可愛い彼女
雨鳴響
可愛い彼女
彼女は可愛い。艶のある口唇に常に浮かべられた笑み。周囲に合わせて生きる彼女は可愛い。可哀想だとも思う。だって、他人に流されて生きることしか選べないのだから。友人に合わせ、教師に合わせ、家族に合わせ、あまり知らぬ他人に合わせ、自らの幸せなど追い求めずに生きているのだから。
可哀想は可愛い。そんな残酷な言葉を体現したような子だった。だから、好きで好きで仕方がなかった。
守ってあげたい。彼女と話す度に庇護欲が刺激された。愛してあげたい。彼女が寂しそうな笑顔を浮かべる度にそう思った。きっと彼女も喜んでくれる。何よりも彼女のことを考えて、彼女の為に尽くしたい。きっと彼女は涙を流して受け入れてくれる。
だから、準備をした。彼女を誰も傷つけられないような堅牢な檻とそこに繋ぎ止めておくための鎖。彼女を全てから守り、そして俺の愛を注げる為の小さな部屋を。
準備は完璧だった。彼女をそこにおびき寄せる手順も完璧だった。飲み会のときに彼女のお酒を度数の強いものに変えて、人を煽るタイプのやつを隣に座らせる。実際彼女はその煽りに従って大量の酒を飲んだ。そうして昏睡状態に陥らせ、家の近い俺が送り届けるということになったはずだ。だが、現在の状況は真逆だった。
俺の手足が鎖に繋がれ、用意したはずの小さな部屋に閉じ込められている。記憶を探してみれば、タクシーに乗った途中からの記憶が飛んでいる。その間に何かがあったようだった。しかし、彼女は無事だろうか。二人して昏睡状態になってしまっては問題だ。タクシーの運転手に連れて行かれでもしていたら俺は悔やんでも悔やみきれない。
そんなことを考えていればたった一つのドアが開いた。そこには無事の彼女がいる。
「おはよう。遅効性の睡眠薬は美味しかった?」
どういうことだろう。これは彼女が仕組んだとでも言うのだろうか。しかし、あんなにも可愛く優しい彼女がそんな事するはずがない。
「お前、誰だ」
「あら、貴方が監禁しようとしていた梨里よ」
「そんなわけない。梨里ちゃんはもっと優しくて天使みたいなんだ。お前なんか梨里ちゃんじゃない。梨里ちゃんを返せ!」
俺が身体を左右に激しく振ると、鎖が大きな音を立てた。彼女は鎖を引っ張り、俺の身体に打ち付ける。
「私がアンタが大好きだった梨里ちゃんで、アンタと同じようにアンタを監禁しようとしてたの。分かる?」
理解なんて出来るはずがない。だって、彼女は今まで俺が信じてきた彼女ではないのだから。
けれど、驚きと失望が浮かんだはずなのに、何故か興奮で全身が騒ぎ鼻血が垂れた。
可愛い彼女 雨鳴響 @amanarihibiki
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