第1話 呪いの宝石
「起きろ、起きろ、ほらほらおっさん」
目の前で指をパチパチと鳴らす、スーツの男たち。
身動きが取れない、全身が痛い……鼻から血が垂れているのが分かる。
湿っぽい、暗い地下室だろうか、ここはなんだ。
「ボスがアンタに直接、会いたいんだと。なんだその顔、お前覚えてないのか?」
あぁ、どうして、こうなったんだ……――。
いつだって、家族のことを第一に考えてきた。
必死に仕事をして、金を稼ぎ、趣味だった賭け事も全て辞めた。
家族の中で、俺が一番、頑張っている――。
「もう少しは私たちのことも考えて!」
またか……仕事前だっていうのに、何故妻は俺に辛く当たる?
テーブルに皿が乱暴な音を立てて並ぶ、盛り付けたベーコンや目玉焼きがはみ出そうになる。
「いつだって考えてるさ」
「考えてないわ、いつもそう、仕事仕事って」
「家族のために生活費を稼いでるんだ」
「父親らしくしてよ。アナタはもっともっと子供達と過ごすべきだったわ」
あぁうるさい、腹が立つ、なんで気持ちよく仕事に送り出してくれない、どうして仕事で疲れてる俺を労わってくれない。
なんで俺ばかりが責められなきゃいけないんだ。
ずっとずっとコントロールしてきたつもりだったが、いい加減耐えられない。
「子どもの世話はお前の役割だ。なんだ、娘が勉強せず毎晩クソ野郎どもとパーティーするのも、息子が試験に落ちてハッパでハイになるのも、全部俺の責任だってか!?」
怒りにまかせてテーブルをひっくり返した。
皿の割れる音、テーブルを床に叩きつける大きな音がリビングに響き渡る。
「どうして乱暴に訴えるの! 昔の素敵なアナタに戻って!」
「変わったのはお前の方だ!」
バタバタと足音が増え、娘が何の騒ぎかとやってきた。
遅れて息子が――寝ぐせをボサボサにして今起きた状態。
「ちょっと凄い音したんだけど、なんなのこれ、朝からどうしたわけ?」
「ふあぁ……なにやってんの」
「なんでもないわ、気にしないで」
俺を悪者扱いしたまま、終わらせるつもりか? ふざけるな。
「もううんざりだ。どうしてお前らは自分の役割ができないんだ! 俺が自分の役割を、仕事をしてるってのに、お前らは何故やらないんだ!!」
「子どもたちを責めるのはやめて!」
「俺ならいいのか?!」
心臓がバクバクと揺れる、頭の中でずっと血が巡る。
子供達の目は、どこか冷ややかに思えた。
「ああ、そうか、俺はこの家に、いらないみたいだな。離婚だ! こんな指輪も、全部捨ててやる!!――」
――スロットが目まぐるしく回転している。
結婚指輪を売り払った、売値は買った時よりも大きく下回ったが、それでも、カジノで遊べる程度の額はあった。
あぁ、手が止まらない。
揃わない、たまに揃う、たまに当たる、外れる。
興奮が、頭の中を駆け回って、やめ時が分からなくなる。
もう家に帰らなくていい、帰ってやるもんか、何にも縛られる必要はない。
しばらくはモーテルに泊まって、アパートを探せばいい……――。
「どうしてこうなったか思い出せたか?」
低く鋭い声が、暗闇の向こうから、靴音を反響させて近づいてくる。
グレースーツに、赤ワイン風の襟シャツを着こなした男。
「私は、マルセル。カジノでたくさん遊んでくれて感謝しているが、その分たくさん借金したらしいな? 使った分はちゃんと利息つけて返してもらわないとな、ざっと30万イェーロ、低グレードの高級車ぐらいなら、買えるか。なぁ、フリト」
フリト、俺の名前……。
「えぇ、もちろん。働いて、返します……」
「一体何年かかる、待てると思うか? 半年でも遅い」
「……そんな、すぐには」
「すぐに返せない額を、何故借りたんだか」
マルセルと名乗った男は嘲笑気味に笑う――
「あぁぁああ!!」
鼻に硬い物が当たった。
あまりに突然過ぎて、痛みより先に悲鳴が出てしまう。
背中から、イスごとコンクリートの地面に打ち付けられた。
クソ……クソ……なんでこうも、うまくいかないんだ。
「そんなお前に、チャンスをやる。実は運良く、この町のはずれにある教会に、宝石が眠ってるという情報を掴んだ。『呪いの宝石』と呼ばれるダイヤモンド。あれを売れば億はくだらない。それで借金はチャラにしてやる」
「は、はぃ、はい、もちろん、やります」
「よしよし、いい子だ。おら、外へ出せ」
目隠しをされ、どこかも分からない場所から外へ放り出されてしまう。
乱暴にトランクに押し込まれ――数分後には町のはずれに連れられた。
「明日の朝までに持ってこい、じゃなきゃ家族もろとも燃やしてやる」
ようやく体の自由が利き、フラフラになりながら立ち上がる。
あぁ、鼻や唇から血は出るし、体中は痣だらけで痛い。
「あぁクソ、治りが遅いってのに……フん、ペッ」
血を飛ばす。
「呪いの宝石だと、おとぎ話かよ、はぁ――」
とにかく、借金がチャラになるなら、泥棒ぐらいしてやる――。
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