第18話「取り返しのつかない選択」



■月曜日


堀田は日曜日のことでモヤモヤしていた。


君野を家に帰した後、例のボードゲーム片付けの際にカードをバラバラと落としてしまった。

その際、君野が握っていた「大好き」カードに涙の跡が付着していた。

表面を触るとまだ少し濡れていた。


そしてカードを強く握った爪痕が残っていたが、

どんなニュアンスで伝えたかの項目の中で「愛する人へ」

の真ん中に強く爪痕が残っていた。


「まさか…。」


俺は…大事な選択を外したのか?

などとずっと夜考えていた。


朝、君野に確認したい。

でも、逆にそれが取り返しのつかないことになるのでは…

このまま黙っていたいと、ビビっている俺もいる。



「おはよう!」


「あ、堀田くんおはよう!」


翌日の月曜日


堀田は開き直ったように1年2組へ。

クラスメイトたちがそう挨拶してくれる。


そこにはいつも通り俺より先に来ていた君野と桜谷の姿が。

相変わらず仲睦まじい。

遠くから見ても、やっぱり君野は桜谷が好きなのがよくわかるくらい、ウキウキしている。 


…俺が、昨日踏み切れなかったとするなら、これも一つの要因だ。



「おはよう!」


と、わざわざ堀田は君野と桜谷に声をかける。


「おはよう堀田くん。」


君野がそうニコッと笑った。

小さく手を振ってくる。


「あら、おはよう。」


桜谷も、目を合わすことも笑うこともなく冷淡に答えた。



 

「あ、堀田くん!」


「な、なんだ!?」


「昨日ありがとう。お母さんからこれ。送ってくれたお礼だって。」


と、君野は机に置いていた手土産を堀田に渡した。


「あ、ああ…ありがとな。」


と土産の饅頭を受け取り、ドキッとしたのにそんなことかと一喜一憂する。


「なんかあったの?」


桜谷が君野にそう聞く。


「昨日僕が健忘症で堀田くんの街にまでふらふらしてたみたいで、それを堀田くんが助けてくれたんだよ。お母さんに家にまで送ってもらっちゃって。」



「へえ…。」


「お前の母ちゃんにもよろしくな。そういや、俺の母親がお前の買ってきたコロッケ美味かったってさ。」


「よかった。多分、僕の家の近くの精肉店の味なんだ。」


君野はそうニコッと頷いた。


「…。」



一時撤退だ。  


君野があまりにも普通すぎて俺が動揺しまくっている。

堀田は土産物をもらった流れで

そのままそそくさと自分の席に戻っていった。




「君野くん。昨日堀田くんと会ったんだね。」



「うん。堀田くんの家って綺麗なマンションの8階にあるんだよ。」  


「家に行ったんだ。遊んでたの?」


「少しだけね。ボードゲームしてた。」


君野が明るく笑う。


桜谷はそのなんともない君野の様子と、相変わらず心の中が君野のことでザワザワしていそうな堀田の様子に、自分の話は出なかったのだと胸を撫で下ろす。


「堀田くん、なにか言いたげだったわね。」


「そう?僕はそう感じなかった。」


「すごく淡白ね。昨日何かあった?」


「なんもないよ!」


と君野はいつもの調子に戻しおどけて見せた。

その様子に桜谷の鋭い洞察力が光る。



なにか、今日はやけに大人びている。

いつもの無邪気さがない。

それは私ではなくどうやら、堀田くんに原因がありそうだ。

まあ、そうよね。土曜に記憶消してまた今日の朝初めてましてなんだから…。


と、桜谷は2人の動向を注意深く見守ることにした。



しかし、君野の健忘症の酷さには変化がない。



「君野、そっちじゃないぞ。」


堀田は二時間目の休み、キョロキョロしながら男子トイレから出る君野の姿を発見した。

迷った挙句、教室と反対へ行ってしまった姿に堀田はそう小走りで君野の手を掴んだ。


すると


パシッ!


「!」


堀田は君野から手を弾かれてしまったのだ。


「なっ…!」


「あ、ごめんね堀田くん。つい、びっくりしちゃって。」


「…いや大丈夫。」


君野は思わずと言うテイだったが、こんなこと初めてだった。


「お前今日いつもよりテンション低くないか?」


「そんなことないよ。」


「…昨日、なんか俺やらかしたか?」


「ううん。してないよ。」


「そうか…。」


どう考えても昨日だ。

やっぱり、俺が判断を誤ったのか?


そう堀田は焦り出す。


昨日はあんな感情的だったのに

なんだ、この倦怠感たっぷりな感じ…


堀田は君野が教室に戻ろうとすると再びそ彼のその右手を掴んだ。


「俺、昨日選択を間違えたんだよな…。」


「間違えてないよ。堀田くんは結局僕になにがいいたいの?」


君野はそう言って背の高い堀田を見上げる。

困り顔で、いつもの無邪気さがないのが不気味だ。


「昨日の「大好き」のカード、あれ俺に言ったのって、身内にじゃなくて、愛する人、だったんだろ?」


「うん。そうだよ。」


「つ、つまり…。」


堀田は心臓が口から出そうなほどドキドキしている。

いや、本心を言えばいいだろ!言う天使と

下心ありきのど変態と言ってくる悪魔の桜谷が

脳内でぶつかる。


顔を真っ赤にして頭を乱雑にボリボリ引っ掻く。

君野は幼なげにそれをじっとみている。

そしてこう答えた。


「堀田くんごめんね。…僕はね、もう昨日以上に自分の気持ちに素直になることができないんだ…。」


「それって、どう言う意味だ?」


「僕に桜谷さんっていう彼女がいたことを今日になって思い出したから…。」


君野はそう伝えると、堀田は目を一瞬全開に開いた。そして体に一本の稲妻が刺さったかのような電流のような衝撃が全身をかけあがる。


そういや、日曜に桜谷の話が出なかった。

つまり…昨日、君野は忘れていたってことか!?


堀田はその事実に気づくと打ちひしがれるようにその場で膝をついた。



「…そんなことあるかよ…。」


堀田は絶句する。

あのときの素直な君野は、俺だけを好きな君野だったんだ。

なら、それなら…

その気持ちを俺は踏みにじってしまった…!?


昨日、もしあのまま自分の思いを伝えることができていたら、君野の返事は今、変わっていただろうか…


「昨日はすごく楽しかったね。」


と、君野は堀田に笑いかける。



「なあ、君野!時間を戻せないか?俺本当はお前のこと…!」


「大好きだよ。」


「!」


堀田は、言葉を被せるように言った君野の突然の言葉に驚いた。


「それが、僕の今の気持ち。」


君野はそう言ってどこか哀しげに笑った

堀田は胸に手を当てるが、あの時のドキッとして気持ちは一ミリもなかった。


「なんでそんな哀しく笑うんだよ…。」


堀田は君野の頬に右手で優しく触る。

泣きはしないが、昨日のカードの爪と涙あとが脳裏に浮かぶ。


「わかんない。いろんな気持ちが溢れてるんだと思う。」


男子トイレ前で男2人が地面に座り込んで複雑な気持ちを交わし合う。


桜谷はその目立つ2人の様子を遠くから眺めている。

相変わらずその目は冷酷だ。


「ちょっと、とんでもないことが起こってるかもしれない…。」


そう危惧している。

堀田の導線に火花がついて今にも爆発しそうだ。

桜谷は君野からもっと細かに昨日のボードゲームの詳細を聞いている。

それほどしっかり覚えているのはそれだけ印象が強かったのだ。


君野くんは潜在的意識なのか、朝の恋人ごっこを言いつけているからなのか、

私に対して純粋に好きという気持ちと、恋人の存在を忘れてしまったことへの自責の念が入り混じっている。


私の存在が君野くんから消えていた日曜日、君野くんが堀田くんをまっすぐに受け入れたら〝恋〟だったんだ。


私が今日学校に来たことで、その考えが変わったようだ。

堀田くんが怖気付いてくれたおかげで

その恋は私が押さえつけることに成功したようだ。


だが油断は禁物だ。

「兄弟ルール」を守ってくれるようになんとかしなければ

2人はくっついてしまう…


桜谷は2人を見ながらも腕を組み眉をしかめた。




「…。


「おい堀田…堀田!!」


藤井の呼びかけに、彼はようやく反応した。

午前の授業中、校外授業で公園にいた堀田は、花壇のコンクリートの縁に座って、まるで銅像のように動かない。

首からかけた黄色いボードのバインダーに挟まれた「俳句を詠もう!」と書かれたプリントは白紙だ。



「まだ何も書いてないじゃないか。」


「ああ…。」


「どーせまた桜谷さんと君野だろ。」


「そうなんだけど…俺がやらかしたっぽい。」


「とりあえずその気持を俳句にしないと。あと15分しかないぞ。つーか35分間なにしてたんだよ。」


「ボーっとしてた。」


「それは深刻だな。」


緑が生い茂った公園で蝉がミンミンと鳴いている。

堀田はようやくその公園の景色と音をしっかり認識すると、

虚ろな目でその紙にペンを走らせた。


見えぬまま 君の気持ちに 蝉鳴けり


…あやうく「野」にしそうだった。


「まんまだなあ。」


藤井はそう言って苦笑い。

その後、彼は友達に呼ばれていなくなってしまった。


堀田はふと横の自分のエナメルバッグを見る。

昼はこのまま公園で食べることになっているため、皆貴重品とお昼を持参しながら散策を楽しんでいる。


「…こんなもの…。」


堀田は「兄」キーホルダーを突然つかみ、そのまま千切ってしまった。


こんな物があるからいけないんだ。

こんなものがあるから心が苦しくなるんだ。


それをそのまま制服のポケットに入れる。

そうだもしかしたら、君野がこのカバンをみたらなにか反応して、その時にまた会話が生まれるかも…


気持ちを試すような行為に自分の卑しさも感じた。

だが、なにかきっかけがほしかったんだ。




お昼


公園の河川敷にレジャーシートをひいている桜谷のもとに、当然のごとく

堀田も、カバンから取り出したレジャーシートをくっつける。


君野は弁当は持ってきたが、レジャーシートというイレギュラーな持ち物には対応できず、ヘコヘコしながら2人のレジャーシートの間に座る。


「…。」


「…。」


「…。」


三者三様の思いがありすぎるからなのか、同じくご飯を囲う他のグループのような賑やかさが皆無だ。


そして、食べ始めて5分の沈黙の後、キーホルダーに先に気づいたのは


「ねえ、いつものキーホルダーどうしたの?」


桜谷だった。サンドイッチを片手にそう尋ねる。


「あ、ああ。え…っと、チェーン外れちゃってな。」


「ふーん…。」


「…。」


君野はそれに対し何も言わず丸いおにぎりを頬張る。


「ツ、ツナおにぎりか?」


「うん。」


君野との会話はこれだけで終わってしまった。

一方それを見ている桜谷は

堀田がなぜ「兄」キーホルダーを外したのかをぐるぐる考えている。


関係を諦めたわけではなさそうだ。

これは鎌かけ?君野くんの気持ちを揺らして反応でもみたかったのだろうか。


それなら下手くそだ。

堀田くんはやっぱり、完璧だが不器用だ。

と、思いながら他のグループの笑い声もかき消すような異様に静かな空間を楽しんでいた。





「ごめんね。堀田くん。」


帰り時、桜谷がプリントを提出しにいった時、堀田と二人きりになった君野は2人の間にある方の腕をまるで袖が触れ合うように彼の腕に手を当てた。


「明日から普通にできるようにするから。今はごめんね…。」


そう上目遣いで答えた。


「あ、あのな…お、俺…」


と言いかけたが桜谷がすぐに帰ってきてしまい結局何も言えなかった。

しかし堀田もそう、どもりながら伝えようとしたところで

何を伝えていいか頭も心の整理ができていなかった。


そして、教室に戻り、昼休みのあと、5時間目を終えて掃除の時間がやってきた。



真面目に教室の掃き掃除をしている堀田。

ズボンのポッケに手をおいたとき、その違和感を感じた。



「あ、そうだ。」


そうだった。まだキーホルダー、入ってた。

これを捨ててしまえば、俺は自分の気持ちに正直になれるか?

これは兄弟関係を超えられない

呪縛なのかもしれない。

君野の気持ちには気づいているはずなのに、なんでこうも怖気づくのか…。



「なあ!これも。」


プラスチック製のキーホルダーを、堀田はゴミをまとめた生徒を追いかけて手渡した。

無口な男子のクラスメイトがゴミ袋の口をわざわざ開けてくれ、それを受け取る。



それを見送ったときだった。



カチャン


ほうきの柄を落とすような軽い音がすぐ背後から聞こえた。


「どうして…!」


そこにはその場で目を見開いて絶望的な顔をしている君野がいた。

そうか、ここ君野と桜谷が担当している2階中央廊下だった。


「っ…ぐす…。」


そう泣き出すと彼はそのまま泣きながら反対側へ走り去ってしまった。


「あ、君野!?」


堀田はその異様な様子に慌てて追いかけた。


近くにいた桜谷は、自分を横切って刑事と犯人のように消えていく2人に驚いた。2人はそのまま2階の理科室や音楽室が並ぶ、教室がない方向に走っていった。


ダッ!!


「桜谷さん!?」


桜谷まで2人を追いかけてしまった。

彼女までいなくなったためにほうきがパタンと床に倒れる。

ちりとりを抑えていた女子生徒は1人その場に取りこのされてしまった。






「うわあああああん…!!」



君野が大泣きしながら全力疾走し堀田から逃げる。

しかし、堀田の方が足が速いために君野を捕まえるのに時間はかからなかった。


一階の外にある自動販売機が並ぶエリアで、君野は堀田に捕まった。


「ぐす…ふん…ううっ…ひっく…。」


と、息を切らしながら両手で、必死で溢れる涙をおさえている。いじめを受けていた時と比べ尋常ではないほど、過呼吸になりそうに泣いている。


「大丈夫か?よしよし…。」


と、彼の背中を優しく叩く。

君野は嗚咽しながら、堀田に言った。


「…ごめん、なさ、い…今日、自分で…変だって…わかって…。素直に、なれなくて…。でも絶交、なんて…したくない…。」


「違うんだ!絶交とかそう言う意味で捨てようと思ったわけじゃないんだ!」


「こん…な形で、堀田くん、と…ッ大切な思い出を…僕だけ、の思い出にしたくないよ…。」  


と、君野は消え入る声で大粒の涙を流す。


「そっか、そうだよな…。」


そもそも、これは友情の証でもあるのだ。

それを目の前で捨てられたら君野も泣くのは当たり前だ。

また頭に血がのぼってしまっていたんだ…


「ごめんな…。」


「謝る、ならど…して…捨てたの…。」


「兄を辞めたくなったんだ。全然!ネガティヴな意味合いなんかじゃなくてさ…。」



そう言った瞬間、

堀田がそう言って君野を強く抱きしめた。



「俺、お前のこと好きだ。」


「!」



君野の流れる涙がゆるい風にゆれ、冷気に晒された涙は冷たく、頬を落ちていく。

しかしそれがより、堀田の力強いバグと体温が

やがて君野に浸透していった。


続く。



  






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