続異世界の塩事情◆後編
異世界でもやはり「塩は存在し、信仰もある」ものとします。
ここで「塩が塩のままで存在していながら、信仰はない」という設定にしてしまうと、このエッセイの存在意義が失われてしまうという切実な問題以前に、この世界のありとあらゆる国と地域で信仰を集めている現状を全否定した挙句、信仰を捨てさせることは果たして可能なのか、可能だとしてもそれ相応の説得力を持たせられるのかという現実的な問題に行き当たってしまうからです。それを解決するには、物語を相当深く掘り下げた上で、かなりの設定や解説を作中で披露する必要に迫られるかと思います。それで物語が豊かになるならば良いのですが、もしも書きたいことから外れてしまうのであれば意味のないことになってしまいます。
例えば塩が毒でありながら、でも採らなければ死んでしまう世界とか。
例えば一度塩を採ると4、5分くらいは呼吸困難になってもがき苦しむんだけれども、だからといって断塩してしまうと3日ほどで死んでしまう世界とか。
そうならば塩は必要悪的な存在として憎まれ、決して信仰を集めることはないだろうと思います。
あるいはもっと信仰を集めるような必要不可欠なミネラル(のようなもの)があって、それに比べると一日の必要量の少ない塩は信仰を集めるところまでは行かない世界とか。
例えば魔力を維持するのに必要な何かしらのミネラル(のようなもの)があって、塩はこの世界ほどには必要とされない世界とか。
そうならば塩はあった方がいい存在ではあるけれど、信仰を集めるところまでは行かないだろうと思います。
はたまた必要不可欠ではあるんだけれども、あまりにも簡単に手に入り過ぎる世界とか。
誰もが「塩魔法」が使えて、一日に必要な量の塩を魔法で生み出せる世界とか。
その辺に馬鹿みたいに生えている雑草に「塩の実」が生って、誰もが四六時中ちぎって食べられる世界とか。
そうならば塩は誰からも意識されることはない、空気のような存在になってしまって、信仰と結びつけるのは難しいだろうと思います。
そういう塩に関する特別な設定がある世界でもない限り、塩が塩としてあるならばやはり塩への信仰は避けて通れない問題となってしまうような気がします。
ただ、塩への信仰に対するスタンスの方は、「海洋信仰から派生した宗派」と「混じり気なしに塩そのものを信仰する宗派」以外の新しい宗派を提唱して、異世界らしさを演出することができるかも知れません。
例えば以前提唱させていただいた「植物塩」が主流の国がある場合。
海とは何の結びつきもないことになるので、当然のことながらその信仰は「海洋信仰から派生」することはできません。だからといって、岩塩のように塩そのものが目視できる訳でもない以上、神からの授かり物として崇めるのも難しい。
この場合は「大地からの贈り物」として、大地信仰と結びつくのではないかと思います。当然、地母神が塩の神を兼ねることになります。
海水から作られる海塩は「海からの贈り物」であり、農作物から作られる植物塩は「大地からの贈り物」であるという住み分けです。
上記の例以外にも、異世界らしい特殊な塩の入手経路があれば、その経路を崇める、その経路つながりで塩が信仰を勝ち取る、という可能性は十二分に残されているかと思います。
あるいは塩への信仰に対するスタンスはこの世界と同じままで、塩に対する信仰の儀式や塩に関する祭りが異世界っぽい、異世界でしかありえないというのも楽しいかもしれません。
手のひらの塩を「海へ帰れ」と払いながら、魔力を込めて空気中に消してしまうとか。
自分の魔力をたっぷりと練りこんだ盛り塩を結界に使うことで清めの力を上げるとか。
この世界の人々と似たようなことをしているようでちょっと違う。そこに異世界感がキラリと光ったらときめくと思いませんか?
これは塩に限ったことではないのですが、何もかもを目新しく変えてしまって、この世界との共通点をあまりにも捨て去ってしまうと、読者の共感が得られにくくなってしまいますし、何より登場人物の言動への制限も厳しくかかってしまいますから――「年貢」という制度がなければ「年貢の納め時」とは言えませんよね――、この世界との親和性もある程度は残す必要があるのではないかと愚考するしだいです。
皆様の異世界での塩信仰がその世界観を深めるに相応しいものになりますように。
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