての通り兎さ、今のところはな」


 そう言って、煙草をくわえた。火をつけ、煙を吹かす。

 冷静にかっこつけやがって、怒りで頭が沸騰しそうになる。


「落ち着いていられるかよ、借金を返すためにあの宝石を盗んだってのに、邪魔しやがって! 俺は、どうなってんだ!!」

「アンタは宝石の呪いによって狼男になった。あと横取りしたわけじゃない、目的が同じだった。『呪いの宝石』を手に入れること、だがこっちも残念なことに、邪魔が入ってね、見知らぬ若者ギャングに奪われてしまった」


 変な呪いにはかかるし、宝石は取られる、家も金も失った。

 

「畜生!!」

「正にな。なぁアンタ、目的は同じだ。ここはお互い協力して宝石を取り返そうじゃないか、ひとり、いや1匹より2匹さ、悪い話じゃないぞ」

「誰がお前なんかと!」

「だが不便だ。そんな顔で誰が雇ってくれる? どうやって生活する?」

「…………」


 そう言われてしまうと、確かに、そうか。

 こんな獣の顔した奴なんか……。


「さぁ来い、『呪いの宝石』を奪ったやつのことを調べるためには仕事が必要だ。乗りな」

「俺は……フリト」

「あぁフリト。改めてロックだ、よろしく」


 あまりにも目まぐるしく環境が変わってしまった。

 ロックという謎の兎男と出会い、俺は狼男になった、きっと上手くいく、なんて思えるような前向きさは持ち合わせちゃいないが、やるしかない。

 もう、これ以上悪くならないことを祈る――。

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