第弐拾肆撃 荒野

「うぉらぁああああ!」


いったい何十年前の骨董だろうか、あたしはオイルまみれになりながら錆びたナットを力尽くで抉り回す。


足がつくからとレンタルも正規購入もせず、納屋で埃をかぶっていたボロトラックをシャルロッテが地元民から引き取ってきたのだ。


持ち主も処分に困っていたらしく、特に不自由なく引き渡されたので、順調に思えた矢先にいきなりエンジントラブルときた。


ハードを弄れるのはあたししかいない。


見渡す限り荒野の地平線で、当然オシャレなカフェなどない。


次のモーテルまで100km以上残しての足止めに、あたしは若干苛立っていた。


「ウユニさ〜ん、まだ終わらないんですかぁ〜?私干からびて喪女の干物になっちゃいます〜」


シャルロッテは地図と睨めっこして到着時間を逆算している様子…しかしこのボロトラックじゃ50km以上速度を出すとオーバーヒートするし、そもそもこんな荒野で再び自走できるまで修理してたら日が暮れる。


あたしは勢いよくエンジンを乾いた大地に放り投げ、そそくさとジェットドレスΔを装備した。


「ちょっと、あなた何やって…」


「ええい姦しいっ!目立たなければいいんだろう?!さっさとハンドル握れぃ!」


「ちょ…あなたまさか…」


「Δ機動!コード、ホップステップ!」


あたしはボンネットに入り、車体を持ち上げた。


「ノージャンプトハイキデスネ、ダンスデモナサルオツモリ?」


アップグレードで流暢になったみかんちゃんも初お披露目だ。


足のジェットを起動した瞬間に、ぷに子氏の悲鳴が聞こえた。


「ユックリカンコウサレルナンテメズラシイ、キョウハコウヤニユキガフリソウデスネ」


あたしのシールドの表示には143kmと点滅している。


ボロトラックはフロントガラスがなかったから、今頃2人は風圧で呼吸もままならないだろう。


暑いとボヤく割に働かない2人にはちょうどいいお仕置きというわけだ。ふふふ。


途中から道路を外れて道なき道を駆け抜けていたから、スプリングがダメになっていたトラックの中の2人を見るのがもはや怖い。


ようやく目的地らしいポイントに着いたけれど、これと言ってめぼしい建物は見当たらない。


強いていうなら少し植物が増えた程度か。


ガコンとドアが外れ落ち、2人はべっちょり溶け落ちた。


「あ…あなた…は…何でいつもそう…脳筋な…」


「おおん?」


「ひぃっ!しゅみばしぇん!」


「全く、相手にリロードさせる暇を与えたら碌な事無いって言ってるでしょう。やるなら速攻一択」


ぷに子氏は一言も発さず荷台へ回り、水の入った容器をカリカリ開けられず、鼻息を荒げていた。


あたしが取り上げて開けてあげると、泣きながら飲んでいた。


「で?何処にあるのそのバカでかい施設は?」


目的の地アースガルズはワーフェスが執り行われる施設の中でも最大規模らしい。


「えぇ、ここで間違いないわ」


シャルロッテはトラックのワイパーをもぎ取り、ダウジングを始めた。


「嘘でしょ?あたしのサーチモードで1発じゃん!」


「ここは正規の入り口じゃなく、非常用の裏口だからあまりに強い電波で扉のセキュリティに異常が検知されるとすぐにバレてしまうわよ」


あたしはようやくΔを外で装備できた高揚感から、細かいことはどうでもよくなっていた。


必死にワイパーをすわすわしているシャルロッテが滑稽だったので、黙って動画を撮っておいた。


「見つけたわ。ここよ」


シャルロッテの足元には不自然な茂みがあった。


あたしが植物を引き抜くとすぐに木の板が見えた。


錆びた金具を壊して板を持ち上げると、奥には坑道が続いていた。


「オパール掘りに来たんじゃ無いんですけど」


「ここを降りると非常口の扉があるはずよ」


あたしはトラックの荷台にあった自動制御の玩具箱にスイッチを入れ、それぞれあたしとぷに子氏に追尾設定した。


水と携帯食料を頬張り、ぷに子氏にVRゴーグルとコントローラを渡す。


「ふぇぇ…キーマウ殺し…」


「エイムボット入ってるんだから操作なんて片手でも余裕でしょ」


「それって私がわざわざやらなくても…」


「2人とも準備はいいかしら?」


説明ではアースガルズは元々軍事基地で管轄も民間軍事会社らしく、今ではワーフェス会場兼兵器工場として世界中のワーフェス会場で使用されるハードを生産しているとのこと。


あたしは大規模な戦闘を期待して心を躍らせいた。


「うふふ…軍隊が相手とは、腕がなりますな。ギャオーって」


「あくまで隠密に行動して生産ラインを叩くのよ。あなたはご要望通りセキュリティシステムが起動した場合に、血気盛んな兵隊さん達を相手にして。マリンちゃんは私のサポートをお願い」


「え…流石にウユニさんだけじゃ厳しいんじゃ…」


「何を言うかバカモノ、今のみかんちゃんなら100機は一回の照準に収められるのだぞ!」


「マリンちゃん、この娘はガラクタでヴァナへイムの精鋭を壊滅させたのよ?それに本人が衝動を抑え切れないんだから、作戦の遂行から度外視して考えないと、一手目で全てが崩壊するわ」


「ご明察。シャルロッテちゃんもようやくあたしが分かってきたようだね」


深くため息をついたシャルロッテは、坑道に踏み入れる一歩目で足を踏み外し、そのまま暗闇の底に落ちていった。


あたしも笑いを抑えながら坑道に進み、ライトをつけた。


「だ…大丈夫ですかシャルロッテさん」


「い…った〜い」


随分と古い坑道だけど、確かに所々近代の片鱗が垣間見えた。


「あれよ」


シャルロッテの指差す方向には明らかに年代の違う金属の扉があった。


「まるで異世界への扉ね」


シャルロッテは徐にデバイスを取り出して扉に接続し、ロックを解除した。


「お見事」


頬が緩む彼女の得意げな表情を目の当たりにするのは、最初に会った当時のまだエリート風を吹かせていた時以来かも知れない。


扉が開き、目の前の光景に驚愕した。


「まさか本当に異世界への扉だったとは…でも何故近未来?」


眼前に広がるSF系未来都市で、ここは数100年後のニューヨークですと言われても疑わない程の大都市…何より街ひとつ分が地下施設に展開されている。


「うわぁ〜広いですね!」


「行くわよ、まずは隠密で管制塔の制御室に向かいこれを破壊、次に全ての武装兵力の無力化と武器の破壊、奴らの戦闘機体は基本的に管制塔で制御しているはずだから、破壊さえできてしまえばあとは動かない的よ。ただ注意して欲しいのは…」


「そんなのここから波動砲放てば1発じゃない」


「いいから聞きなさい。仮に別のハードでバックアップを取っていた場合、管制塔の制圧だけでは不十分なの。私が盗み見た資料の中には緊急用のバックアップの詳細までは記載されていなかったけれど、あるのはほぼ確実よ」


「それを炙り出してから叩くんですねっ!了解ですっ!」


つまりあたしが一時的でも交戦することは想定済みと言うわけか。


「ふぅ…シャルロッテ、あなたはお利口ちゃんだからピンチに陥った時の魔法の呪文を教えておいてあげる」


「な…何よ…」


「力こそパワー」


ぷに子氏は玩具箱を起動させ、02もといεの自動点検を始めた。


「それじゃ行くわよ」


ここまできて確信に変わった事が一つある。


こと戦闘におけるシャルロッテの采配はポンコツだ。


このままでは包囲されて全滅が目に見えている。


幸いあたしはしばらく待機を命じられているので、もちろん待機などしないで偵察に回る。


「全く…ちょっと考えればわかると思うんだけどねぇ〜」


ヴァナへイムでは別の島丸々一つ分CPUだったのに、それよりも大きな規模のこの地下施設をあんな管制塔1つで制御しているわけないじゃない。


当然バックアップはいくつかあるに違いない。


そんなのを探しながら戦闘していたら後手後手ですぐに詰む。


「元から根絶やしにしちゃえばいいのよね〜、う〜んそれらしい施設は無さそう…っとあれは…」


武器倉庫らしき建物を見つけて少し心拍数が上がる。


これだけの規模だ、きっと心躍る武器があるに違いない。それも軍事基地ならではの戦闘に特化した得物があるはずだ。


しかしそれよりもまずはこの街の心臓を探さなければ。それもシャルロッテがことを起こす前にだ。


「だいたい予想はつくけれど…あっ!」


早速見つけた、水中戦闘を想定したエリアがある。


「…とその前に、みかんちゃんマッピングお願い」


「モウオワッテイマスヨ。ヒョウジシマス」


うぅむやはりそうなると…ここか。


「みかんちゃん、地点F-382を脱出経路に想定、あの特大プールからかかる帰宅時間は?」


「オヒトリノバアイ、オールレンジモードデモ6ビョウ、3メイノバアイハ17ビョウデス」


「ジェノサイドモードの場合は?」


「オヒトリノバアイ2ビョウ、3メイノバアイ8ビョウデスガ、オツレノカタガセイメイイジデキルカノウセイハ、23%デス」


「ふふ…じゃあフライトモードしか無いわね」


「アイカワラズイカレテマスネ、オフタリノセイゾンカクリツハ…」


「あぁ、いいのよ。それより3人で何秒?」


「フルスラストデ1.7ビョウデス」


確率なんて不確かなモノより、あの距離の間に何フレームあるのかの方がよほど大事だ。


「みかんちゃん、ステルスモード」


「ステルスモード、キドウシマス」


あたしは玩具箱を追尾待機に設定して、街へと降りた。


20分ほど息をころし歩いて、ようやく大きな水たまりについた。


シールドに表示された温度は水面で28℃、想定以上にヤバいことになりそうだ。


「うわ…これは有事の際には茹でウユニを覚悟するべきか…みかんちゃん、ノーチラスモード」


「ソナーハドウサレマスカ?」


「切っといて」


あたしは水に飛び込んで、自分の洞察力に感嘆した。


「あぁ、やっぱりね」


水中にも広大な街…と言うよりも大規模なガラス張りの管理室のようなものがあり、予想通り街の下全体にCUPがズッシリ敷き詰められている。


「これは…火力がいるわね。急がないと!」


急ぎ浮上して先の軍事施設を目指す。


うふふ…大仕事になりそうね。


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