2toz:再転生

仰々しいヒエログリフが刻まれた大きな扉を開くと、玉座の下で地に伏す者を視界にとらえた。


「申し訳ございませんでした!」


情けない体裁とは裏腹に、語気ははっきりしている。


よく見ると肌が緑色だ…何を食べたらこうなるのだろう。


「全て我の手落ちです。深く謝罪いたします!」


少し後ろの玉座の脇に女性が立っていた。


「奥さんにこっ酷く怒られたんですか?貴方がオシリスですね?」


「まあ、奥さんですって、やぁねもう…うふふ」


玉座に隠れて見えなかったが、女性に羽があるのが見えた。


失言だったようだ。どうやら控えていたのはネフティスという女神で、実際はオシリスの浮気相手だ。


彼女の旦那である砂漠と嵐の神セトの怒りを買う様な事は、是が非でも避けたい。


「どうせマアトちゃんでしょ?あの娘いつも厳しいもんね」


メジェドが割って入ると、どうしてこうも場が緩むのだろうか。


「まず、状況を整理させて下さい。あなたの失態であたしは不本意な転生を遂げたわけですよね?そして実際元の世界に戻る事はほぼ不可能。挙げ句の果てにこちらの神々は、あたしにとんでもない化け物と戦う事を望んでいらっしゃる。どの様に埋め合わせしていただけるんですか?」


ゆっくり顔を上げたオシリスは、想像を絶するほどイケメンだった。


オマケに神でありながら自分の非を素直に認める器の持ち主ときた。


これではネフティスが恋心を抱くのも、セトが嫉妬するのも頷ける。


「君は今、魂と精神が結合したアクと呼ばれる状態で、楽園の居住権がある。前世で苦労していたのはトートから聞いたよ。大変だったね。来世ではゆっくりして欲しい。もちろん、イアルの野での農耕の義務も免除するよ」


「スイーツはあるんですか?」


「え…何…?」


「そこにスイーツはあるんですかっ?!」


「え…と…ビールなら沢山あるよ」


お話にならない。スイーツ無くして何が楽園か。


「ねえねえ、だから前にも話したけどアポピスの化身を倒すのが1番早いって。もともとそいつらが原因でアミカちゃんがこっちに来ちゃったんだし」


メジェドが聞き捨てならない事を言った。


「どういうこと?」


オシリスはこの後、懇切丁寧に現状を説明してくれた。


アポピスとは混沌と破壊の悪神で、世界を秩序の無い闇に引き摺り込もうと企んでいる。


毎日太陽神ラーと戦うアポピスは、最近戦略を変え、複数の化身を現世に送り出し、破壊を齎している。


その化身を現世に送る際、次元に無秩序の空間が生まれ、異常をきたしているのだ。


そのせいで輪廻の輪に影響が出て、此度の転生に至ったわけだ。


「それで、その化身を倒せばスイーツが戻ってくるんですか?」


「いや…実は…」


「そう!そうだよアミカちゃん!とにかく奴らを倒さなきゃいけないんだ!それが終わったら君の望み全てが叶うよ!」


メジェドはオシリスの説明を遮り続けた。


「だからあたしはただのOLなんだから闘いとか無理なんですって」


「大丈夫だよ!私の加護があるからアミカちゃんもビーム使えるもん!」


「ビームとは何ぞっ?!」


「見ててっ!」


メジェドは唐突に眼から光線を放ち、立派な石柱を穿った。


「どうよ!この光の力!これなら化身が現れても恐れる事はないでしょう!」


サッパリ理屈がわからないけれど、威力はすごい。しかし眼からビームはいかんせん格好がつかない。


「なんかもっとこう…手から光線を放つのとかないの…?かめはめ波的な…」


「メジェドさん…」


明らかに憤懣を含む声に振り返ると、如何にもインテリ系の女神が佇んでいた。


「あ…セシェトちゃん…ゴメンね」


呆れた表情でメジェドを一瞥した後、不思議な棒でメジェドが開けた穴を計測し始める。


「はぁ…柱は後で直しておきますから、それよりも貴方がアミカさんですね?主人から事情は聞きました。こちらで詳しく状況を説明させて頂きます」


女神の指さす先にはお洒落なテラスが輝いていた。


きっと午後のティーセットで優雅にスイーツを嗜みつつ、対応策をご教示いただけるに違いない。


「行きます」


「えぇ〜早く行こうよぉ〜」


「メジェドは黙ってて」


あたしはセシェトの手を引きすぐにテラス方面へ足を進めたが、途中で向かう先が違うと導かれ、何やら大きな図書館の別室の狭い部屋に通された。


そこからは何日経過したかわからないほど、長過ぎる授業が幕を開けた。


「故に、ヘカつまり魔力というのは思考が具現化した状態なのです。物質はエネルギーだという法則はご存知ですか?思考もまたエネルギーで振動数が非常に高い波動なのです。その波動が振動数を下げると光となり、さらに振動数を下げると電気信号となる。そしてさらに振動数を下げるとエーテル質のいわゆるオーラに作用して、もっと振動数の下がった、凍結した波動が物質となります。この思考→光→電気→オーラ→物質の法則を具現化したのがいわゆる魔法の原則で…」


まさか魔法を学べるとは思っても見なかったけれど、あまりに長い。糖分なしではそろそろ限界だ。


「でも考えたことが現実になるなら、どうして前の世界では魔法が使えなかったんですか?」


ようやく質問を受け、セシェトは高揚している様に見える。


「いい質問ですね。理由は大きく分けて2つあります。まずあなたが元いた3次元の世界では、波動の振動数を物質にまで下げるには莫大なエネルギーが必要だということ。もう一つは貴方の時代の少し前の時代から、一部の支配者階級があらゆる手を使って、世界中の人が魔法を使えない様にしてしまったの」


それが本当ならば一大事だ。


「どういう事ですか?」


セシェトは少し複雑そうに話し始める。


「そうね、実際にはパラレルワールドがいくつもあるから一概には言えないのだけれど、貴方のいた世界線では元々みんな魔法を使えたのよ。伝記や歴史書にも残っていたはず。しかしみんなが同じ、平等である事を不満に思う者も出てきた。そこで自分が特出するよりも、その他大勢を貶める方が利があるとしたのが、先の一部の支配者階級達ね」


あたしが興味津々な顔でメモを取り始めると、セシェトは口元を少し緩めながら話を続けた。


「彼らは一般人が口にする食料や水に微量な毒を混ぜ、脳にある松果体の機能を著しく低下させたり、電波を用いてイブつまり心臓が正常に機能しない様にした。何世代にも渡り繰り返された策謀は、気付かぬうちに魔法が使えなくなるまで退化させられた。ある時代には魔女狩りと荒っぽい手段で魔法を使う者を弾劾した時代もあった。そうして魔法が使えないのは当たり前と刷り込まれる様になり、一般市民が実際隷属状態にある事すら気が付かない、完璧な支配領域が完成したの」


ネットで陰謀論を唱える輩は好きではなかったが、他ならぬ神が言う事なら間違い無いのだろう。


「それなら彼らを止める方が大事じゃ無いですか?」


「そうは言っても今から数千年先の話になるし、アポピスをどうにかしないことには貴方の元いた世界線の存在すら無かったことになりかねないわよ」


あたしが暫く途方に暮れていると、セシェトは気を紛らわすかの如く話題を逸らした。


「魔法と言えば、貴方の故郷では馴染みが深いはずよ。主人のトートが執筆している魔法書のエメラルドタブレットは、最終的に極東に運ばれる予定だし、現に少し前の時代には“言霊”を使っているじゃない。アブラカダブラ、言葉で創造するとはまさに魔法のことよ。まあ敗戦後に魔法教育や神聖儀式は全て廃止されてしまったみたいだけれど」


「それで、あたしが魔法を学んで戦わなければならない理由は?」


セシェトの表情が少し曇るのが窺えた。


「それはそうする事が貴方にとって最善手としか言いようがありません。元の世界に戻るのであれば、現在アトランティスで研究が進められている次元転移装置を使用すれば、より正確に転移が可能です。しかし貴方には今世での“救済”の試練をクリアする必要があります。イアルの野で過ごすことも可能ですが、魂の回帰の旅を続けるのであれば、どうしてもその問題に直面します。次の試練が“自由”になるはずなので、転移条件を満たしやすくなるのも理由の一つです。そしてそれ以前に現世に顕現したアポピスの化身をどうにかしなければ、これらの過程どころか世界の全てが混沌に包まれ滅びます」


なるほどメジェドの言い分も一理あると言う事か。


「でもどうしてあたしが?神様達でどうにかできないんですか?」


「先ほどお伝えしたとおり、波動を3次元まで落とすのは莫大なエネルギーが必要になります。ここは冥界で現在の神々は基本的にアストラル体を維持している状態なので、アポピス本体に手一杯な現状で3次元まで顕現するのは困難なのです。平和な時期でも現世に顕現するのは非常に稀なケースで、通常はアストラル質を感知できる神官を通して御告げを下します。アポピスの化身の対処に関しては、我々が加護を与えた神官達が現世で直接対処しています」


なるほどようやく自分の置かれている現状が見えてきた。そしてメジェドの説明が如何に大雑把だったのかも。


「でもあたし喧嘩もしたことない平和主義者ですし…話し合いでどうにか…」


「貴方が転生する時に持っていたお菓子を食べたの、アポピスの化身よ」


「捻り潰します」


ようやく責任の所在を突き止めた。決して赦してはおけない。


「お願いします、あたしに闘い方を教えて下さい!」


セシェトは嬉しそうに棚の本を引っ張り出してきた。


「いいでしょう。まず人体にはマカバという聖体エネルギーが…」


「あ…休憩…」


その後も延々と魔法や現世の現状、歴史から錬金術までありとあらゆる分野の授業が展開された。


解放された時には、あたしは廃人と化していた。


「けひゅ〜…けひゅ〜…」


「さあ、オシリスの元へ。あなたは再び生まれ変わるのです」


もはや懐かしくも感じる神殿の風景を目の当たりにして、目頭が熱くなる。


「お!待ってたよぉ〜、随分長かったねぇ〜!」


「メ…ジェド…」


「さぁさぁ!オシリスちゃんのとこ行こうっ!」


結局この流れになると言うことか。


あたしは逐一理由を知らないと気が済まない。今の行動に何の意図と目的があり、どこに辿り着くのか、合理的に判断を下したい。


メジェドは目の前の事よりも、大局から常に最短ルートを選んでいると言う事なのだろうか。


「来たね。君には迷惑をかけてしまうけれど、世界の安寧のために頼むよ」


あぁ、また生まれ変わるのか…今度は美女チート持ちがいいな…


オシリスが手を翳すと、あたしは神々しい光に包まれた。

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