2・至高の味を貴方に

 年末も早いうちから仕事は納め終わり、人混みを楽しむ趣味も無いので俺は例年通り自宅で年を越した。


「あ、えのくん、日付け変わった」

「あー、ほんまに」

「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

 挨拶のためにコタツから足を出して正座で直る彼女からほとばしる育ちの良さよ、俺もついスマートフォンを置いてペコリと頭を下げる。

「ん、ほな寝よか」

「うん、あ、そうだ。明日、お餅はなんぼ入れる?」

「ふたつくらいでええよ」

「はいはい」


 年が変わったというだけで世の中は大騒ぎ、会う人会う人逐一挨拶を交わしたりお年賀を貰ったりとしばらくは随所に正月を感じる。

 食い物も然り、普段は欲しもしないのに近年の雑煮の餅の旨いこと…これが歳を重ねたということなのか、真っ白な汁に沈んだ白い塊を想像するに涎が滲む。

「明日の朝が楽しみやなぁ」

「うん?あんまり期待せんとって」

「最悪、焼いてでも餅は食えるから」

「そこまで失敗はせぇへんけどー……ふふっ、おやすみ」



 翌朝。

「榎くん、おはよ。お雑煮出来てるよー」

「おはよ………何これ」

 配膳された椀の底には丸餅、その上には鶏肉やら水菜やらがぷかぷか浮かんでいた。

 見れば分かるこれは餅の入った汁だ、でも俺が望んだ雑煮ではない。


「何って…お雑煮やん」

「ちゃう、なんで澄ましやの」

「は?うちはこれよ。お雑煮はお澄ましやろ?」

「ハァ?白みそに決まって……お前、家どこやったっけ」

「神戸やん…みそ派もおるけど…うちはお澄ましやってんもん…お母さんから教わって…」


 わーぉ異文化交流、カルチャーショック。

「ほうか…頂きます」

 口が白味噌の受け入れ態勢に入っていたのでフラットに戻そうと、茶を飲んでから箸を取る。

「あかんかったらやめといて?」

「いや、想像と違たから驚いただけ…」

 鼻を近付けると出汁が香る、持ち上げれば味噌汁より粘度の低い液がちゃぷんと椀のふちを濡らす。

 澄まし汁だってもちろん飲んだことはある、鶏の脂が浮いて輝く表面が綺麗だ。


「……」

ずびびと音を立てて汁を飲む、薄くなんかない醤油の味がしっかり口内に行き渡る。

「美味い」

「ほんまに?良かったぁ」

「これも…ええなぁ」

「色々あるんよ、次の日はみそ入れたりな、……昼からスーパー行ってくるわ。明日は、白みそにする」

 彼女の親直伝の味を見た目から否定して悪かったな、溶ける餅を箸で掬い染みた旨味を舌で味わう。

「…ええよ、正月に買いもん出んでも」

「そう?でも普通の合わせみそしかあれへんよ」

「それでもこの澄ましでもええ…これ美味いわ、至高の味やな」

 俺としては最大級の褒め言葉だ、けれど彼女は困ったように笑い、

「来年は究極の味にしたるわ」

と妙な張り合いで乗ってくれた。


「ほう」


 これは来年が楽しみだ…俺はお節を摘みつつ、2杯目用の餅がふやけるのを待つのだった。




おしまい

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