第7話

 みんなにステータスの概念を教えてから、あっという間に4年が過ぎた。


 今年で俺は12歳になる。魔力を増やすために魔力放出訓練を続け、体力をつけるためのランニングも欠かしていない。最近では、魔力を圧縮する練習も始めた。

 最初は手応えがなかったが、次第に魔力の流れが増していく感覚をつかみ、それ以来この訓練は日課となった。


 今の俺のステータスはこんな感じだ。


 名前:アレン

 種族:人間

 性別:男

 年齢:12歳

 筋力:675

 魔力:12264

 俊敏:604

 精神:365

 スキル:《 剣術:中 》RS 〉

     《 槍術:中 》RS 〉

     《 弓術:中 》RS 〉

     《 武術:中 》RS 〉

     《 体術:中 》RS 〉

     《 魔力制御:下 》NS 〉

     《 見切り 》SS 〉

     《 筋力強化・中 》RS 〉

     《 魔力強化・中 》RS 〉

     《 俊敏強化・下 》NS 〉

     《 精神強化・下 》NS 〉


 新たに覚えたスキルが4つ、既存スキルもいくつか進化しランクアップした。効果がはっきり見えないものもあるが、着実に成長しているのを感じる。


 みんなの成長も目覚ましい。筋力と俊敏は400前後、精神力は200近くまで上がり、魔力も6000を超えている。ただ、スキルは1~2個と少なめだ。それでも数年前の彼女たちと比べれば、見違えるほど強くなった。


 そして今日、昼食後に孤児院を抜け出し、近くの森――クリフォートの森に来ている。ステータスとスキルの実践を兼ねて訓練するには、これ以上ない場所だ。


「村の近くだと小型の魔物しか出ないな」


 独り言を呟いた、その瞬間――


「そうですね、手応えがないです」

「ん、スライム、弱い」


「うわっ!?」


 突然声をかけられ、思わず跳び上がる。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは7人の少女たち。

 グロリアを先頭に、みんなが面白そうにこちらを見ている。


「マスター、驚きすぎですよ」

 ウェンディが楽しそうに言ってきた。


「いや、こればかりは仕方ないだろ。それより、バレてないと思ってたんだけどな…」


「ふふーん、バレバレだよ。挙動が怪しかったし」

 ヴァネッサが得意げに答える。


 くっ…!気づかれていたとは思わなかった…。


「うん、剣担いで、窓から出てた」

 ウェンディが淡々と言い放つ。


「えっ!?窓から出たの見てたの!?」


「ばっちりです!じゃなくて、たまたま!偶然見ちゃっただけです!」

 ウェンディが慌てて取り繕うが、その様子は明らかに怪しい。


「たまたま、ねぇ…」


 苦笑いを浮かべながら答える俺...。

 たまに感じていた視線の正体が、彼女らだったとは。問い詰めても白を切られるだろうし、特に害もないので今回はスルーすることにしよ。 

 

「そうだよ!」

 ウェンディが勢いよく口を挟む。


「偶然だよ、うん」

 ヴァネッサも曖昧な笑みを浮かべながら同調する。


 必死に取り繕おうとしているけど、もう遅いよ?


 俺は溜息をつきながらも近くの木に背を預け、どうやってこの状況を切り抜けるか考えることにした。ところが、突然みんなの声が小さくなり、互いに目配せをしながらコソコソと話し始める。


「...なんだ、怪しいな」


 耳を澄ませると微かな声が聞こえた。


『なんてこと口走ってるんですか!マスターにバレたらどうするんです?』

 グロリアが小声でウェンディをたしなめている。


『ごめんってば!も、もう誤魔化せたんだし、いいじゃん』

 ウェンディは申し訳なさそうに返事をするが、どこか開き直り気味だ。


『いやいや、そんなわけ無いでしょ!』

 グロリアが真剣な表情で釘を刺す。

 

 その様子を見ていると、アグネスがぽつりと漏らした。

『ん、バレたら、嫌われる』


 その言葉にウェンディの顔が青ざめる。


『それだけは絶対にイヤ!』

 彼女は必死に首を振る。


『だったら、しばらくの間は監視は控えなさい』

 グロリアが決断を下すように言った。


 なんだよ、「監視」って。こいつら、一体何やってたんだ?


『…みんな、マスターが見てるよ』

 突然アメリアがそう言うと、全員がハッとしたようにこちらに視線を向ける。

 その瞬間、慌てた顔の波が押し寄せてきた。


「みんな、何話してるの?」


 俺が軽い調子で問いかけると、グロリアが目を泳がせながら返事をした。

「い、いえ、何も話してない...よ?」


 いや、思いっきり目、泳いでるから。


「ふーん、怪しいなぁ」


 俺がじっと見つめると、グロリアが無理やり話題を変えようとした。


「そ、それよりも、マスター、一人で行くなんてひどいじゃないですか!」

 グロリアが慌てるように言う


「そうだよ!ひどいよ!」

 ウェンディが勢いよく同調する。


「マスター、ひどい!」

 ヴァネッサまで追い打ちをかけてきた。


「マスターのバカ!」

 フレイヤが頬を膨らませながら拗ねる。


「ん、ひどい」

 アグネスが静かに賛同する。


 一斉に非難されるとさすがに堪える。


「いや、だって、魔物のいる森に女の子を連れて行くのは危ないだろ。それに、みんな戦闘慣れしてないし」俺がもっともらしく弁解すると、みんなの視線が鋭くなる。


「私たちがマスターの足手まといになるとでも?」

 グロリアが挑戦的な口調で問いかけてきた。


「そうだよ、私たちだって強くなったんだから!」

 ウェンディが拳を握りしめる。


「戦闘慣れ?してないわけないでしょ?」

 ヴァネッサは小さく鼻を鳴らして肩をすくめる。


 うっ、確かに。ここ数年、訓練を重ねてきたのは俺だけじゃない。みんなも一緒に頑張ってきたんだ。


「うーん、俺が心配しすぎなだけかもな」


 俺が渋々そう認めると、すかさずヴァネッサが突っ込んでくる。

「そうそう、マスターは心配しすぎ」

「はい、心配しすぎです」

 その言葉に続いてウェンディが手を挙げた。

「心配しすぎです、マスター」

 さらにグロリアまで加勢してくる。

「マスターって、心配性だよね~」

 フレイヤがくすくす笑いながら肩をすくめる。

「マスターは心配しすぎ」

 アメリアも笑みを浮かべて賛同する


 セシリアとアグネスは黙って俺を見つめているだけだが、その目が「マスター、心配しすぎ」と言っているようだ。


「ぐぬぬぬ…」


 ここまで全員から責められると、さすがに言い返す気力もない。降参するしかないじゃないか。


「わかった、わかったよ……みんなで行こう」


 俺が投げやりにそう言うと、一瞬でみんなの顔が明るくなった。


「やったー!」

 ウェンディが両手を挙げて小躍りし、フレイヤもそれに続くように飛び跳ねる。

「さすがマスター!正しい判断です!」

 グロリアは得意げに腕を組む。

「マスター、ありがとう!」

 アメリアが満面の笑顔を向けてくる。


 一方で、セシリアとアグネスは控えめながらも小さく頷き、嬉しそうに微笑んでいた。


 みんな、さっきまでとは打って変わってやる気満々だ。こんなに喜ぶなら、最初から一緒に行くって言えばよかったかな……いや、いやいや、それでもやっぱり危険なことには変わりない。


「ただし、ちゃんと俺の指示に従うこと。無茶は絶対にするな。いいな?」

 俺はみんなの気を引き締めるために声を張った。


「「「はーい!」」」


 みんな揃って元気よく返事をする姿に、少しだけ心配が和らいだ気がした。

 それでも、俺の不安は完全には消えない。油断は禁物だ。


 そんなこんなで、道中、小型の魔物を狩りながら森を進んでいた。


 アメリアが弓を引き絞り、鋭い目でゴブリンを狙う。

 じっと息を止め、間合いを測る彼女はまるで獣のように集中していた。

 そして、隙を見つけた瞬間、矢が静かに弦を離れ、空を切っていく。


 その軌跡は一瞬のうちにゴブリンの胸を貫き、矢は深く肉を貫通して体内に突き刺さった。ゴブリンはその場でぴたりと動きを止め、硬直したように立ち尽くす。

 その目は驚きと痛みで見開かれ、次第に力が抜けていくのがわかった。


「マスター、見てましたか!」

 彼女が振り返り、自慢げに言う。

「ああ、完璧だ。狙いも動きみよかった」

 俺が答えると、アメリアの表情は満足げだった。


 一方、ウェンディは剣を両手で構え、小型のゴブリンに突進していた。

 足元に転がるスライムに注意を払いながら、軽快な剣さばきでゴブリンを仕留める。

「どう?私の動き、なかなかでしょ?」

 得意げに振り返るウェンディに、俺は頷いた。

「悪くない、しっかり狙えて良いと思うよ」


 ヴァネッサは双剣を使い、数匹のスライムを次々と斬り裂いていた。弾力のあるスライムの身体に剣が食い込み、切り離された体の一部がピチャリと地面に落ちる。

「ふん、こんな雑魚相手に手こずるわけないわ」

 ヴァネッサが胸を張りながら言う。

 そこをつかさずウェンディが「調子に乗らないで!」と笑い混じりに突っ込む。


 フレイヤは剣を巧みに操り、軽やかな身のこなしでゴブリンの足元を狙い定めた。

 素早い動きで敵のバランスを崩すと、瞬時にとどめを刺す。

「こんなの楽勝だよ!」

 彼女が満面の笑みを浮かべながら言うと、周囲から軽く賞賛の声が上がる。


 セシリアとアグネスは後方で見張りをしている。セシリアは剣を構え、スライムが近づいてくると、その剣で素早く切り裂いて倒していく。

「マスター、左側に動きが」

 アグネスが報告すると、俺はすぐにその方向を確認した。

「分かった、そっちに注意を払う」


 森の中は湿った空気に満ちていた。湿気を帯びた土の匂いと、木々から染み出す苔の香りが鼻をつく。スライムが這った跡が、ところどころに薄緑色の痕跡として残り、ゴブリンの足跡も泥濘の中に散見される。木々は次第に高く、枝葉が密集し、薄暗い空気が漂っている。


 進むごとに、木々の間を抜ける風はひんやりと冷たく、皮膚に触れるたびに肌を震わせる。その冷気は、まるで森が呼吸をしているかのようだった。進むたびに、森全体が何かを見守っているかのような、重々しい雰囲気がじわじわと迫り、心に圧し掛かるような感覚を覚えた。


「やっぱり、この森には小型の魔物しかいないの?」

 ヴァネッサが少し不満げに呟く。

「そうみたい、他の大型の魔物の気配は全くないし、少し物足りない感じがするね」

 ウェンディが言うと、アメリアは不安そうに周囲を見渡す。

「...油断はできませんよ、ウェンディ。予想外の魔物が現れるかもしれませんから」

 彼女の言葉には、警戒心がにじみ出ている。俺は頷きながら改めて警戒を強める。


 しばらく進むと、森の中央に近づいてきた感覚が強くなった。

 木々が次第に巨木へと姿を変え、枝葉は空を覆うように広がり、森全体が圧迫感を与える。湿った空気に混じって土と木の香りが強くなり、深い森の奥に吸い込まれるような感覚に包まれる。


「だいぶ雰囲気が変わってきたね」

 アメリアが弓を下ろして周囲を見渡す。

「ああ、森の中心が近いのかもしれない。気を引き締めろ」

 俺が声をかけると、みんな、ぴんと身構えた。

 

 その時、視界が突然開けた。

 目の前に、他の木々とは一線を画す巨大な老樹が現れる。

 

 クリフォートの森の奥深くにひっそりと立つその樹は、他の木々とは圧倒的な違いを見せつけていた。その幹は太く、直径は5メートルを超え、樹高は30メートル以上、まるで空を支えるかのように高くそびえ立っている。

 枝葉がまるで森全体を包み込むように広がり、その下に立つ者を見下ろすような威厳を漂わせていた。まるで、その存在を尊んでいるかのように、周囲の木々がわずかに後退し、道を開けるようにその間に立っているのがわかる。


「これが……森の中心の木なんだ」

 グロリアが小さな声でつぶやいく。その目には驚きと感嘆が混じっていた。

「ああ、こんな木は初めて見るな。まさに森の王って感じだ」

 俺も圧倒されながら、その壮大な姿を見上げていた。


「話には聞いていたけど、本当に大きい」

「ん、すごく大きい」

「「すごい!」」


 その木を目の前にして、俺たちはその威容に圧倒される。

 周囲の雰囲気も一段と重く、森の中に響く風の音が一層静かに感じられた。


「これ、ただの木じゃないよね…?」

 セシリアが小さな声で呟く。

 確かに、ただの木ではない。見た目には老樹のようでありながら、どこか異常で不気味な気配が漂っている。まるでその木自体が森の命脈であり、森全体を支配しているかのような力を持っているようだ。


 この木は、村の者たちから「クリフォート」と呼ばれ、精霊が宿る神聖な存在として崇められて、その名の通り、この木が持つ圧倒的な存在感は、見る者に畏怖と敬意を抱かせる。


 目の前に広がる木の根元には、巨大な裂け目のように口を開いた洞窟が広がっていた。まるでクリフォートの体が何かを吐き出すかのように、暗く深い穴が広がり、冷たい風がその中から吹き出していた。

 辺りに漂う異様な空気が、ますます不安を募らせる。

 洞窟の中から誰かの視線を感じるかのような気配が、俺たちを包み込む。


「ん、不気味…」

 アグネスが肩をすくめ、弓を手に取る動作で緊張を隠せずにいた。


「この洞窟、確かにただのものじゃなさそうだね。何かが…違う」

 ウェンディがその場の空気を感じ取っているのか、少し震えた声で言った。


 アメリアが前に出て、もう一度洞窟をじっと見つめる。

「何か、引き寄せられるような感覚があるわ。どうしても行かなくちゃいけない気がする」

 彼女の言葉には、探求心と警戒心が入り混じっている見える。


 そして突然、暗闇が動き出した。最初はただの影に過ぎなかったが、その影が徐々に形を成し、洞窟の奥から何かが迫ってくる気配が感じられる。


 暗闇から現れたのは――1匹のゴブリンだった。

 最初はただの影に見えたその姿が、ゆっくりと鮮明に浮かび上がる。

 背筋をピンと伸ばし、荒々しく息を吐きながら洞窟の入り口に立っている。

 それは洞窟の中から這い出すように現れ、その姿は、まるで闇の中から這い出てきたようだ。


 その目は血走り、口元には唾液が垂れ、まるで獲物を狙うような獰猛な眼差しを向けている。身の回りの空気が一瞬にして重く感じられる。ゴブリンの顔はひどく歪み、まるで人間のような顔に、獣のような特徴が交じり合っている。

 肩から生えた毛は不規則に伸び、皮膚は緑黒く、体中に傷跡が目立つ。


 その後ろから、さらに数匹のゴブリンが続けて現れる。ひとたび洞窟から出たそれらは、まるで引き寄せられるように、周囲の空気が一変した。洞窟の入り口から流れ出る冷たい風に混じって、凶暴な気配が広がり、無言で、ひたすらに森の中心へと向かっていく。


「なに…あれ?」

 ウェンディが小声で尋ねる。

 その表情は、普段の明るさを失い、少し恐怖を感じているようだ。


「うーん、ゴブリンの群れ、ただ、数が多すぎる」

 ヴァネッサが冷静に答える。

 だが、その顔には無意識のうちに真剣さが漂っていた。


 ゴブリンたちが出現する度に、周囲の空気がより一層重く、寒気を感じさせる。不気味な叫び声が響き渡り、どこからともなくうめき声が交錯する。

 気づけば、洞窟の奥からもその声が徐々に近づいてきているような気配を感じる。


「なにか、ただのゴブリンじゃない気がする…!」

 セシリアが恐怖に震えながら呟く。

 彼女の声には、今まで見たことのないような恐怖が混じっていた。


 アグネスが弓を構え、息を呑みながらゴブリンの群れを見据える。

 彼女もまた、この異常な気配に警戒を強めていた。


「どうする、マスター?」

 グロリアが不安そうに俺の方を見て尋ねる。

 その目には、戦うべきか、退くべきか、迷いの色が浮かんでいた。

 

 俺は一度、目を閉じて状況を冷静に把握する。

 聞こえてくるゴブリンの鳴き声、その響きが不吉な予感を呼び覚ます。


「この規模だと、村が危険だ。15体以上はいるだろうし、討伐しょう」

「わかった」

「了解です」


 俺は、一瞬考えみんなに言う。

「その前に、少しでも有利な位置から奇襲できるように動こう」


 みんなは快く頷き、静かに身を伏せて動き出す。


 今は慎重に、だが確実に、ゴブリンの群れを仕留めるために。


 ※ 初心者です。誤字報告やアドバイスお待ちしてます。

 ※ 近況ノートに大陸地図と気候区分を添付してます。

 ※ 長文になってしまい申し訳ございません。張切り過ぎました。

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