お茶会と決闘 6

 決闘なんて時代錯誤な催しが行われるという噂は、瞬く間に社交界に広まった。

 大きな騒ぎにならないようにできるだけ早く日時を決めたにもかかわらず、魔法騎士団が所有している訓練場には大勢の観客が詰めかけている。

 さすがに街中や誰かの邸の庭などで決闘するわけにもいかなかったから魔法騎士団の訓練場を貸し出してもらったのだが……、ちょっと失敗したかもしれないわね。


 フェヴァン様にお願いして、招待されていない人が訓練場の中に入るのを禁止してもらったにもかかわらず、入り口やその周りには野次馬たちが集まっている。

 その中には新聞記者も大勢いて、わたしはうんざりしそうになった。

 中に入れないので写真は撮れないだろうが、はてさて、明日の朝刊にはいったいどんな記事が書かれるのやら。


 フェヴァン様やルヴェシウス侯爵や、タチアナ様がおかしな新聞記事が出ないように圧力をかけてくださるとは言っていたけれど、どこまで規制が掛けられるかは正直読めない。

 ゴシップ新聞社の中には、破滅願望でもあるのかと疑いたくなるほど、貴族を敵に回すような攻撃的な記事を書くところもあるのだ。


 楕円形の訓練場の観客席には、フェヴァン様の姿もある。

 彼は最前列にルヴェシウス侯爵夫妻と共に座っていた。

 タチアナ様やエリーヌ様も最前列に座っていらっしゃる。

 お姉様とマリオットはタチアナ様と、それからドーベルニュ公爵夫妻の近くにいた。先ほどドーベルニュ公爵からは朗らかな笑みと共に「必ず勝ちなさい」という激励をいただいている。……負けるつもりは毛頭ないが、もし負けたらどうしよう。


 本日の立会人はオーブリー様だ。

 王太子殿下はフェヴァン様の想像通り見に行きたいと言い出したそうだけど、フェヴァン様が何とか押しとどめてくれたので姿は見えない。


 オーブリー様の右隣には、二頭の小さなグリフォンの子供がちょこんと立っている。オーブリー様を親と認識している二頭のグリフォンは、片時も彼の側から離れようとしないのだとか。

 仕事中も会議中も関係なくずっとそばにいるので、お城では一種の名物のような扱いをされていると聞いた。ちなみにグリフォンを溺愛しているオーブリー様は大変ご満悦だそうだ。


 シャツとズボンに身を包み、さすがに決闘のときに眼鏡をかけたままだと危ないだろうと眼鏡をはずしたわたしは、訓練場の中で準備運動中だ。

 やはりアドリエンヌ様は代理人を連れてきた。騎士団所属のアドリエンヌ様の兄で、魔術もある程度使えるという。


 妹を溺愛するシスコン気味の彼は、アドリエンヌ様の事実無根な言い分を信じて、フェヴァン様のことを妹に手を出して捨てた男だと認識している。わたしはフェヴァン様をアドリエンヌ様から奪った卑怯な女。つまり、彼はフェヴァン様とわたしをとても恨んでいるということだ。

 先ほど挨拶したときにも「女のくせに」とか「決闘が何か理解もできない馬鹿らしい」とか「女だろうと手加減はしない」とか、好きかって言ってくれた。


 わたしが言い返す前にキレたお姉様が笑顔で「その女に負けたらさぞ恥ずかしいでしょうね。せいぜい恥をかかないように頑張ってくださいませ」と言い返して黙らせていたが。お姉様のことだからもっと毒舌を披露するかと思ったが、必要以上に相手を煽るのは得策ではないと認識したようだ。たぶん、隣のマリオットが事前に注意をしてくれていたのだろう。


「アドリーヌ、手加減は不要よ。消し炭にしちゃいなさい」


 観客席からお姉様が言う。

 マリオットが「消し炭はまずい!」と慌てて口を挟んでいた。わたしもそう思う。

 確かにわたしが最大火力の魔術を使えば、相手を消し炭にするのも可能かもしれないが、これは死闘ではないのだ。さすがにそのようなことはしない。

 というか、最大火力の魔術なんて放ったら、観客席にも多大な被害が出る。


「消し炭にはしないけど、相手が魔法騎士じゃなかったのは助かったわ。多少魔術が使えても、魔法騎士の試験に落ちたのならばせいぜい中級魔術が使えるかどうかのレベルでしょうし」

「カントルーブ伯爵令息は風系の中級魔術が使えるよ。それ以外はたいしたことがない。ただ、剣の腕はなかなかのものだ」


 フェヴァン様が小声で教えてくれる。風系統なら速度上昇などの補助魔術も使えるだろう。騎士には相性のいい魔術だ。

 ちらりと向こう側を見れば、兄と話し込んでいたアドリエンヌがニッと口端を持ち上げるのが見えた。すっかり勝ったつもりでいるみたいだが、わたしも負けるつもりはない。


「となると、物理攻撃を防げればわたしに有利に働きそうですね」

「……怪我をしないようにね」


 決闘で怪我をするなと言われるのもおかしなものだが、心配そうなフェヴァン様に「それはちょっと」なんて言えるはずもない。


「善処します」

「もし怪我をしたら俺が出るから」

「決闘する人以外が出ると失格になりますよ」

「だったら、やっぱり俺が……」

「だから、フェヴァン様はだめですって。わたしの眼鏡をお願いしますね」


 わたしの眼鏡はフェヴァン様に預けてある。度が入っていない眼鏡なのでなくても見えるが落ち着かない。だから決闘が終わればすぐに書けられるように持ってもらっているのだ。

 わたし以上に落ち着かない様子のフェヴァン様の肩を、彼のお父様が笑いながらぽんぽんと叩いた。


「私たちのせいで巻き込まれたようなものだからな、君には本当に申し訳ないと思っている。だが、今回のあちらのやり方には私も思うところがある。結果がどうなろうと悪いようにはしないから、君は自分の安全に最大限気を配って、危険だと思ったら勝負を放棄しなさい。私たちも未来の嫁に怪我なんてさせたくない」

「よ、嫁……」

「おや、違うのか?」


 ルヴェシウス侯爵が悪戯っぽく笑う。

 嫁と言う単語で結党前の緊張感が吹き飛んだわたしは、あわあわしながらフェヴァン様を見た。すると彼は真面目くさった顔でこう反論する。


「父上、今はまだ口説いている最中なんです。了承をもらえたら報告するので先走らないでください」


 すると、ルヴェシウス侯爵とフェヴァン様へ、ルヴェシウス侯爵夫人があきれ顔を向けた。


「あなたたちはこんな場で何を言っているのですか。今は目の前の勝負に集中しなければならないのですから気が散るようなことを言ってはいけません。アドリーヌさん、遠慮はいりませんからね。グリフォンを討伐したあなたなら、あのようなものなど一瞬でしょう。決闘を挑んだことを骨の髄まで後悔させておしまいなさい」


 ……ああっ! ルヴェシウス侯爵夫人の期待が重い!


 そして思いのほかこの方も好戦的な方だったようだ。お母様と話が合いそう。


 わたしは顔が引きつりそうになりながら「がんばります」と答えた。

 タチアナ様もわたしが負けるとは思っていないようで、余裕の微笑みを浮かべている。

 だからグリフォンはわたしじゃなくてフェヴァン様が討伐したんだけど……という言い訳は、しない方がよさそうだ。


「アドリーヌ・カンブリーヴ嬢、そろそろ」


 立会人のオーブリー様の補佐審判をしている魔法騎士がわたしを呼びに来る。

 時間のようだ。


「じゃあ、頑張ってきます!」


 わたしは自分に気合を入れるためにも、少し大きな声で言って、歩き出した。




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