4toz:修業
ネールの案内でようやくツェーべの店で腰を下ろすことができた。
「オアシスから来たということは、キーロの出身?」
さて何と答えたものか、実際にオアシスで誕生したのだからオアシス出身なのだが、どこの街に属していたのかは全くわからない。
聞くところによると、神官達は神々の声をたまたま聞くことができた者たちで、あたしのような転生や転移の類いではないようだ。
いよいよ説明し難い。
「それが前のことはよく覚えていないの。気がついたらオアシスにいて…」
苦し紛れに記憶喪失を装うことにした。
「そう…可哀想に、相当ショックを受けたのでしょう。無理に思い出させるのも忍びないし、当分はツェーべの神殿でゆっくりしていくといいわ」
ネールの背後にいるのはネイトという神で、加護を受けたネールはネイトと同じく弓が得意なようだ。
ネイトは特に喋ることもなく、ただ遠くを横目に何かを警戒している様子だった。
「ところであなたの守護神は何というの?見た事もないし、ネイトからも聞いていない。加護を受けているならあなたも戦えるのでしょう?」
「いや…あたしは…」
「ヘイヘイヘイネイトちゃん、久しぶりの再会なのに随分とそっけないじゃあないか。私と会えて嬉しくないのかね〜?」
ネイトの周りをフヨフヨ浮遊し様子を伺っていたメジェドがついに口を開いた。
「お黙りなさい」
ネイトは小声で何か言ったが、目線は遠くのままだ。
「私の娘、可愛いだろぉ〜?アミカちゃんていうのだよ。何と別の世界からやってきた転生者でね、私の寵愛を受けた救世主なのだよ」
ネイトは眉間に皺を寄せて引き続き遠くを見ている。
「んん〜?なぁんで黙ってるのぉ〜?もしかして私が獲物を狙うような横顔が素敵だって言ったのが嬉しかっ」
「お黙りなさいってば!あなたと関わると碌な事がないのっ!」
ようやく声を上げたネイトに激しく共感した。
「えぇ〜?もしかして合コンで教えた必殺テクが刺さらなかったことまだ気にしてるの?」
「あなたの入れ知恵で私は大火傷を負ったのよ!アポロン様なまら好みだったのに!」
「それはネイトちゃんが口下手過ぎて…」
「うるさいうるさい!とにかく私は必要以上に喋らないと決めたっけほっといて!」
神々にも痴情の縺れがあるというわけか。
「あなた、転生者なの?」
2人の会話を遮るネールの問いかけで、あたしの記憶喪失で誤魔化す大作戦が徒労に終わった事を悟った。
実際、転生前のことをよく覚えていないのは本当だ。何やら全てが夢だったかのようにさえ、記憶が曖昧になってきている。
「実は…」
あたしはネールにメジェドとの出会いと経緯を説明した。全てを話し終わる頃には日が傾き始めていた。
「そう…大変だったわね。巻き込まれたあなたに強要はできないけれど、今は猫の手も借りたいの。協力してくれないかしら?」
「…えぇ…そうね」
正直御免被りたい。仕方がないとはいえ、極力戦闘には関わりたくないし、平穏無事に帰してほしい。
ネールに連れられ神殿についてからは、ひたすら今の社会情勢について質問した。
やはり神々が認識する世界と人間が認識する世界には乖離があるようで、少なからず今の社会には情報統制や扇動の片鱗が垣間見えた。
「あら〜ファラオちゃんだいぶやらかしてるみたいだね〜」
メジェドは独り言のように呟いていたけれど、あたしにはどうにも現ファラオの影響だけではないような気がしてならない。
「今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んで」
ネールに部屋を当てがってもらってから、あたしはトートから受け取ったパピルスに目を通して再びアカシックレコードへのアクセスを試みた。
頭から足先までφ180の光の柱を通し宇宙と地球の中心を結びハートチャクラを起動させ松果体を…云々と事細かにぎっしりと文字が詰められている。
と言うよりもこのパピルスの上に自分が知りたいと念じた事が浮き上がってくるようだ。
アカシックレコードについて読み進めているうちに、気になるワードが目に飛び込んできた。
「神呼吸」
深呼吸の間違いではなかろうか。しかしアカシックレコードのアクセスの際に高い集中力での瞑想が必要とされ、呼吸が何より大事とある。
セシェトの授業では呼吸法など習わなかった。何せ冥界では呼吸が止まっていたのだから。
「ねえメジェド、神呼吸ってなに?」
「ふふん、ようやく私を頼る気になったかね?先ずは師匠と呼びなさい」
「はいはい師匠、早く神呼吸について教えて」
メジェドは得意げにふよふよ浮遊し、身に纏う布をおかしな形に変形させた。
よく見ると下の方が横に広がっていて、どうやら布の下ではヨガなどでよく見る瞑想時の姿勢をとっているようだった。
「ふふん、見るがよい!」
唐突にメジェドの周囲の雰囲気が変わった。
空気の流れ…いや、エネルギーの流れが変わったのだ。
神社のような神聖な雰囲気に包まれ、目の前に瀑布があるかのように大きな力の流れを感じる。
「これは…」
「ふっふっふ、これが神呼吸…私の偉大さが分かったかね?まあ息の仕方を変えただけなんだけど」
全くもって理解不能だ。メジェド曰く最初は単なる深呼吸から始めていくらしい。
メジェドの説明には擬音語が多く所々感覚的になるが、呼吸を深くする事で回数を減らし心拍を下げるところから始まるようだ。
「まぁ〜1分に1回で仙人てとこかな〜。神呼吸はもっと深いよ!頑張って!」
それはほとんど息をしていないんじゃ…
しかし少ししてすぐに分かったのは、魔法の力にはイブつまり心臓の状態が大きく関与しているらしく、呼吸を深くした方が出力が高いようなのだ。
現世で制限を受け、セシェトの授業の時の面影すら無くなってしまったあたしの魔法は、呼吸法を変えることによってその威力を少し取り戻した。
やはりあたしは光の魔法と相性がいいようだ。現世に来てからあまり魔法を使っていなかったけれど、こうも意のままに光を操れると楽しいものだ。
ふとセシェトの言葉を思い出す。
「原因がわからない超常現象の総称として現世では長きにわたって魔法と呼ばれてはいますが、実際は量子力学で説明できる科学なんですよ。あなたのいた世界線でもあと数十年で解明されますし、本来誰でも使えます。まああなたのいた世界線では先に話した別の問題で人類のほとんどは使用できなくなってしまいましたが」
これが科学で誰でも使用できたら、本当に映画やアニメのように力を誇示したり、魔法で争いが起きていたに違いない。
そんな空想を重ねながら、あたしはしばらく神呼吸の修行に励んだ。
転生先が古代エジプトなんて聞いてない るふな @Lufuna
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