第17話「もしも桜谷がいなかったら…」



その日の土曜の夕方。


3人で遊んだ帰り、午後4時に君野は桜谷の家に寄っていた。

この家には今この二人しかいない。


桜谷は自身のベッドの上で同じくベッドに乗る君野の前にカードを並べる

背面が真っ白なお手製のカード。

その数は縦横5枚ずつの25枚。


「ねえ、君野くん15枚適当にひいてみて。」


「あ、うん。」


桜谷はこれもマジックだと君野に言い聞かせて

目の前のカードを引かせた。


君野はどれを開こうか迷っているが

そのカードをひっくり返していくと15枚中15枚全てが桜谷の写真が出てきた。


「これ全部桜谷さんの写真なの?」


君野はそう言うと


桜谷はニンマリ笑って残りの素早く15枚をひっくり返す。


「え!?全部堀田くんの写真だ!」


「ふふ。マジックよ。」


「どうやったの!?」


「内緒。」


と、桜谷ははぐらかす。

こんなのマジックでもなんでもない。リセマラでの行動パターンの予測と、君野くんとの会話の中でそれを引くよう仕向けただけだ。

これを実は彼が堀田くんと仲良くなる前からやっている。


学校でも彼の行動予測ができれば彼の好感度を上げられる。

彼がいかに私に支配されているか可視化できる。

メリットはいっぱいだ。


そろそろ堀田くんへなにか潜在的にでも成果を出してほしいものだ。


「わかるでしょ。君野くんは、堀田くんより私が大好きだってこと。」


「そ、そうなのかな…。」


「まだ言えないの?私のほうが大好きって。恋人同士なのに。」


「…まだ、仲良しになったばかりだから…。」


君野はそう言って黙り込んでしまう。

前回のキスから四日前くらいだったか。

もうそろそろこの君野くんを消す。

私に対して、余計な事考えるはずだから。その前に消す。

月曜の朝にまた朝早く迎えに行って、堀田くんにはわからないようにする。


「あ、そうだ。」


君野くんの毛抜きもしよう。


ベッドに閉じ込めと共にやってしまえば、なにか君野くんの脳みそに堀田くんと関連付けていいことが起こるかもしれない。


と、桜谷はベッドの下に隠してあったロープを取り出した。


「ねえ、君野くん、今度はイリュージョンマジックしない?」



次の日の日曜日


「おはよう堀田くん。」


「あれ!?君野!なんでここに!?」


堀田は驚いた。

これから習い事の空手にでもいこうとしていたのだが

自分の住む街を歩いていると君野がすぐそにいたのだ。


「何してんだ?1人か?」


「うんと、迷子。」


「またフラフラしてたのか?」


「うん。堀田くんみて気づいた。ここってどこ?」


と、おでこに手を当てキョロキョロする。今までどうやって生きてきたのかわからないと、堀田はその言葉に絶句する。


「ふああ。」


君野は大きなあくびをし眠い目を擦る。

そんなのんきな彼に、堀田は腰に手をつけ、ため息をついた。


「とりあえず、俺空手休むわ。」


「空手やってたの?だからあんなに強いんだね!」


「言ってなかったなそういや。とりあえず…どうするか。」


堀田は頭をかいた後君野と近くのカフェへ行くことにした。


戸惑う堀田だが、その次には嬉しさが勝っていた。

今日は邪魔者がいないために2人っきりで過ごせるのだ。


喫茶店に入った堀田はそのままスマホで君野の母親に電話する。

どうやら今日は祝日でパートが忙しいという。

抜けるチャンスを伺うと答えので

俺はこいつと遊んだ後責任持って家まで帰しますと約束した。

母親は泣きそうな声で喜んでいた。


本当、大変だ…。


君野はスマホを持たずに出てきたというが

家着も履いてるサンダルもただゴミ捨てに行くようなラフすぎる格好だ。


「どうやってここまで?」


「歩いてたきたのかな。なんか足が痛くて。でもこれ見て!」


と、なぜかコロッケの入った袋を持っていた。


「盗んできたのか…??」


「違う…と思う!僕、近所でなんか名物になってるんだ。気がついたら商店街のコロッケやお惣菜やお団子やお菓子の袋を握ってる時あるんだ。健忘症の時すごく愛嬌ふりまいてるみたい。」


「そ、そうか…。」


多分、宇宙の話よりこいつの話が理解できない。


「お前ん家から歩いたら一時間はかかるな。コロッケ片手にここまで来たのかよ…。」


堀田はスマホで君野の住所と現在地を確認する。


「俺が見つけなかったらまた変なのに絡まれてたと思うとゾッとするな。」


と、言いながら自身の母親にメールで連絡し、どうにか送ってやれないかと打診。

ああ、例の健忘症の男の子ね!と

君野を帰り、車で送ってくれることになった。


しかし母は今出先で、帰ってきたらとのことだった。

夕方に帰ってくるらしく、堀田は君野の足の痛みとそのラフすぎる格好もあって、家の中に招待することにした。


「これがオートロック?すごい!あ、これなに?宅配ボックス?」


「田舎もんみたいだからそんなあれこれはしゃぐなよ。」


君野はワクワクしながら未来のハイテクなマシンを見てるように目を輝かせた。

初めて入ったマンションのロビー。

少しリッチなホテルのロビーを切り抜いたかのよう

白と黒の配色が君野に顔に少し緊張感を生む。


堀田の住まいは8階にある。




「わ!エレベーター2個ついてる!」


君野の驚きがとまらない。


「僕8階まで上がったの初めてかも。」


「商業ビルでも大体4階が限度だもんな。」


そう雑談しながら2人は8階に到着し、

堀田が家の鍵を開けた。


ガチャ


そして堀田の部屋へ。


堀田の部屋は、静けさに包まれた聖域のよう。壁は淡いクリーム色に塗られ、昼間の光が柔らかく差し込む。窓辺には、かすかに葉を揺らす観葉植物があり、静かに存在している。

部屋の中央にはシンプルなデスクが置かれ、そこには2脚の椅子が。スマートなシンプルな椅子で、真ん中から脚が4つ生えているタイプのものだ。


上には整然と並べられたノートや参考書が載せられている。すべてがきちんと整理されており、堀田の几帳面さがあらわれている。


「全然汚くないね。偉い大学の博士の部屋みたい!」


「お前の部屋が汚すぎるんだよ。」


「緊張しちゃうなあ…。僕こんな格好でごめんね。」


「いや、俺の部屋だし。すっぽんぽんじゃなきゃ好きにくつろげばいい。」


そう言って君野を目の前のシンプルだがおしゃれな椅子に座らせる。

君野は360度見渡し、泊まったことのないホテルにでもいるように内装を口をぽけーと開けたまま夢中になる。


「あ。」


彼の本棚には健忘症、マインドコントロール、記憶喪失などと書かれた書籍が並んでいる。


「ああ、これな。今じっくり読んでるんだ。難しいけど。」


「お医者さんみたい。」


「将来、医者でもいいな。こういう健忘症とか認知症とか治せたらかっこいいよな。」


と、堀田は分厚い書籍を軽く手にとって君野に表紙だけ見せてまた本棚に閉まった。


「お医者さんになったら僕絶対に行く!ねえ、コロッケ食べる?これ、商店街にいくとほとんどもらうから、家族で食べて。」


「あ、いいのか?ありがとな。」


と、堀田は冷たいコロッケを受け取った。


「そういや、お前昼食べたか?」


「うん。大丈夫だよ。」


「そうか…。」


堀田は顎を触りながら次の会話を考える。

来てくれたのはいいが、何をするかだ。

この部屋にはゲームもテレビもない。

スマホゲームもしない堀田は考え始める。


「あ。」


堀田は一言そう言って椅子から立ち上がった。

そしてゴソゴソとボードゲームを取り出す。


「これやるか?」


「なにこれ。」


「これな、俺のダチの忘れ物。カードをひいて、ひいたそのカードのお題にそって、その言葉をどんな意味で伝えてるか言葉のニュアンスだけで伝えて相手がそれを当てるゲーム。」


「あ!なんか知ってるかも!流行してるよね!」


「俺の部屋、遊ぶもんないからそいつが持ってきたんだ。簡単に言うと君野がカードを引いた場合、猫の「ニャー!」のお題が出たら、怒ってるのか、甘えてるのかカードの指示があるから君野がその通りの「ニャー!」やってその中の候補を読み上げる。俺が当てる。簡単だろ。」


「やりたいやりたい!!」


「じゃあ、君野のニュアンスを俺が当てるからな。」


と、堀田はデスクの上にカードをバラバラに広げ混ぜていく。


君野はそのカードの山から適当な一枚をルンルンで抜き取った。そのカードをじっと見た後

堀田を上目遣いで見、


「これで終わりだね!」


と、大声で言う君野。それがお題のようだ。次に自分がどいういう意味で言ったか、カードのなかの候補を伝えていく。

堀田はしばらく考えその候補の中から


「文化祭の片付けがようやく終わった!だな?」


と選ぶと君野は「正解!」とカードを持ったまま頭上で丸を作った。


「じゃあ…「もう、だめだぁ…。」これは?」


「富士山8合目!」


「正解!!!!すごい!!」


その後、君野は一方的にカードをひいては問題を伝え、堀田が当てに行く。

君野が吹き出してしまうほど、堀田が正解したカードの山がこんもりできる。


「堀田くんはこのゲーム得意なの?」


「いや、君野だからわかる。」


当然と言わんばかりの彼の言葉に君野はニマニマと嬉しそうにくくく…と笑う。

もう、正解していないのはカードの山の最後にいた1枚のカードだけだ。


君野はそれを素早く手にとって胸の前でわざと隠す仕草をして、いたずらっ子のような顔をする。


「じゃあ最後、行くよ…。」


君野が唇をきゅっと噛み締め最後の一枚を手に取る。


「大好きだよ。」


君野はそう言って

そして順々に候補をあげていく。


堀田はしばらく考えた後、


「肉親に伝えるパターンのやつか!?」


と答えた。

その瞬間君野の顔から笑顔が消えた。


「え…不正解。」


「なら、ペットにか?」


「ううん。」


「友人にするやつか?」


「…。」


すると君野が俯いてしまう。


「全然違う!好きな人にだよ…。」


「あ、そうなのか!ごめんな。」


「…。」


「いや、俺も流石に疲れたんだよ。」



君野が露骨に不機嫌になっているのがわかる。ほおを膨らませ、

手元に持っていた「大好き」のカードを両手で持って、それを太ももに乗せている。


「どうしたんだよ。なんか俺が気に食わないことしたか?」


堀田はそう言って、彼の向かいに座っていた椅子からおりて、床に腰を下ろす。

視線を低くして

君野の膝に握られた手を触る姿はワガママプリンセスと執事のようだ。


「…ここまで完璧にわかる堀田くんが、どうして僕の好きは伝わらなかったんだろうって思ってるだけだよ。」


「ああ…まあ〝事故〟だよ〝事故〟。」


堀田はそう笑って見せる。

しかし君野の不機嫌は治らない。

ここまで感情をあらわにしたこと、今まであっただだろうか…。


堀田は君野の膝に両手を乗せてそこに顎を乗せ上目遣いで見て機嫌を治してくれないかと優しい眼差しで見ている。

実際、君野の不貞腐れた顔も可愛くて、吹き出してしまいそうなのだ。


「もう一回やっていい?」


「お、おう。」


君野は再び「大好き」のカードを持っている。


「だ…」


と言いかけたが、そこから言葉が続かない。

まるで硬い氷を口に入れて閉じれなくなったようにあうあうと口がぱくぱく動く。


「だい…い…」


と、言いかけていたが、諦めて胸の前にまであげていたカードをまた太ももに下ろした。


「…そっか、僕が気持ち込められなかったんだ。」


と、顔が沈む。


「泣いてるのか…?」


堀田は、その情緒不安定な君野に落ち着いて対処する。

頬から涙が流れ出るのをみて指で拭った。


「なんでだろう、すごく罪悪感を感じてる…。堀田くんに大好きって伝えたいのに…このカードを見て読もうとすると黒い塊のような…もやもやしたものが見えて…。」


「いいよ。もうゲームやめよう。」


と、君野の太ももにあるカードを取り上げようとした


「違う!これはゲームなんかじゃない!!」


君野がキュっと目を瞑り、前に体を縮こませたままそう答えた。


「うううん!!」


そして首をブルブルと横に犬のように思いっきり振る。


「大好きだよ!!」


「!」


堀田はその言葉にようやくドキッとしたようだ。

いや、でも…まさか…君野は桜谷が好きなんだろ?

俺はあの女に何一つ勝てていない。

アイツのほうが、そういう意味では君野に好かれている…。


結局どれだ?兄弟か?それ以上の言葉か?

またブラコンが強すぎる俺には、君野の好きをどう捉えるべきかセンサーが狂っている。


「伝わった?僕は今堀田くんに一体どの好きを伝えたか、わかる?」


君野が聞き返す。堀田の手を握り強くそう訴えかける。


「…」


「答えてよ堀田くん。」


どっちだ?

俺はどっちで答えるべきだ?


言いたい…もう解放されたい…

ここで本当の気持ちが言えたなら…

だが…


俺は…俺は…


堀田は頭の中で葛藤する。

そして


「…さ、…さんばん。」


その答えに

君野はその言葉にカードをみる。

3番は…


「…。」


君野の手からはその大好きカードだけがはらりと落ちていく。

裏返った3番は「身内に向けて」だった。


「あ、当たったか?」


「…うん。あたったよ。」


「そ、そうだよな…!そうだよな!ああよかった…!」


堀田は胸を撫で下ろす。

もし恋をしてると勘違いされたら…兄弟関係が剥奪になるかもしれなかった。


「…伝わらなかったんだ。」


君野がそうボソっと言う。


「なんだ?」


「ううん。」


君野は素早く落とした「大好き」のカードを取る。そういえばこれは堀田くんの友達のカードだった。


静かに目に涙を溜めて

その項目に大きくできた爪痕をゴシゴシと平坦にしていく。




堀田は知らない。

まさか今、君野が現在桜谷の記憶がないと言うことを…

その君野の思いはまた、月曜の朝に封印されるのだった。


続く。

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