お茶会と決闘 1
フェヴァン様との初デートから十日。
三日前にフェヴァン様の長期休暇が終わったのだけれど、休暇中は毎日会いに来てくれて、お茶や食事に誘ってくれた。
休暇が明けた今は前のように時間が自由にならないけれど、次のお休みに会う約束をしている。
……まずいなぁ。
自室の机の上に突っ伏して、わたしははあとため息をついた。
机の上にはルヴェシウス侯爵家についてこの一週間ほどで調べた資料が広がっていた。
ルヴェシウス侯爵家は有名だけれど、最低限の社交しかしてこなかったわたしは、かの家に詳しいかと言えばそうではない。
ルヴェシウス侯爵が宰相であり、ルヴェシウス侯爵家が由緒正しい家柄であることはわかっていたけれど、その程度の情報は誰でも知っている。
なんとなく気になって調べてしまったけれど、ルヴェシウス侯爵家はわたしが想像していた以上の大貴族だった。
保有している領地は大きく、王都から北東にほど近い場所に大きな鉱山と、主に穀物を育てている雄大な農村地があり、大勢の領民を抱えている。かの地で暮らす貴族も多い。
ほかにも、親戚には大きな商家と、紡績工場を運営している家があり、他国の貴族にも縁者がいる。
四代前の当主に王女が降嫁しており、現当主の侯爵の妹が王弟殿下と婚姻を結んでいるため、王家とも近い。
フェヴァン様は、そんなルヴェシウス侯爵家の一人息子。
ファヴァン様にご兄弟がいないのは、フェヴァン様のお母様がお子様ができにくい体質だからだと言われているけれど、ルヴェシウス侯爵は跡取りを産んでくれたのだから充分だと、妾を娶ることは考えずにただ奥様だけを大切にしているらしい。素敵な夫婦だ。
そしてフェヴァン様の方だけど、国費留学もされていたからある程度は想像できていたが……びっくりするほどの高スペックな方だった。
文武両道は当たり前。魔術の才能も国で五本の指に入るほど(まあ、これはグリフォン討伐のときに気づいていたけど)で、留学していたノディエラ国では、ぜひ国王や王太子の側近にと望まれたほどだったそうだが、跡取りであることと、我が国の王太子殿下の側近入りが決まっていたことから断ったようである。
言わずもがな容姿も端麗で、人当たりもいい。
まっすぐすぎる性格が欠点と言えなくもないけれど些細な問題だ(あの、婚約破棄の珍騒動を除いて)。
むしろまったく欠点のない完璧人間は気後れするので、多少欠点があった方が……って、わたしは何を考えているの!
これは重症だ、とわたしはまたため息をつく。
いや、ルヴェシウス侯爵家のことを調べてしまった時点で自覚はあった。
……これは本格的に、フェヴァン様に惹かれているわ。
認めるのは怖いが、この感情は恋と言ってもいいものだろう。
そもそも恋愛に対する免疫がないわたしが、ストレートに口説いてくる優しくて素敵なフェヴァン様を拒絶し続けられるはずがなかったのだ。
……でも、これはないわ。せめてもう少し隙があれば、わたしでも何とかなるかもしれないって思えたけど、こんな家には嫁げない。
わたしは自分が馬鹿だとは思っていないけれど、さすがに格が違いすぎる。
わたしは次女だったから領地経営なんて学んでいないし、学んだところで町一つの小領地と町も人も大勢抱える大領地の経営なんてまるっきり違うのだ。
当主の妻になれば、夫のサポートをするのは必須である。
ただ着飾って笑っていればいいわけではないのだ。
……こんなことになるなら、お試しのお付き合いなんてするんじゃなかったわ。
気持ちを自覚してしまえば欲が出る。
お姉様なら、「本人がいいって言ってるんだからいいのよ」なんて言いそうだけど、フェヴァン様がよくても侯爵夫妻は認めないだろう。
わたしが三度目のため息をつきかけた時、控えめに扉が叩かれた。
アリーだろうか。少し一人にしてほしいとお願いしていたのだが……。
「はい。何か用事?」
返事をすれば、返って来たのはロビンソンの声だった。
わたしは立ち上がると扉まで歩いていく。
「どうしたの?」
扉を開けて訊ねれば、ロビンソンは弱り顔で白い封筒を差し出してきた。ひっくり返せば、セルリオン公爵家の紋章があってわたしはぎょっとして中を確認した。
すると……。
「ねえロビンソン。なんでわたしに、王太子殿下の婚約者であるエリーヌ・セルリオン様から、お茶会の招待状が届くの?」
そのつぶやきに、ロビンソンは困惑顔になっただけだった。
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