第16話「ダブルブッキングデート」




 ある日の土曜日、君野はいつもの学校とは違う賑やかな繁華街にきていた。

 ここは都内でも人が多く集まる場所で、よく昼のワイドニュースや天気予報で必ず中継でうつるようなおなじみの場所だ。


 夏のこの日はよく晴れている。

 それゆえに行き交う人が多くて待ち合わせにいる君野はすでにめまいがしそうだ。

 その街の特徴的な現代的なモニュメントの前でイヤホンとスマホ片手に持っている。


 その服はいつもの白い半袖シャツの制服とは違い、ゆるい、肘にかかかるほどのボタンつきのシャツを着ている。しかしボタンがついているのは第2ボタンまでで、薄い灰色と青色がまざったような色でデニム生地のパンツを履いている。


「君野!」


 そこに堀田が駆け寄ってきた。


 白い少しくすんだクリーム色のシャツのボタンを全部はずし、中に白シャツを着込んでいる。下は紺のビッタリしたズボンだが

 シンプルだがモデルのようにスタイルが良い。

 その堀田の私服姿に君野も上と下を舐め回すように見てしまう。

 先程からこの場所を行き交う若い女性たちの視線を露骨に感じるようになった。


「堀田くんって声かけられたりしない?」


「まあ、たまにな。お前その服にあってるな。学生服じゃないから互いに新鮮だよな。それよりアイツはまだか?」


 堀田は腕につけた、いかにも学生らしい黒のデジタル時計を見る。


「あ!あれ桜谷さんかな!」


 君野が駅からの人混みの中で手を降る。


「お、なかなか決まった格好してくるな。」


 堀田がそう桜谷の格好を見て言う。


 彼女は今どきの清楚なアイドルのような半袖の長いワンピースを着ている。

 そのワンピースは肌色と緑の上品な色が組み合わさった、1発でその服がどこの良い服かわかるような形をしている。


 髪型もメガネも変わらないが、そのアイドルにいても今はおかしくないと感じるほど、とても似合っていて上品だ。

 持っているバッグも派手すぎず、持ち手が金のチェーンの小洒落たバッグだが本当に服装とあっている。髪にはいつもの三つ編みに小さなリボンがついている。



「かわいい!桜谷さん!」


 君野も大興奮する。


「ありがとう。君野くんもいつもと違ってかっこいい。」


 とニコッと笑った。



 そもそも、何故3人でデートをしているのか?

  

「こんなはずじゃなかったんだけどな。」


 堀田はそう呟く。

 3人が合流し、歩き始める。学生にも優しい価格の商業施設に向かう間、こうなってしまった経緯を振り返った。


 前日の金曜、君野にデートを持ちかけそれを先に取り付けたのは俺だ。

 しかし、君野は何故かその話を桜谷に持ちかけ、自分からデートの話をしてしまい、桜谷は「誘われた」と思ったのだ。


 どうやら健忘症で頭の中がごっちゃになっていて悪気なく、俺がしたデートの話を最初から桜谷としていたと勘違いしたという。


 なんでだよ!!!!


 と再び桜谷に都合よく転がってしまったことに、正直モヤモヤを感じたが

 俺はその間ちゃんと健忘症の勉強をし始めた。


 その中で記憶というものはトラウマになるような出来事が起こると人間は忘れようとする

 という一文に救われた。

 あの階段下の桜谷の狂ったビンタは、きっとトラウマになったからその場面だけ消えた。

 そう思えば、嫌だったんだと納得できるからだ。



 健忘症の一部は心理的により回復することがあるという。

 桜谷がいない一週間、俺といた時はこんな酷くなかったのだ。


 つまり…

 桜谷が君野の健忘症を酷くする原因なら、ここをなんとかしなければいけない。

 どうであれ、俺は桜谷に「友達認定」されたのだ。

 ならなんか、変えていけないか?


 俺は表面上このデートを残念がっているが

 ちゃんと病気を学んだからこそ、今のデートがある。

 以前ならこのダブルブッキングデートも断っていただろう。


 そして、君野の健忘症の症状を減らせる鍵を掴めないかと考えていた。




「君野くん、なんでイヤホンずっとつけてるの?」



 商業施設に向かう間、桜谷と堀田の間にいる君野は右隣の桜谷の言葉に反応した。

 君野の耳の中にはスマホと有線で繋がれたイヤホンがついて、まるで芸能人がピンマイクをつけるよう。

 Yシャツのポケットに入っているスマホから線が伸び耳と連結している。


「スマホを無くさないようにするための対策!僕の知り合いが考えたんだ。何度かスマホ失くしちゃってもう補償効かないから失くせないからね、スマホを持って出歩く時は常に有線で繋いで音楽を鳴らし続けて、音楽が聞こえなくなったり、引っ張られたらすぐに反応できるようにしたの!」


「なるほどね。頭いいわね。」


 桜谷がニコッと笑う。


 堀田はおもむろに君野の有線イヤホンを自分の耳につける。


「クラシック?」


「うん。知り合いがピアノ弾くからそれ聴いてるの!」


「眠くならないか?これ。」


 堀田はすぐに返して君野の耳の穴にイヤホンを戻す。


「ううん。あまりうるさくないからBGMにしてもちゃんと会話に集中できるんだ。カフェで流れてる感じで!」


 とニコっと笑う。



 そうこうしているうちに商業施設に到着した。

 祝日ともあってその中は賑わっている。

 カップル、ファミリー、女同士男同士でお祭りのように雑踏がすごい。


 3人は服屋に向かう。


「なあ君野!これどうだ?」


 と、堀田が君野にシャツをあてがう。


「君野くん、これいいんじゃない。」


 堀田と桜谷は自分の服ではなく、君野へ着せたい服を選ぶ。


「う、うん。いいんじゃない。」


 それに対する君野の反応はそれだけだ。


「それ、君野くんには派手じゃない?」


「お前のそれ、今日の色味と変わらないだろ。」


 などとまるで自分の子供の服を選んでいる夫婦のようだ。


「えへへ。僕なんか2人の子供みたい。」


 君野はそう笑うが、

 堀田と桜谷は服を選んでいる時の心情はそんな穏やかではない。

 しかしその後2人の小競り合いは続く。





「…。」


 あまりにも2人の服選びが長いので

 小競り合いしている2人の間を抜けて君野は目の前のベンチに座って足をプラプラさせている。


 ベンチに思いっきり腰を掛けて背伸びすると商業施設の天井を見上げる。

 まるで万華鏡の中を覗いたような、複雑な細かい格子状の中に教会にありそうなステンドグラスがはめ込まれている。


 すると、視界に黄色の風船がぷかぷかと横切った。


 その瞬間


 ‐うわああああああああん!!!!!‐


 子供の泣き声が近くで聞こえたのである。


「!」


 君野が地上に視界を戻すと5歳くらいの男の子が一人で泣いている。

 思わずその場に駆け寄る。


「どうしたの?あれボクの風船?」


 男の子は静かに頷く。


「パパとママがいない…。」


 と、目に手を当てたまま泣きじゃくる。


「迷子なんだね!」


 あたりをキョロキョロ見渡す。

 しかし、ちらほらと人に紛れ親子はいるがこの子を探している様子はない。

 これだけの人だ。

 虱潰しに探すのは骨が折れるだろう。

 君野は近くにあったこの商業施設のガイドマップを手に取る。


 それを広げると迷子センターを探した。


「迷子センターに一緒に行こう。お兄ちゃんが連れて行ってあげるからね。」


「うん…。」


 そう優しく微笑み、男の子の頭を撫でる。

 男の子をなんとかして迷子センターへ!

 という彼の強い親切心はエスカレーターで下に下がった瞬間にポキっと折れる。


「あれ?ここ何階だっけ?」


 エスカレーターに乗って移動すると、慣れていない場所のせいか、ここが何階なのかわからなくなってしまう。


「お兄ちゃん、ここさっきもきたよ。」


 男の子の不安な声が、君野をだんだんと焦りと不安でいっぱいにする。

 君野はそれを繰り返し、砂漠の真ん中に迷い込んだように絶望した。


 ならエレベーターか階段か…

 そんなふうにオロオロしているが、行動に移すとまた迷子になりそうで動けない。


「もしかしてお兄ちゃんも迷子なの?」


 そう、男の子にそう言われてしまった。


「…そうかもしれない。」


 君野は力なく答える。

 すると男の子は


「あの、迷子センターどこですか?お兄ちゃん迷子なんです。」


 と、近くの店員に聞いた。

 それで君野はハッとする。


 そうだ!

 すぐに職員に話しかけて連れて行ったもらえばよかったのだ!

 そんな発想も忘れてしまっていたのだった。



 君野はその場で崩れた。

 まさか自分が自分より圧倒的な子供に保護されるなんて…


 まもなく職員の女性たちがやってきて2人を迷子センターに収容することになった。



「堀田くん!これ…。」


 一方、桜谷と堀田。

 買い物に夢中で君野がいないことに気づいたのはいなくなって10分後のことだ。

 会計している場面が見えるすぐそこのベンチには、有線イヤホンのささった君野のスマホが落ちていた。

 堀田はそれを拾い上げる。


「これをつけていてなくすか?まさか、無理やり誘拐されたんじゃないだろうな…。アイツ以前不審者に声かけられていたから狙われやすいのかもしれない。」


「…確かに。」


 桜谷も最悪な事態を想定する。


「以前、健忘症で街をフラフラしてた君野くんが本物の不審者に絡まれて、なにか得体のしれないものを飲まされそうになっていたの。その時に、別の不審者が不審者同士集まって君野くんを助けていたのよ。」


「お前は何を言ってるんだ。」


「良い人に好かれるけど、悪い人にも極端に好かれるってことよ。」


「結局全員不審者なんだろ…。」


「その時は、俺が決めるおじさんとか、ベビーカーの中身人形おばさんとか、パチンコ前怒号おじさんとか、女性用タイツ重ね着マフラーおばさんとかが集まって彼を守ってくれたのよ。」


「ふ、不審者ーズ…。」


 堀田の頭の中で戦隊モノのヒーローを紹介するように、良い声のナレーションとド派手な爆発と共に不審者紹介が脳内で流れる。



「とにかく探さないと!まだ近くにいるかもしれない。」


 桜谷がそう言って服屋から辺りをキョロキョロした時だった。



 ピンポンパンポーン…



 その時、店内アナウンスが流れた



 雑踏の中で


 ‐君野吉郎くん12歳が…迷子センター…‐


 と聞こえた。  



 その瞬間は2人は安堵し、緊張と意図が途切れたようだ。

 もう2人に喧嘩をする余裕もない。


「よかった…あ!」


 桜谷はそそくさと速歩きと小走りで先に行ってしまう。

 堀田もそれを追いかけるように迷子センターに向かった。



 迷子センターは保育園のようにカラフルにデコレーションされている。

 紙で作られたぞうさんやキリンさんの下で、迷子になった子どもたちがメルヘンな囲いの中でキャーキャーと遊んでいる。


「ぐす…。」


「お兄ちゃん泣かないで。パパとママ、迎えにすぐ来るよ。」


 一緒に迷子になった男の子は先に親が迷子センターにやってきていた。

 別れ際、その子に頭を撫でられた君野。

 笑顔を向けてくれ、黄色い風船が手元にないのに笑顔だった。


 しかし、君野はあまりにも自分が不甲斐なさ過ぎて生きる価値を疑ってしまっている。

 そのことで涙が止まらないのだ。


 職員の若い女性からあたたかいお茶とお菓子とティッシュをもらい、ズルズルと飲んでは涙を拭く


 ダダダダダ…!!!


 と複数の足音が迷子センターに入ってくる。


「君野くん!!!」


「君野!!!」


 堀田と桜谷が火事場から逃げてきたかのような速度でベンチに座る君野の元へ駆け寄った。



「お連れ様ですか?」


「はい。彼を引き取りに来ました。」


「君野、大丈夫か?怖い目にでもあったのか?」


 尋常じゃなく泣いている君野に堀田がギュッと抱きしめる。


「なにかあったんですか?」


「お客様は迷子のお子様を保護したようなんですが、お客様も迷子になってしまったみたいなんです。」


「なるほどね…。」


 桜谷はその職員の言葉に大したことではなかったとホッとする。


「偉いな君野。お前頑張ったじゃないか。」


 と、君野の頭をぽんぽんと撫でる堀田。


 センターは迷子の子供とアナウンスで迎えに来た親でごった返す。


 そそくさと3人は邪魔にならないように出た。

 そして近くにあったおしゃれな開けたカフェに入り、まだ落ち込む君野を真ん中に、4人席に座る。

 店内は昼時前だが、だんだんと混みつつある。


「ぐすっ…男の子を保護したのに、迷子センターに逆に連れて行ってもらってすごく情けなくて…。あまりに自分が無能すぎて…。」


 君野はそう、センターの時と同じように縮こまって泣いている。


「そんなことない。男の子を保護したお前はかっこいい。その子別れ際笑ってたんだろ?お前の一生懸命がその子を笑顔にしたんだ。」


「そうよ君野くん。健忘症でも子供を守ろうとした行為が素晴らしいの。結果は自分の思うようなものでなかったとしても、その子には確実にこの出来事は悲しい思い出ではなくなったの。無能だったら、子供を助けようともしない。」


「…。」


 2人の必死の励ましに徐々に顔を上げる君野。

 いつもの立場が逆転したように、君野を励ます時の2人の団結力は凄まじい。


 まだヒクヒクと喉と鼻を鳴らすが、その言葉を受け入れたようだ。


「ありがとう。でもごめんね。急にいなくなって。声をかければこんなことにならなかったのに。」


「いいんだよ。お前が無事なら。それよりなんか食おうぜ。」


 と、堀田が良きパパのように君野の前にメニュー表を広げる。


「お前単純な味好きだよな。ほら、美味しそうなハンバーグ!どうだ?ランチメニューだから手頃な値段で食えるぞ!」


「君野くんみて。あなたに服買ってあげたの。今度はポッケにボタン付いてるからそう簡単にはスマホも出ていかないわ。」


 と、2人の君野あやし作戦は、カメラ前の子供をあやすスタッフのような頑張りで今日一日中続いた。




 続く。

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