後異世界の塩事情◆煎熬余話

採鹹さいかん」と「煎熬せんごう」は製塩の華。


「『煎熬(せんごう)』については別立てで詳しく取り扱うつもりはありません」などと言った舌の根も乾かぬうちでお恥ずかしい限りですが。製塩の両輪であるはずの「採鹹さいかん」ばかり贔屓して「煎熬せんごう」を蔑ろにするようでは、いい製塩はできないような気がしてきてしまいまして。地域や時代などには関係なく「余話」として一纏めでおさらいしておきたいと思います。「煎熬せんごう」の変遷についておさらいすることで、異世界での製塩がより変化に富んだ趣き深い存在になれましたら幸いです。



天日てんぴ

 オススメ度★★★☆☆

 熱源:太陽熱

 燃料の利用量:☆☆☆☆☆

 蒸気の利用度:☆☆☆☆☆

 煎熬せんごう力:規模を大きくすれば上げられる


 最もエコロジーな煎熬せんごう法。太陽熱任せの蒸発法のため、燃料は用いない。塩田と組み合わせる「天日塩田法」が最も有名だが、そうでない方法もある。雨が多い日本は塩田を使用せず、ビニールハウスや温室のような場所に運び込んで水分の蒸発を待つのが一般的のようである。そのような製法で、高知県や沖縄県では「天日干し塩」が作られている。


 異世界に持ち込んだ場合であっても、塩田を利用しない採鹹さいかん法との組み合わせであれば、活用の余地は十二分にあるものと思われる。



◆土器法

 オススメ度★☆☆☆☆

 熱源:薪

 燃料の利用量:★★★★★

 蒸気の利用度:☆☆☆☆☆

 煎熬せんごう力:数を増やせば上げられるはずだが保証はない


 粘土製の土器を使った煎熬せんごう法。どんどん燃料をつぎ込んで鹹水かんすいを煮詰めることに心血が注がれており、燃える際に燃料から出る煙や、鹹水かんすいから出る蒸気などは垂れ流しにされていた。煮詰めている間に割れてしまうこともままあるため、最終的にどの程度の塩が採れるかは運次第。労力を注ぎ込んだからといって増産できるという保証はない。


 精度がかなり低いため、可能ならば別の方法を模索するべきであり、わざわざ異世界に持ち込む必要はないように思われる。



塩釜しおがま

 オススメ度★★☆☆☆

 熱源:薪または重油または電力

 燃料の利用量:★★★★☆

 蒸気の利用度:☆☆☆☆☆

 煎熬せんごう力:数を増やしたり規模を大きくしたりすれば上げられる


 塩釜と呼ばれる製塩専用のかまどを使った煎熬せんごう法。「釜焚き」の過酷さを最も体現した方法であると言える。どんどん燃料をつぎ込んで鹹水かんすいを煮詰めることに心血が注がれており、燃える際に燃料から出る煙や、鹹水かんすいから出る蒸気などは垂れ流しにされていた。石灰粘土製の土釜、石&漆喰しっくい製の石釜(時代によってサイズが異なる)、竹&粘土製の網代あじろ釜、鉄製の鉄釜(時代によって鋳物製や練鉄製などがある)など最も種類が豊富である。そのどれもが大雑把に言えば広い開口部を持ったフライパンや鍋のような形であり、分類としては平釜、開放釜となる。


 異世界に持ち込んだ場合、精度や生産性という意味ではオススメしにくい。燃料については度外視するということであれば、その世界にしかないような独自の釜素材を使うことで、異世界らしい煎熬せんごうを行う余地は十二分にあるものと思われる。



◆洋式塩釜法

 オススメ度★★★★☆

 熱源:石炭&煙

 燃料の利用量:★★★☆☆

 蒸気の利用度:☆☆☆☆☆

 煎熬せんごう力:規模を上げれば上げられる


 初めて燃料以外のものにも目を向けた煎熬せんごう法。作業待ちの鹹水かんすいを事前に暖めておくための「予熱釜」と、実際に煮詰め作業を行う「結晶釜」とを組み合わせて活用する。この時点ではまだまだ「釜焚き」は過酷な肉体労働であった。どんどん燃料をつぎ込んで鹹水かんすいを煮詰めることに心血が注がれている点や、鹹水かんすいから出る蒸気が垂れ流しにされている点に変わりはないが、燃える際に燃料から出る温かな煙を「予熱釜」の下を経由させることで鹹水かんすいの温めに活用するようになった点は大きな変化といえるだろう。一から煮詰める従来の塩釜法よりは燃料が節約できるようになった。


 異世界に持ち込んだ場合であっても、構造自体は比較的単純であるため、活用の余地は十二分にあるものと思われる。



◆蒸気利用式塩釜法

 オススメ度★★★★☆

 熱源:石炭&蒸気

 燃料の利用量:★★☆☆☆

 蒸気の利用度:★★★★★

 煎熬せんごう力:規模を上げれば上げられる


 ヨーロッパの密閉式塩釜を参考に開発された、文字通り蒸気の利用に主眼を置いた煎熬せんごう法。結晶釜を密閉型にしたことで、発生した蒸気をパイプ経由ですべて予熱釜の鹹水かんすいにぶち込めるようになり、予熱釜の熱源としての利用は可能になった。ちなみに予熱釜で発生する蒸気に関しては関知されない。「釜焚き」が人の手を離れたことで、これ以降の煎熬せんごう法では過酷な肉体労働ではなくなった。釜が一気に大規模化し、一度に大量の塩が生産できるようになったため、煎熬せんごうだけを独立させて、産業組合の形式で協業されるようになった。石炭の使用量は従来の塩釜法の半分程度。


 異世界に持ち込む場合には「塩釜を密閉する技術」や「蒸気の熱を無駄なく予熱釜に送り込む器材や魔法陣」などが必要となると思われる。労力や燃料をかなり減らすことができるため、活用できれば大きな武器になることは間違いない。異世界的不思議素材や不思議パワーによって熱の逃げをより抑えられれば、更なる効率化も期待できる。



◆加圧式蒸発缶法

 オススメ度★★★★☆

 熱源:ボイラー&蒸気

 燃料の利用量:★☆☆☆☆

 蒸気の利用度:★★★★★

 煎熬せんごう力:規模を上げれば上げられる


「密閉した状態で圧縮すると高温化する」という蒸気の性質を利用して熱源とした煎熬せんごう法。戦中戦後の塩不足により国内塩の増産が急務になった際に、海水から直接塩をつくる「海水直煮製塩」を実現するために考え出された。熱源であるボイラーの利用は釜で蒸気が発生するまでとし、すべての作業に求められる熱源は発生した蒸気を圧縮高温化して逃がさず反復利用することで賄った。電力費が非常に安く抑えられるため、岩塩を溶かした飽和鹹水かんすいを煮詰めることの多い海外では、現在でも良く行われている模様。


 異世界に持ち込む場合には「蒸気を密閉した状態で圧縮する器材や魔法陣」「蒸気の熱を漏らさず吸い込む器材や魔法陣」「高温化された蒸気に耐える素材」などが必要となるものと思われる。燃料の心配から解放されるため、活用できれば大きな武器になることは間違いない。異世界的不思議素材や不思議パワーによって熱の逃げをより抑えられれば、更なる効率化も期待できる。



◆真空式(多重効用)蒸発缶法

 オススメ度★★★★☆

 熱源:石炭&蒸気

 燃料の利用量:★★☆☆☆

 蒸気の利用度:★★★★★

 煎熬せんごう力:規模を上げれば上げられる


「気圧が下がると沸点も下がる」&「気体が液化すると体積が小さくなる」という水の性質を利用した煎熬せんごう法。一号缶を温めることで発した水蒸気の熱が二号缶を、二号缶の熱が三号缶を……となるように、大きな蒸発缶を四缶程度繋げ、各缶の蒸発蒸気が次の缶の熱源として順次利用されていくというのが一般的な構造である。蒸発缶をより真空に近づけることで、より低い温度、圧縮していない水蒸気の熱だけで全蒸発缶を沸騰させたり、塩の結晶まで採ったりすることができるようになった。そもそも温度を上げないので、熱の逃げが最も少ない煎熬せんごう法であろうと思われる。一般的な鉄釜での煎熬せんごうに比べると、燃料使用量は半分以下に抑えられる。ちなみに真空に近い状態(0.07気圧。沸点は38度)は、(一般的な「四重効用」の場合には)四号缶の蒸気を海水で冷やして液化することで作り出している。これにより三号缶、二号缶の気圧も下がり、沸点が下がるという仕組みである。現在、イオン交換膜法で得た鹹水かんすいはすべてこの方法で煎熬せんごうされている。煎熬せんごうでは最後の一滴まで結晶化されるわけではなく、ある程度結晶化したところで遠心脱水機にかけられ、乾燥させる。


 異世界に持ち込む場合には「真空状態を維持する器材や魔法陣」などが必要となるものと思われる。労力や燃料をかなり減らすことができるため、活用できれば大きな武器になることは間違いない。



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採鹹さいかん」と「煎熬せんごう」の組み合わせが、異世界でどう花開いて、どんな製塩法を生み出すのか。

想像するだけでわくわくします。


この世界での方法に完全に準拠しようとするのではなくて、エッセンスをうまく拾って生かしていただけたら幸いです。

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