後異世界の塩事情◆後編

 異世界でもやはり「海水ないしは鹹水かんすいから塩化ナトリウムが生成できる」ものと仮定したとします。

 あまりにも色んなところをいじくりまわしすぎると、読み手のストレスになるかもしれない点を考慮して、基本的な調味料やミネラルについてはあくまでもこの世界に則ろうというスタンスです。



 その場合に本エッセイで猛烈に推したい採鹹さいかん法は――オススメ度で既にお察しのこととは思いますが――、ズバリ「イオン交換膜法」と「溶解採鉱法」との組み合わせです。「イオン交換膜風溶解採鉱風法」などと言った方が正しいかもしれません。要は「どうせ剣と魔法の異世界物率が高いんだから、魔法を駆使して採鹹さいかんする世界があってもいいじゃないか、異世界だもの」ということを推したいわけです。


 この世界で「イオン交換膜」が担っているような選別を「魔法的不思議パワー」によって行い、そうして得られた鹹水かんすいを「魔法的不思議パワー」によって安心安全で自分にとって絶対的に有利な任意の場所に集める。その際に飽和塩化ナトリウム水溶液となるように調整しておくことで、さながら「溶解採鉱法で得た飽和鹹水かんすい」であるかのごとく、汲み上げるだけで即、鹹水かんすいとして使えるという寸法です。


 例えば魔法のある異世界で、港としての活用が難しい断崖絶壁や、氷河に閉ざされた凍港があったとします。

 崖や岩場の水中に沈んでいる部分、海水と直接触れ合う部分に鹹水かんすいの吸い込み口となる魔法陣を刻み込んでやります。海水中の要素を調べる「探索魔法」や「鑑定魔法」、鹹水かんすいを移す「転移魔法」なんかを組み込むといいかもしれません。逆に不要物を狙って消す、「解毒魔法」や「浄化魔法」辺りの出番となるかもしれません。そうしてストーリーの展開上、もしくは主人公の都合上、これ以上ないほど安心安全かつ有利な場所(できれば地中)に、鹹水かんすいの吐き出し口となる魔法陣を刻み込んでやります。イチオシは地下室のような穴倉です。壁は分厚く、転移してきた飽和鹹水かんすいが周囲に染み出してしまうことのないようにして、壁に魔法陣を刻み込んでやれば、何も知らない者の目には周囲から湧き出る地下塩泉が染み出してきているようにしか見えないはずです。

 魔法陣を活用することで、膜の素材や穴の大きさを気にすることなく飽和鹹水かんすいを集めておくことができ、しかも「異世界ならでは感」を高めることにも役立つわけです。


 それを独り占めするのではなくて、「水ビジネス」ならぬ「鹹水かんすいビジネス」を始めても良いかも知れません。塩浜に良い環境も岩塩床も持たない国や領地に、魔法陣か何かで作り出した飽和鹹水かんすいを「転移魔法」か何かで売りつける商法です。これなら輸送の必要がありませんから、盗まれる心配も要りません。勿論、「物を転移する」という行為は、物流の面で社会にかなりの混乱をきたす危険を孕んでいますので、システム全体を「そういうもの」としてパッケージングしてしまう必要があるかと思いますが。


 何なら「空間魔法」の類と組み合わせて、壷やバッグ、アイテムボックス辺りにどんどん海水を入れていくだけで手軽に採鹹さいかんができる、そんな魔法的道具を作り出すのはどうでしょう。採鹹さいかん後の元海水も無駄にはせず、もうひと段階手を加えて真水化でもすれば、一石二鳥でお得感を演出できるかも知れませんしね。


 あるいは「魔法が触れると消えてしまうミネラル類」なんてものがあっても楽しそうな気がします。「魔法でガンガン製塩しようと頑張っても頑張っても全く採鹹さいかんできない。何故かと調べてみたら、実は魔法に反応してナトリウムイオンがどんどん消えてしまっていたことが分かった。チートしようと思ったら不思議現象にノックアウト」なんてのも楽しくていいかもしれません。もしかしたらそれが魔力がなくて虐げられていた人々を救う一筋の光になるかもしれませんし。もしもそういう世界なら、ナトリウム欠乏症が「魔法を使う人々特有の症状」である可能性が高そうですからね。


 はたまた「塩を主食とする甚大災害指定級のイキモノがいて、手広く塩田なんか始めた日には格好の餌場として引き寄せちゃうから、あえて製塩に力を入れてこなかった世界」なんてのも、主人公のチート心をポッキリやってくれそうで、楽しそうかもしれません。テンプレはちゃっかり活用しつつ、その世界ならではの理由が障害になることで、「現実は厳しい」的な、ある種のリアルが演出できるのではないかなあと思う次第です。

 この世界の方法論がそのままでは通じないところに、異世界感は宿るんじゃないかなあと。

 勿論、「それを承知の上で、そのイキモノでも喰らいつくせないほどの暴力的な製塩量を叩き出した挙句、手懐けちゃう」とか、周囲の予想の斜め上を爆走する主人公というのも、それはそれでアリだとは思いますけれども。


 数ある「漂流記物」のごとく、魔法のない異世界を舞台にすることもあるかもしれません。

 その際にも製塩にこだわるとするならば、塩田法で地道にやるか、原料に独自の工夫を加えるか――熟すほどに塩分濃度が高くなる果実とか、塩分を吸い取って液胞に溜め込む植物とか、体内に鹹水かんすいを蓄えた動物とか、ナトリウム含有量が極度に高い木の実とか――。



 魔法があるにせよないにせよ、この世界の人々と似たようなことをしているようでところどころちょっとずつ違う。そこに異世界感やオリジナリティーがキラリと光ったら、すっかり世界に引き込まれて、ときめきが止まらなくなるのではないかと愚考するしだいです。



 皆様の異世界での採鹹さいかんがその世界観を深めるに相応しいものになりますように。

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