お茶会と決闘 5
「決闘って百年前じゃあるまいし、なんでそんなことになるんだい……。しかもアドリーヌは騎士じゃなくてか弱い女性じゃないか」
わたしがか弱いかどうかは置いておくとしても、わたしも何が何だかわからない。
わたしがアドリエンヌ様に決闘を申し込まれたと聞きつけて、お茶会の次の日、フェヴァン様は仕事を早退して我が家に駆けつけてくれた。
アドリエンヌ様が決闘を申し込んだのにはさすがのエリーヌ様も慌てていらっしゃったけれど、すでに申し込まれた以上、わたしも受けるしかない。
というのも、わたしがその決闘を申し込まなければ、また派閥同士の諍いの危機になるからだ。
アドリエンヌ様が決闘に負けなければ謝罪しないと言ったのだから、個人同士の諍いとして片付けるには、わたしがその決闘を受けてアドリエンヌ様を負かさなければならないのである。
わたしがそのようなことを説明すれば、フェヴァン様がぐうと唸った。
「その通りだけど、でも釈然としないよ。そもそもこの件は俺の婚約破棄の件が発端だろう? 俺がアドリーヌとアドリエンヌを間違わずにきちんと婚約破棄をしていたらこんなことにはならなかった」
その通りだが、もしそうだったらそもそもわたしはフェヴァン様とお話しする機会も得られなかったし、こうしてお付き合いすることもなかっただろう。
「まあこんなことを言っても仕方がないね。それでどうするの? 女性同士の決闘は代理人を立てることが多いけど、何なら俺が出ようか?」
「それはだめですよ。……ちょっと恥ずかしいんですが、その、あのお茶会にいた女性たちはわたしとアドリエンヌ様がフェヴァン様を取り合って決闘すると思い込んでいるんです。そこに取り合われる方が出て来られると、面倒なことになりそうです」
「ものすごく不本意だが、確かにその通りだ……。でも、だったらどうする? 何ならうちの団長に頼もうか? グリフォンの卵も無事に孵化して、団長は君にすごく感謝しているからね。頼めば出てくれると思うよ」
オーブリー様が決闘に出ればわたしの圧勝は間違いないだろうが、それはちょっと卑怯だろう。オーブリー様はわたしの血縁者でも何でもないのだ。
アドリエンヌ様が誰を代理人に立てるかわからないけれど、わたしが代理人を立てるならお姉様の婚約者のマリオットか、従兄弟かはとこあたりを頼るのが妥当な線だが、こう言っては何だけど、彼らに頼むならわたしの方が強い。
ゆえにわたしの選択肢は一つだ。
「わたしは代理人は立てません。わたしが出ます」
「なんだって⁉」
「というか、わたしが出た方が有利ですから」
代理人よりもわたしの方が強いし、わたしが出ればあちらとしても文句のつけようがないだろう。
周囲も、わたしが出ることでわたしが本気だと認識してくれる。向こうが代理人を立てるなら、代理人を立てないわたしの方に世間は味方するはずだ。
どんな経緯があれ、婚約者がいたものが婚約を破棄し、別の女性を選んだとなれば、そこに裏切りとか略奪を想像する人は多い。アドリエンヌ様が騒げば余計にだ。
そのため、少しでも世間には好印象を与えておく方がいいのだ。
あと、わたしが出てわたしが勝てば、タチアナ様の名声も多少上がるだろう。
エリーヌ様の派閥の勢いをそいでおきたいタチアナ様としても美味しいはずだ。
と、わたしにはわたしなりの打算や考えがあるのだけれど、フェヴァン様は納得していない様子だった。
「もし怪我をしたらどうするんだ」
「大丈夫ですよ。防御魔術は得意ですし」
「だが、決闘内容は武術でも魔術でもなんでもありだっただろう?」
「そうですけど、物理攻撃も魔術で対抗できますよ」
まあ、よほどの手練れになれば、一対一で武術と魔術がぶつかり合えば、魔術の方が不利なのだが、何故なら魔術を練り上げる時間が必要だからだ。その間に攻撃されればひとたまりもない。
ゆえに魔法騎士と言うものが存在するのだ。魔術と武術の両方を得意とする彼らには隙が無い。
あちらが魔法騎士、もしくはかなりの武術の手練れを連れてくるとわたしも苦戦を強いられるし負けることもあるかもしれないが、だとしてもマリオットや親戚の誰かに頼むよりはわたしの方が勝率が高い。
わたしが負けると、アドリエンヌ様の言い分――すなわち、卑怯な手を使ってフェヴァン様を奪い取った、という言い分が正しいと世間に認識されるので、何が何でもそれは避けなければならないのだ。
「大丈夫ですよ。魔道具の類の持ち込みは禁止されていませんし、身を守る術はたくさん用意して行こうと思っていますから」
「だが……」
「わたしにだって、譲れないものくらいあるんですよ」
昨日はタチアナ様がかばってくれたが、わたしもアドリエンヌ様の言い分にはカチンと来ていたのだ。卑怯な手を使ってフェヴァン様を手に入れようとしたのはあちらの方なのに、わたしが悪いみたいに言われるのは心外である。
決闘を申し込まれた時は驚いたけれど、正々堂々あちらを叩きのめせる機会が与えられたと思えばそう悪いものでもないだろう。
……わたしにも、好戦的なお母様の血はしっかりと受け継がれているようね。
ちなみにお姉様は「完膚なきまで叩き潰してしまいなさい!」とわたし以上に興奮していた。お姉様も血の気が多い。
マリオットは、わたしとお姉様を見て「なんでお前たちはそうなんだ……」と頭を抱えていたけれど。
「決意が固いのはわかった。じゃあせめて、当日は見に行ってもいいだろうか」
「それは構いませんけど、お仕事は大丈夫なんですか?」
「さすがに、恋人が決闘すると言えば殿下も休みくらいくれるよ。というか殿下も見に行きたがるかもしれないね」
「それはちょっと……」
「もちろん、そんなことになれば騒ぎが大きくなるから全力で止めるよ」
「お願いします」
王太子殿下の来襲を止めてもらえると聞いたホッと胸をなでおろしたわたしは、カレンダーを見て大きく息を吸う。
指定された決闘の日は、三日後だ。
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