第弐拾参撃 水中

「うぐぅうう…腰が…」


「ちょっと、こっちにもたれかかるのやめてちょうだい」


かれこれ20日は経過したか、逃げ場のない狭い空間に3人押し込められて、いよいよ息が詰まりそうだ。


「飛んで行ったほうが早いのに…」


「それは家を出る時にも話したでしょう、目立ち過ぎる上に補給路の確保が難しいって。それに私は2度とバトルスーツを着ないと言ったはずよ」


この件に関してシャルロッテは頑なで、決して譲らずハンドルを強く握り潜航を深めた。


「だからって潜水艦に一月近く詰め込まれたら流石におかしくなりそうだよ。ぷに子氏を見てごらんよ」


ぷに子氏は遠い目をして言葉を発しない。


何なら涎を垂らして見るからに廃人だ。


「マリンちゃんもしっかりしてちょうだい」


最初は良かったのだ。最寄の一級河川に組み立て式の潜水艦を完成させ、海まで出てきた時は自室の研究室を完成させた時並みの達成感があった。


今となっては後悔を禁じ得ない。


「外に出して…息ができない…です…」


重苦しい空気の中、ようやくぷに子氏が虫の息で呟いた。


流石にぷに子氏の限界を悟ったシャルロッテは、ため息を吐きながらも浮上に舵を切る。


海面まで浮上し、日差しが眼球を突き刺し目を瞑る。


久々の外の空気が体内に取り込まれて、あたしの内臓はお昼に摘んだ保存食を船内にぶち撒けるのを免れた。


見渡す限り海…島影一つ見当たらない。


「そろそろ物資を補給したほうがいいんじゃない?」


「死んじゃいます…私クレープ食べないと死んじゃいます…」


「インド洋の真ん中にそんなものあるのかしら?」


シャルロッテは子供の駄々を宥めるような口調だ。


「数百キロ北上したらモルディブがあるでしょ、あたしがひとっ飛びしていろいろ買ってくるから!ついでにシャワーとバナナパフェと高級スパと…」


あたしが欲求の限りを並べると、ぷに子氏は声にならない叫びをあげて頭を掻きむしった。


「ちょっと、今までの苦労を水の泡にする気?もうすぐ着くのよ?」


「アトランティスには行かないよ!」


あたしがセントラルで得た情報では、ワーフェスが行われるのは3箇所、あたしが辿り着いたヴァナへイム島、非公式独立国家の密林にあるアールヴヘイム、そして深海のアトランティス。


「確かにアトランティスでは緊急時の脱出がほぼ不可能、ヴァナへイム島周辺で使用されている海況操作兵器が深海で常に稼働しているから、この潜水艦じゃ洗濯機に巻き込まれたポケットティッシュのごとく、ぐちゃぐちゃになるわ」


あの時ビーティちゃんの命を奪った荒波は軍事兵器によるものだったとは…


「でも私たちが向かうのはアトランティスじゃないの。今アトランティスは閉鎖されて…」


「待って、アトランティスでも同じような虐殺があったってこと?」


あたしはヴァナへイムでの惨事を思い出して身の毛がよだった。


「いいえ、もっと酷いわ」


正直この先は聞きたくなかったけれど、何かしら問題があるなら対策を講じる必要がある。


「何よ…?」


「ヴァナへイムでの一連の騒動を収束させるため、研究を急いだ結果、被験体が暴走して壊滅したのよ。アトランティスはバイオテクノロジー特化の施設で…」


「な…リアルバイオハザードじゃない」


セントラルに送り込まれた奇形の生命体は、アトランティス産だったということか。


「何でもいいですから…甘いもの…じゃないと私…ゾンビになって貴方を舐め回します…」


いよいよぷに子氏は限界だった。


「仕方ないわね。それじゃあニザヴェリルはやめて、アースガルズに向かいましょう」


「待って、アールヴへイムに行くんじゃ無かったの?未知のワードが出てきちゃったんだけど、そういうの出発する前に情報共有してくれる?」


主体性溢れるあたしが情報もなく与えられた指示をこなすだけという状況は、断じて看過できない。


「ゴメンなさい、最初はそうしようと思ったの。でも全てを伝えたらあなたは効率や作戦を度外視して、本能の赴くままにムスペルスヘイムに特攻すると思ったの」


また知らない場所だ。


「ミステリーツアーは終わり!あたし達の命がかかってるんだからキッチリ全て話しなさい」


真面目で完璧主義な性格でありがちだ。全てを自分でコントロールしないと気が済まないらしい。


しかし計画というものは必ず何処かで修正を迫られるものだ。往々にしてそういう輩は計画から外れた時、臨機応変な対応に一瞬遅れる。


その一瞬が命取りなのだ。シャルロッテに舵を取らせるのはいささか危険か。


シャルロッテは渋々ワーフェスの全体像と詳細の計画を話し始めた。


開催地は閉鎖されたものと現在使用されているもの、開発段階なもの全て含め7箇所あり、我々が向かっていたニザヴェリルはなんと南極に位置しているらしい。


「全く…あとでお仕置きだから覚悟しておきなさい、シャルロッテ」


幸いこれから向かうアースガルズは、少し戻ることになるけれど、文明のある都市からさほど離れていない。


ただ、荒野のど真ん中だ。


アースガルズに向かう道中、シャルロッテには休むことなく詳細情報を質問し続けた。


数日が過ぎようやく陸地に辿り着いた瞬間、ぷに子氏は地面にへばりついて土をポケットに詰め込み始める。


「もぉおおおお私陸地から離れませんっ!海なんて干からびればいいんですっ!」


潜水艦での生活に相当参っていたようだ。


陸地に降り立つと地面がしっかりし過ぎて逆にフラつく。目を閉じると完全に潜水艦の揺れに三半規管が一体化していたのを感じる。


く…これが丘酔いか。


手早く潜水艦を隠し、最寄りの町の宿でシャワーの恵みを享受し、フカフカのベッドに沈み込む。


一生起きれないのではと思うほど、深い眠りにつき、目覚めた時には次の日の昼過ぎだった。


いよいよ次の戦地に向けてあたし達は本格的な打ち合わせを始めたのだった。

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