お茶会と決闘 9

「そ、それまで‼」


 オーブリー様の声が響く。

 水球を受けて吹き飛ばされたカントルーブ伯爵令息は、闘技場の壁に激突して、ぐたりとして動かなくなっている。

 救護班が慌てて駆けつけ、ただ気を失っているだけだと判断されると、周囲から安堵が漏れた。壁にぶち当たった時の衝撃音が大きかったので、最悪のケースが脳裏をよぎった人も多かったらしい。


 ……殺すような威力でぶつけてないわよ。


 と、言いたかったけれど、カントルーブ伯爵令息は宙に飛び上がっていたタイミングなので、当然踏ん張ることはできなくて、衝撃を流すことができなかった。思いのほか強烈な一撃になったのは否めない。

 だがまあ、相手を気絶させようという目論見は成功したので、ひとまず良しとしよう。

 アドリエンヌ様が目を大きく見開いてわなわなと震えているのが見えたが、決闘を申し込んだのはそちらだからね。わたしは受けただけ。自分で言ったことの責任は取っていただきたい。


 そんなことを思っていると、観客席からフェヴァン様が走って来るのが見えた。

 そのすぐあとをマリオットとお姉様が掛けてきて、さらに後ろから、タチアナ様やルヴェシウス侯爵夫妻、ドーベルニュ公爵夫妻が優雅に歩いてくる。

 決闘が終わったのですでに自分の周りに展開していた結界は解いていて、そんなわたしに駆け寄ったフェヴァン様が勢い余って抱き着いてきた。


「アドリーヌ、怪我は⁉」

「ありません。大丈夫ですよ」

「そうか、よかった……。開始早々相手に斬りかかられたのを見たときは心臓が凍るかと思ったよ」

「一応対策はしていたんですけど、思ったより回復が早くてわたしもちょっと焦りました。結界が間に合ってよかったです」


 あれが間に合っていなかったら負けていただろう。

 苦笑して答えると、フェヴァン様が神妙な顔になった。


「ケツァルコアトル討伐のときだってこれほど緊張しなかったよ。もうこんな思いはたくさんだ。二度と決闘なんて受けないでくれ」


 普通に生きていて、この時代に決闘を申し込まれる方が珍しいので、二度目はないと思いますけどね。と言う言葉は飲み込んで、はい、と頷く。フェヴァン様が本気で心配してくれているのだから、余計なことは言うべきではない。


「よくやったわアドリーヌ! でも、最初から上級魔術を放っていたら一瞬だったでしょうに。なんで手加減なんてしたのよ」


 お言葉ですけどねお姉様。そんなことをしたら、下手をすれば訓練場が吹き飛ぶわよ。訓練場を破壊したとして請求書がうちに届いたら大変じゃないの。

 上級魔術なんて、街中でほいほい使うようなものではないのだ。夫婦喧嘩で放とうとするお母様がおかしいのである。


 ……つくづく、お母様の魔術の才能がお姉様に受け継がれなくてよかったわ。性格まで似ているお姉様が上級魔術まで操れたらとんでもないことよ。


 血の気の多いお姉様を、マリオットが「とんでもないことを言うな!」と叱っている。

 タチアナ様たちも合流したところで、オーブリー様がアドリエンヌ様の方を向いた。

 わたしが決闘に勝ったのだから、わたしの要求通りあちらは謝罪をすべきである。というか、決闘に負けたら謝罪をすると言ったのは向こうなのだから、自分の言ったことは守ってほしい。


 アドリエンヌ様は忌々し気にわたしを睨みつけていたけれど、これだけ大勢の、しかも高位貴族までいる中で、逃げることは許されない。

 硬い表情で観客席から降りてきたアドリエンヌ様は、わたしの目の前までゆっくりと歩いてきた。

 決闘で決着がついたのだ、エリーヌ様もアドリエンヌ様を庇うつもりはないようである。それどころか、遠目に見えるエリーヌ様の口元は、うっすらと笑みすらたたえていた。


 ……もしかして、ここまで想定ずみだった?


 アドリエンヌ様のカントルーブ伯爵家は、セルリオン公爵派閥の中でも上の方の立場だ。先代のカントルーブ伯爵がセルリオン公爵――当時は王子だったが――の教育係の一つだったこともあり重用されているのである。

 しかし、カントルーブ伯爵は、アドリエンヌ様とフェヴァン様の婚約を結んだ際に失態を犯している。娘の言い分を信じて強引に婚約を結ぼうとしたのはエリーヌ様もご存じのはずだ。

 未来の王太子妃としては、身勝手な行動の結果醜態をさらすような人物を近くに置いておきたくないだろう。

 これはもしかして、派閥内の力関係を一新するためにエリーヌ様が仕組んだことではないのか。


 ……って考えすぎかしら?


 けれども、派閥の伯爵令嬢が負けたのに余裕すら見せるエリーヌ様は、この結果に満足しているように思えてならないのである。

 決闘を申し込み、公の場で己の間違いを謝罪すれば、アドリエンヌ様、ひいてはカントルーブ伯爵の名前に大きな傷がつくのは必至だ。しかも自分で申し込んだ結果負けたとなれば醜聞もいいところである。セルリオン公爵がカントルーブ伯爵を重用するのをやめるには充分すぎる口実だ。

 たった一人でわたしの目の前まで歩いてきたアドリエンヌ様は、悔し気に顔を赤く染め、けれどもオーブリー様に促されて、怒りからか小さく震えながら頭を下げた。


「……アドリーヌ・カンブリーヴ伯爵令嬢に、謝罪申し上げます。わたくしが……すべて、間違っておりました……」


 ものすごく不服そうな声だったけれど、これにて一件落着というところだろうか。

 わたしの名誉も、そしてフェヴァン様やルヴェシウス侯爵家の名誉も守られた。

 タチアナ様も、セルリオン公爵派閥の伯爵家をやり込めて満足のはずだ。

 この結果がエリーヌ様の思惑通りかどうかは、わたしが考えることではない。


 ただ……、上級貴族はいろんな謀を巡らせなくてはならなくて大変だな、とちょっとだけ思った。




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