第四話 海月の骨 ②
昔から注目されることは苦手だった。
取るに足らない人間だと、そう思われたく無かったから。そういう評価を下される位なら、そもそも評価されない立場に居続けたい。
でも、誰からも見られないことは嫌だった。
お姉ちゃんだけじゃなくて、私を見てよ。
そういう気持ちがあったことは、嘘じゃない。
二律背反?
多分、矛盾すらしていない。
きっとこれは、誰もが持っている、誰もが抱く、普通で普遍な、ありきたりの気持ち。
その多寡が、どうであれ。
でもきっと、いつかは私を見てくれる人がいる。
でもきっと、私を見ないでくれと祈る時が来る。
この気持ちに決着がつくことは、きっと永遠に来ないのだろうな、と。諦めながら、呆れながら、時が過ぎていく。
五月になった。
クラスメイトとはそれなりに話すけど、休日に遊ぶような友人といえば、相変わらず真矢だけで。
その真矢も本格的に部活が始まってしまって、五月の連休は私にとって暇を持て余すだけの日々となっていた。
ちなみに姉はテレビの影響でダイビングの免許を取りたいと言い出して沖縄に行ってしまった。
こんな性格だけどインドア的では無い私は、目的も無く駅前をぶらぶらしていると、見知った顔に出会った。
「……あ、星香」
佐竹先輩が両手に紙袋を持っていた。何を大量に買ったのだろうか、と紙袋を見ると、何やら大量の飲食物が入っていた。
「あ、こ、こんにちは、先輩」
「ちょうど良かった、これ持って」
と、紙袋を一つで渡される。
「これ、何ですか?」
「ん……バイトの買い出し。冷たい飲み物奢るからさ、手伝って」
と言って、私の前をずんずんと歩く佐竹先輩。
何を考えているのか分かりづらいけど、一緒にいると居心地いいんだよなぁ。
もしかしたら、こういう空気感があってるのかな?
自分の意外な発見に気を良くした私は快く引き受けると、駅前から数分歩いて目的の場所へとやってきた。
「この、ウチなんだよね」
「……ご実家が喫茶店……ってことですか?」
一目で個人経営だと分かるその外装は、まさに私の想像する純喫茶だった。少し暗めの店内にはジャズが控えめな音量で流れていて、深いコーヒーの香りが扉を開いただけで鼻腔をくすぐった。
なんか、こういう店って一人じゃ入りにくい。けど、行きつけだったらカッコいいよなぁ。そんな店だった。
エプロン姿の佐竹先輩のお父さんは、自分の娘である佐竹先輩を一瞥すると再び目を閉じてジャズの音に身を委ねた。
(し、渋くてかっこいい……!!)
まさに私の想像する、ちょっと寂れてるけどこだわりの強い喫茶店のマスター像である。
そんなちょっとした事に感動していると、慣れた手つきで佐竹先輩はコーヒーを注いで持ってきてくれた。
「はい、アイスコーヒー。テーブルの上にミルクと砂糖あるから好きに使って」
「ありがとうございます。……なんだか、素敵な場所ですね」
内装もそうだし、髭を蓄えたマスターもまるでその店の一部かのようにマッチしている。
「そう?」
「はい、実家が喫茶店って。なんか、カッコいいです」
「別に、そうでもないよ。休みの日は旅行も行けないし、別に儲かってるわけじゃないし、ただ親父がサラリーマンに嫌気が差して脱サラしただけの歴史も何もない店だし」
あ、そうなんだ。
勝手に何十年も続いているものだと思ってしまった。
チラリと佐竹先輩のお父さんを見ると、居心地悪そうに立ち上がって店の奥へと戻っていった。
……家庭内の立場弱いんだなぁ。
「ま、でも雰囲気だけは良いからね。結構人気みたいだよ。雑誌の取材も結構来るし」
「へぇ……確かに、あんまりコーヒー飲まないんですけど、美味しいですね」
とは言ってみたものの、コーヒーの味なんて違いが分からない。そんな私のちょっとした嘘を見抜いたのか、佐竹さんは微笑すると、カウンターの方へと移動して今度はケーキを持ってきた。
「良いんですか?ありがとうございます」
「いーよ、食べて食べて」
促されて、ショートケーキに手を伸ばす。佐竹先輩はそんな私を見てニコニコと笑っているだけであった。
「ねぇ、星香」
「はい?」
「友達がさ、誰に恋していて、それが上手くいってなくて凹んでたらさ、何か手助けする?」
突然何の話だろう。
これってもしかして、漫画とか映画で見る、友達とは言いながらも実は自分の恋愛相談をしているとかいう、アレだろうか……!
そう思うと俄然テンションが上がる。ああいうシチュエーション憧れてたんだよね。何せ唯一の友達である真矢ったら、恋愛のれの字も無い、テニスに青春を捧げている人だから。
「勿論、お手伝いします!あ、何でも言ってください、私、お力になります」
なんて、ちょっと調子に乗って私は佐竹先輩に強く言うと、そんな私に少し驚いてからまた笑った。
その反応に赤面してしまいそうになる私。ほら、こうやっていつも調子に乗ってしまう。
微妙に反省しながら、佐竹先輩の言葉を待つ。
「じゃあ、一つお願いしようかな」
佐竹先輩は猫のような瞳を覗かせる。黒色の髪が、ふわりと揺れて、彼女の柑橘系の匂いがコーヒーの香りの中から私の方へと届いた。
「ウチでバイトしてくれるかな?」
はい、とも、いいえ、とも。
私は答えられ無かった。
あまりにも想像を超えたお願いだったからだ。それでも、半ば反射的に頷いてしまったのは、何故だろうか。
きっと、何者でも無い私をバイトに誘ってくれた。なんていう、淺ましい喜びが、少しばかり心の中にあった所為だろう。
誰かに頼られることは、嬉しいし苦手だ。
複雑な癖に単純な私の情けない性格は、こんな場面でも私を苦しめる。
だってそうでしょ?
私なんかに接客業が出来るはずないなんて、私が一番分かってるのだから。
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