第2話
俺の意識はぼんやりとしていた。
目を開けても、目の前の景色はぼやけていて、まるで霧の中にいるようだ。
頭の中には鈍い痛みがひとしきり響いており、その痛みが徐々に強くなっては、またすぐに引いていく。
まるで何か重い物を乗せられているような感覚で、身体の隅々が鈍く重たく、力が抜けたように感じられた。
それでも、次第にその痛みは薄れ、代わりに奇妙な感覚が広がってきた。
肌が、まるで何か別の物質で覆われているように感じ、体の一部がまったく別の場所に存在しているかのような錯覚に襲われた。
呼吸は少し苦しく、全身が不自然に感じる。触れた感覚が鈍く、手足の感覚が一瞬遅れて返ってくるような気がする。
そして、やがてその感覚が次第に鮮明になり、どういうわけか、自分の体の変化に気づいた。
何かが変わっている。どこか、今までとは違う感覚を覚えるのだ。
体が重く感じるのは、筋肉が変わってきているせいだろうか?それとも、感覚自体がどこかおかしいのだろうか?
何か、間違っているような不安が心の中で膨らんでいく。
体の変化に気づき始めると同時に、無意識に手を動かしてみた。
指先が微かに震え、皮膚の感覚が普段とは違うことに気づく。
まるで自分の体をどこかで見ているような、そんな不思議な感覚が広がった。
それはまるで、体が元々のものではなくなったかのようだった。
意識はぼんやりと遠く、夢と現実の境界が曖昧になり、目の前の世界が不安定で不明瞭に感じられた。
その中で、ようやく力を振り絞って目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。
粗い石壁が視界に映り、小さな窓から漏れる微かな光が、薄暗い部屋の中に柔らかく広がっている。
周囲を見渡すと、数人の小さな体が静かに眠っているベッドが並んでいるのが目に入った。
その光景は、まるで自分が何か別の世界に迷い込んだような、現実感のない不思議な感覚を強めた。
...ん?
どこだ? ここは...?
気づくと、全身が重く、手足の感覚すらもはっきりしない。頭を動かそうとするが、まるで思った通りに体が動かない。まるで赤ん坊のようだ。
混乱しながら、試しに自分の手を顔の前にかざすと――そこには、小さくぷにっとした赤ん坊の手があった。
うわっ、なにこれ...
思わず声をあげそうになったが、喉から漏れたのはか細く、赤ちゃんのような声だった。驚きと困惑が入り混じり、頭の中で疑問が渦巻く。
あれ...俺、小さくなってる?
その時、ふと頭をよぎったのは、あの交通事故の記憶だった。初出勤の日、突然の事故で死んだはず...じゃあ、ここは一体...。
「うう...」
声にならない呻きが漏れる。その瞬間、ふわりと温かい手が俺を包み込み、優しく抱き上げてくれた。ほっとする気持ちとともに、不安が少しだけ和らいだ。
あたたかくて心地よい感触。どこか清潔で落ち着く香りが漂う。見上げると、優しげな女性が微笑んでいた。20代後半くらいで、シスターのような服を着て、手慣れた様子で俺を抱きしめている。
「起きたのね、よかった...」
その声は、どこか安心感を与えてくれる。混乱した頭の中で、少しだけ落ち着きを取り戻す。彼女は心配そうに俺を見つめ、その優しく温かい眼差しに安心感が広がった。
周囲を見ると、部屋の奥には他の子どもたちが静かに眠っている。みんな、同じように小さな体をしている。服は継ぎ接ぎだらけで、ベッドはたくさん並んでいて、環境が決して裕福ではないことがわかる。
そういえば、彼女はシスターの服を着ている。ここは...孤児院なのか?
状況をもっと理解しようとするが、体が思うように動かない。視界もぼやけていて、周りの詳細がよく見えない。意識がうまく整理できないまま、ただぼんやりと女性の胸元に顔を埋めていた。
それでも、確信した。俺、転生したんだ...赤ん坊として。
こんな形で転生するとは思わなかったが、考えても仕方がない。事故で死んだはずの俺が、新たな人生を歩むチャンスを得たんだ。
まぁ、赤ん坊として転生してしまったことには少し驚いたが、それでも普通、転生するなら貴族とか王族じゃないのか?
でも、面倒な権力争いがない分、こっちの方が気楽かもな。
転生、転生かぁ......。
あ、そういえば、転生には「特典」ってやつがあるはずだよな。よくあるのは「ステータス画面」みたいなものだが、試してみよう。
ステータスオープン!
目の前にシュンという音とともに、半透明の画面が現れた。驚きと興奮を抑えながら、その文字をじっくりと読む。
名前:アレン
種族:人間
性別:男
年齢:0歳
筋力:1
魔力:1
俊敏:1
精神:1
スキル:《剣術:下》NS 〉
《槍術:下》NS 〉
《弓術:下》NS 〉
《武術:下》NS 〉
《体術:下》NS 〉
おお、出た!
名前はアレンか...外国風でなかなかいい名前だ。
ステータスはオール1...まあ、赤ちゃんだから当然だな。
それよりスキルが5つもあるじゃん! これって前世でやってた格闘技の影響か?
剣術、槍術、弓術、武術、体術...。俺の格闘技魂がちゃんと反映されてるみたいだな。
でも気になるのは「魔力」だな。魔法とか使えるのか?
小説とかでは「魔力を感じる」ために瞑想するのが定番だよな...やってみるか。
目を閉じて、全身の力を抜く。体が重く沈んでいく感覚とともに――胸の奥に、淡く揺らめく灯火のようなものを感じた。
これが...魔力? 微かな感覚に興奮がこみ上げる。
試しに指先に魔力を集めてみる。イメージを集中し、指先に向かってそれを送り込む。
――ビリッ。
体から何かが抜けていく感覚とともに、猛烈な疲労感が襲ってきた。
おお、成功したっぽいけど、めっちゃ疲れる......! あくびが漏れそうだ。
これ、魔法というより単なる「魔力放出」だな。やっぱり魔法を使うにはスキルとかが必要なのか? 残念だ。
そのまま、眠気に身を任せて意識を手放す。
次に目を覚ましたとき、ふわりとした温かな感触が頬に伝わってきた。まるで誰かがそっと手を添えてくれているような心地よさ。ゆっくりとまぶたを開けると、目の前にはシスターの優しげな顔があった。
「アレン、起きてください」
シスターの声は、まるで穏やかな風のように優しく耳に届く。心地よさに包まれたまま、少しだけその声に従ってみる。けれど、まだ体が重く、まるで別の生き物のように思う自分の小さな体を感じる。
「...ん、うーん...」
小さな声が漏れ、目をしばしばと瞬いてから、ようやく意識が完全に戻ってきた。シスターは微笑みながら、俺をやさしく抱き上げる。その腕の中で、体の力が抜けていくのを感じる。
「よく寝ていましたね。さあ、朝ごはんの時間ですよ。お腹すいてます?」
シスターは微笑みながら、俺の頬に手を添えて言う。温かさが、まるで全身を包んでくれるような安心感を与えてくれる。
その後、シスターは俺を横たわらせ、乳瓶を差し出してくれる。哺乳瓶の先を見つめると、白くてクリーミーな液体が入っており、その甘い香りがふんわりと広がる。しばらくその香りを楽しんだ後、俺は乳瓶を口に含む。
あれ...これは、牛乳...?
そのクリーミーで優しい味わいが口の中に広がり、俺はすぐに気づく。まるで前世で飲んだような、懐かしくも温かい牛乳だ。その味わいに、どこか安心感を覚え、自然と飲むペースが早くなる。
「これを飲むと元気が出ますよ」
シスターの優しい声が、まるで背中を押すように俺を励ます。あっという間に乳瓶が空になり、少し満足そうに息をついた。その時、シスターが優しく微笑みながら言った。
「ちょっと空気を飲みすぎたみたいですね」
シスターはすぐに俺を抱き上げ、背中をトントンと軽く叩き始める。そのリズムが心地よく、目を閉じると、すぐに小さな音が腹部から漏れる。
「ぷっ...」
思わず出た音に、シスターはにっこりと笑ってくれた。
「よくできましたね。これでスッキリです」
俺はちょっと恥ずかしさを感じつつも、シスターの温かな笑顔に安堵を感じた。
その後、シスターは他の赤ん坊たちの世話をするために離れていった。
ベッドに戻されると、俺は先ほどの魔力の成果を確認してみることにした。
ステータスオープン!
目の前に現れる半透明の画面。そこには、わずかな変化が記されていた。
名前:アレン
種族:人間
性別:男
年齢:0歳
筋力:1
魔力:2
俊敏:1
精神:1
スキル:《剣術:下》NS 〉
《槍術:下》NS 〉
《弓術:下》NS 〉
《武術:下》NS 〉
《体術:下》NS 〉
おお、魔力が1から2にアップしてる! やっぱりあの魔力放出が効いたんだな。
次は...改めて魔力を感じ取ってみよう。
目を閉じ、全身の感覚を集中させる。騒がしい部屋の音をかき消すように意識を内に向けていく。
すると――さっきよりも胸の奥で揺らめく灯火がわずかに大きくなった気がした。
これが、魔法の使い方の第一歩なのだろうか。
不安はあったが、同時に興奮と希望が湧いてくる。
この世界で生きていくなら、まずはこの魔力をどうにか活かす方法を見つけないといけないな。
赤ん坊の身体で、いきなり魔力を使うことになったが――まずはできることからやっていこう。
この世界で俺の冒険がどんなものになるのか、わくわくし待ち遠しくなりながらも、俺は再び瞼を閉じた。
※ 初心者です。誤字報告やアドバイスお待ちしてます。
※ 近況ノートに大陸地図と気候区分を添付してます。
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