親愛を紡いで

雨鳴響

親愛を紡いで

 春の木漏れ日の温かさに身を委ねて、眠気と戦いながら大切な人のことを思い浮かべる。その優しい時間が好きだった。けして叶わない思いだとしても、想うことだけは自由だったあの頃が眩しい。


 流石に駄目だろう、人の旦那はと考えて想うことを辞めて数年。親によってお見合い結婚が組まれた。相手は同い年の人。儚げな泣きぼくろが印象的だった。

 好きな方がいます、と初対面で言った貴方は申し訳無さそうな顔をしていた。双方の親が乗り気で、断ろうにも断れないことはお互いに分かっていた。それでも、貴方の良心が、隠したまま結婚するということは許せなかったのだと思う。もし断りたい場合は、こちら側から断りますという注釈付きで言ってきたのだから。

 いえ、結婚いたしましょう、と言ったのは私からだった。流石に私は告げられなかったけれど、こちらも似たような事情は抱えていたのだから。

 貴方は泣いていた。ありがとうございます、と言いながら。おそらく今までも同じことを言って断られた経験があったのだろう。相手の女性は悪くないけれど、貴方に同情してしまった。想いというものは度々、私たちの預かり知らぬところへ走っていくことがある。そしてそれはなかなか自分の手元には帰ってきてはくれない。

「私は、今までの会話や貴方の立ち居振る舞いで貴方のことを好ましいと思っています。それで良いのではないでしょうか」

 例えば、家にはお金があって、たくさんの新しい服が買えるのに、古く良い服を大事に大事に着ているところだとか。相手の嫌なことを言ってしまわないように、言葉をゆっくり選びながら話しているところだとか。それでも、譲れない自分の芯を持っているところだとか。好ましい性格であるということは、この短時間でも端々から感じられた。

「小さな小さな幸せの積み重ねで、人は関係を深め合えます。結婚しても、残念ながらその間に別れてしまう方もいらっしゃいます。結婚してから、仲を深め合う人々もございます。結婚の形は人それぞれです。私たちは私たちなりの関係性を築けば良いのではないでしょうか」

 懐からハンカチーフを出して、貴方に手渡した。貴方はありがとうございますと言って、それを受け取った。

「すみません。お恥ずかしいところを」

「いえ、お気になさらず」

 顔を赤らめて俯いた貴方が可愛いと思えて、私はこの結婚が上手くいって欲しいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親愛を紡いで 雨鳴響 @amanarihibiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ